第4話 150年前から来た意外なる味方
当初の予定通り、海上で敵と遭遇した際には絶対に此方に向かって来るのを想定した上で叩き潰す戦略を推し進めていた一行。
レイが電磁砲による超遠距離射撃にて敵が近寄る前にこれを粉砕。
ベランドナは電磁砲を回せない後方の敵に向かって、得意の雷神を詠唱して撃破する。
敵が魔法や炎吹きなどによる遠距離攻撃を仕掛けてきたら、ドゥーウェンの自由の爪のシールドがこれを封じる。
実に完璧かと思いきや、水中には自由の爪のシールドが届かない。
此処からもし魔法を操れる敵が……しかも竜の鱗すら貫通しようものならという中々在り得ようがない想定なのだが、完全とも言い切れないことが判明した。
これに対しローダは、当初の予定破りとも言える自ら戦艦を降りて、戦うという選択をした。
「示現真打・二ノ太刀『櫻道』ォ!」
またもガロウの十八番を奪う下段から上段へ剣を振り上げる型を使う。
海上をマグマのような赤い太刀筋が疾走し、海上付近を飛行していたキマイラやグリフォンを次々と斬り裂いてゆく。
ただ此処でほんの刹那、決めたと感じたローダの背後に僅かな隙が生じてしまう。海中から突如出現した槍を握ったマーマンが襲い掛かる。
何度も言うが夜中の海だ、海中に潜まれては、それ全てが不意打ちとなる。
「あ、危ないっ!」
そんなローダを余りに意外な者が救う。黄緑の髪に赤と青のオッドアイを持つ美しい鳥人間である。
黒い翼はあれど手足は人間とほぼ同じ、咄嗟にローダの片腕を握り、無造作だが引っ張ってくれたことで、マーマンの槍から逃れることが出来た。
「なっ!?」
「お、お待ち下さい……私は敵じゃ……いえ正確には昔の暗黒神と共に戦ったハーピーです。ルチエノと御呼び下さい」
こればかりはローダが驚くのも止むを得ない。剣を向けられ両手を挙げて抵抗の意志がないことを示すハーピーである。
―る、ルチエノ? 貴女生きていたの!?
「そ、その言の葉の声……え、ニイナさん!?」
「………ニイナ?」
ハイエルフのベランドナは、風の精霊術『言の葉』をいつ間にやら飛ばしていた。風の精霊がその美しい鳥人間の声をベランドナの聴覚へ運ぶ。
何故か「ニイナ」と呼ばれたベランドナ、これにローダが首を傾げる。
―ほ、本当にあのルチエノに違いないのですね。ただ今の私はニイナではありません。
「え………それってどういう?」
―理由は後で話します……。ローダ様、その鳥人間は味方です。私が保証致します。
ニイナという存在であることは否定したベランドナ、まあ当然の答えであるが、それにルチエノが戸惑いを見せる。
「判った、ルチエノ、君は一体何が出来る?」
「えっ、ええと……私自体に大した力はないのですが、この戦いに仲間の亜人達を潜ませております」
「なっ……亜人族が人間に協力をすると言うのか?」
ローダという初対面の人間が驚くのを見て懐かしさからくる気持ちにルチエノの緊張の糸が一気に緩み、戦いの最中につい笑顔を見せてしまう。
その笑顔が余りにも美し過ぎて新婚のローダは、少しだけ罪悪感を感じてしまった。
そんなローダの気持ちには気がつかないルチエノは、人差し指と中指を加えて何かを始めたらしい。
これは人間の聴覚では捕えきれない口笛のようなもの、当然ローダの耳にも届かないが海上、空中、さらに海中に潜んでいた仲間と思しき連中が行動を開始する。
「お、お前はさっきのマーマン?」
「す、すまねぇ……まさかルチルチの知り合いだなんて知らなかったんだ」
さっきのマーマンがとてもバツの悪そうな顔で寄ってきた。改めてジックリ見れば中々愛嬌ありげな目つきをしている。
「……ムッ? 仲間割れか?」
スコープを覗き込んでいたレイも、不自然な動きをしている輩に気がつく。
暗黒神の爆炎を此方へ向けて投げ込んでいた筈のハーピーが、次は火を吐こうとしていた飛竜にぶち当てる。
「待て待てっ! これじゃ誰が味方か判別出来ないっ!」
敵であると認識していた者が、素知らぬ顔で同じ様な姿をした連中を撃ち落とすのは確かに有効打たり得る。
ただこのままだと電磁砲や強力魔法の巻き添えになりかねない。
それをローダは案じているのだ。
「それは仕方のない事です………私の仲間達はその覚悟で臨んでいます」
「なっ?」
「元より闇の眷属というべき私達、例え道連れとなり、この身が踏み台されようとも寧ろ本望なのです……………あの方々がそうであった様に」
何やら幾許か寂しさを漂わせるが、ルチエノの顔は嘘を言っていない。
「ただ……知って欲しいのです。こんな私達でも光を求めて戦う方々の味方になりたいのだと……」
その儚くも強い姿にローダは、天使を見た思いがした。
実に麗しい……翼が漆黒でさえなければ天の導き手だと思われても仕方がない。
「それに御心配には及びません………。私達亜人族、普通の人間より身体能力は上なのです。もっとも貴方のお仲間には到底及びませんが」
「な、成程……。では悪いが遠慮はしない」
そう……このハーピーの言うことは実に的を得ている。元より鳥の如く飛べる者、鋭き牙と爪を研ぐ持つ者、4本の脚で圧倒的に速き者、海中を自由に統べる者。
彼等彼女等は一般的な人間の兵士より余程頼もしい、ただローダの連れが強過ぎるだけなのだ。
何にせよ味方が増えたのはありがたいことだ。それに近い内に彼女達は、ローダにとって信じられない程の糧をもたらすことになる。
「ところでリイナ、一番大事なブリッジを守れって言われたのは良いけど、此処ってひょっとして暇じゃない?」
「そ、そうですね……お姉さま……」
ルシアが小さな欠伸をしつつ妹にぼやく。周囲は確かに敵、敵、敵、なのだが此処までやってこれそうな者がいない。
敵の一部すら味方となってしまうとなると、いよいよ出番が回ってこないのだ。
それに何やら海の上で黒い翼を広げた美しい者と語りながら戦っているローダが楽し気にすら見えてくる。
「ごめんなさいお姉さま、私ちょっと抜け駆けしますね」
「えっ………」
珍しく舌を出したリイナが2本のナイフを宙へ放る。それが落ちずに静止したかと思えば赤い炎を帯びて燃え上がる。
さらに遠方のグリフォン目掛けて生物のように飛んで行ったと思いきや、2本のナイフが4本に割れ、翼と両目を撃ち抜いたではないか。
「『操舵』に『模造』……上手くいったよジオ君」
「リイナ、貴女……そんなことまで……」
それは間違いなくエドルの大司祭、ジオーネが得意とした秘術。しかも不死鳥の炎すら宿らせるという見事なる連携。
割れた2本はまるで手慣れた小鳥のように、飛んでリイナの元へと帰って来た。その後も隣で驚くルシアを他所に、次々と同じ手で仕留めてゆく。
また此処にも楽し気な仲間が増えてしまい、ルシアは不謹慎にも少々ムッとする。
此処まで敵なんて来ない方が良いに決まっているのだが流石に自分も何かしたいと思わずにはいられない。
「土の精霊達よ、ダイヤの如き強固な拳を『ディアマンテ』……」
「えっ?」
「加えて炎の精霊よ、汝の力、この拳に宿れ……」
遂に業を煮やしたルシアが精霊術を立て続けに2つ同時に行使する。ルシアの両拳が硬質化した上に炎すら纏う。
けれどそれで殴る相手が近くに存在しない、一体何をしようというのだろうか。