第5話 見覚えのある赤とそうでない赤
ローダは何か初めて見るハーピーの女と仲良くやってる感じである。
自分の隣で一緒に暇していた筈のリイナですら、燃え盛るナイフを操舵と模造で飛ばして遠距離の敵に盛大なダメージを与えている。
もう黙っていられなくなったルシア。土の精霊と炎の精霊を両拳に宿し、ニヤついた顔で何かを探している。
(一体何をしようとしているのかしら、ルシアお姉さま……)
リイナがそんな思いで見ていたルシアが突然、相手がいないのに両拳を大きく斜め上前方に振りかぶって力強く突き出す。
普段は交互に振るうものなので、正直違和感しかない。
するとまるでその拳そのものが外れたかのように飛んで行ったではないか。
硬質化して炎すら帯びた拳……幾らルシアが造り物とて、実際に生身の拳を飛ばしたりは出来やしない。
ディアマンテで作った拳に炎を載せて飛ばしたのだ。以前ルシアは、巨人族セッティンとの戦闘に於いて初めてこのディアマンテを用い、青銅の膝当てごと粉砕したことがある。
だが同時に自身の右腕も折ってしまうという彼女らしくない失敗を犯した。
ディアマンテの使い道には再考の余地在りと判断したルシアの答えがこれであるらしい。
飛んで行った両拳、リイナが襲ったのとは別の飛竜の頭を左右同時に殴りつける。その一撃のみで頭を潰して絶命させた。
「フッ、フフフッ……」
リイナは不敵に隣で笑うルシアをこれほど怖いと感じたのは、初めてでなかろうかと邪推した。
同じ飛竜に大きなダメージを与えたリイナをあからさまに煽っているのだ。
…………私は一撃で倒したのよというアピールだと思い知るのである。
ルシアの攻撃はこれで終いではなく、直ぐに次の標的に向かって次々と拳を飛ばして何れも初弾で粉砕していった。
「せ、先生………る、ルシアさんの空飛ぶ拳……」
「嗚呼……まるでどこぞの空にそびえる黒鉄のなんちゃらだな………」
ブリッジからその様子をうかがっていたドゥーウェンとサイガンも思わず冷や汗を垂らす。
昭和のロボアニメさながらであると二人のオタクは感じたのである。
「示現我狼・『櫻什!』」
同じくガロウも甲板上で余りやる事がなく、煮え滾るものの、捌け口を求めていた。
赤に染まった二刀の太刀筋で十字を描き、それを後方の敵へ飛ばしてゆく。
当たった連中が成す術なく斬り裂かれてゆく。ローダが櫻道ならば此方は新技で対抗するあたり、ルシアの脳内と余り大差ない感じである。
それにローダが大いに自分の技である示現流・真打を扱うようになって以来、自分が扱う時には示現我狼と称している辺りにもライバル心がうかがえる。
初めての海戦が始まった割に、少し遊びも混ぜる彼等であったが………。
「も、物凄い速度で此方に向かってくる者がっ! 他とは次元が違いますっ!」
「せ、先生っ!」
「………遂に来たか、これしきの遊びだけでお出迎えとは、此方とて思っておらなんだ」
レーダーを見つめるレーナの刺すような報告を聞き、一気に緊張が高ぶるサイガンとドゥーウェンのコンビ。
「い、いや……待って下さい、ふ、二つにっ! どうやら騎乗していた模様っ!」
―ルシア、リイナ、そして手の空いている者は聞けっ! 新手が来るぞ、それも2体っ! これまでの奴等とはまるで違うから気をつけろっ!
レーナの報告をサイガンが接触で外にいる連中へ一斉に激を飛ばす。少し呆けつつあった皆の顔が緊張で凍る。
「………リイナ、今の声っ!」
「た、多分あれですっ! あの赤く流れている光っ!」
その新手は堂々前からやって来たので、前方を見ていたルシアとリイナが最初に肉眼で捕捉する。しかし余りに速くて赤い流星と思えた程だ。
「捉えたぜッ! 墜ちなッ!」
次に見つけたのは主砲に座するレイである。やはりこのスコープと使いこなすレイは偉大である。
もっとも二手に分かれてしまったので照準に捉えきれたのは一人………。そう、片方は紛れもなく人の姿をしていたのだ。
ともかくどちらでも良い、片割れは必ず墜とすっ! 電磁砲の弾速を避けられる人間なんて在り得はしない。
けれどレイが引き金を引いた刹那、相手は照準外に逃れていた。
「そんな、嘘………だろ……」
驚きで言葉を失うレイなんて滅多にあることじゃない。然もその赤色は確かに見覚えのある赤であった。
ただその赤は既に失われた筈の赤であり、なおかつ余りにもその赤が強過ぎた。
流星の瞬きそのままに距離を詰めてくるその相手、恐らくブリッジを狙うことだろう。
そうはさせまいとルシアとリイナがブリッジの前で構える。
「えっ………」
「あ、貴女なの………?」
遂に二人にもその正体が明らかとなる。レイと同じく、この二人も驚愕で声すら失う。
一方、騎乗を許していた方は、上半身が人間で下半身が馬の姿…………どうやらケンタウロスに違いない。ただ空を駆けるケンタウロスというのは聞いたことがない。
………しかも此方まで赤い輝きを撒き散らしていた。
「クッ!? 自由の爪っ!」
「おぃおぃ………それはらしくないねえドゥーウェンっ!」
正体の知れた赤と初見である天翔ける赤にドゥーウェンが戦慄を覚える。
ルシアとリイナだけに任せず、自分のオルディネも守りに向かわせる………だがこれは完全に愚策であった。
流星の如き速さで向かってくる、しかも全身を武器としたこの女相手に同じく正面切って向かってゆく。それも初速だけならルシアとリイナに負けない勢いで。
だが自由の爪は余りにもモロ過ぎて、その役目を負わせるのは不味かった。
バキッ!
炸裂音と共に女の蹴りに折られてしまうドゥーウェンのオルディネ。
グシャッ!
此方は天翔ける4本の脚で踏みつけられ潰されてしまった方のオルディネである。
勢い、力……何れも勝る相手の前に、自らを晒したことでカウンターを望んで貰いにいったような形となった。
「フンッ! これで光の幕とやらの効力も削られた筈………ヘルズ・フィアー、暗黒神の炎よ、神すら恐れる地獄の大焦熱を…………」
「な、何っ! その魔法は暗黒神最強の爆炎呪文!」
なんと赤い輝きを散らすケンタウロスの方が、暗黒神の魔法らしい詠唱を始めたではないか。
しかもベランドナはその術を知っていた、150年程昔、共に戦った爆炎が大好きだった14歳の少年が使った秘術。
「………さあ、喰らうが良かろうっ! 『紅の爆炎』!」
「間に合えっ! アイリスッ! 頼んだリィンッ!」
紅の爆炎………4番目の女魔導士フォウが好んで使う『爆炎』の上級魔法だ。
その破壊力、爆発力は爆炎10個分位はあると言われ、嘗てあの戦の女神すらも苦しめた。
それに何か………いや、誰かを向かわせたのは、意外や意外。実戦でこれまで一度もアイリスを使わなかった騎士ジェリドである。
然も彼は今、間違いなく「リィン」とその者の影を呼んだ。彼がリィンと呼ぶ相手はこの世、あの世を含めてもただ一人だけである。
「レグーノ・メンバーラ、戦の女神よ、その輝きで悪しきものを防ぐ光の幕を『レグ・スクード』!」
「え………」
(そ、その声はま、まさか……そんな………)
ジェリドからリィンと呼ばれた凛々しき婦人は一体何処から現れたのか? その上、戦の女神の奇跡を詠唱する。
レグ・スクードとは『奇跡の盾』のような絶対魔法防御でこそないが、魔法やそれに準じた攻撃の威力を削いでくれる奇跡だ。
けれどもリイナが驚いているのはそこではない………。
ジェリドの呼ぶリィンとは、リイナがママと呼んでいた相手と相違ないのだ。
戦いに散った筈の母の姿がそこに現れた。それも何という運命の悪戯か………1年半程前に地元ディオルの街を襲い、その母が亡くなる原因を生んだ相手の一人。
………ヴァロウズの5番目、赤い髪の女戦士『ティン・クェン』がアイリスの赤い輝きを持って現れたのだ。