第19話 竜之牙とフォルテザの秘密
フォルテザの街。ここには最新鋭の砦の戦力だけでなく、街にも常に新しい文化が揃っている。住人も血気盛んで、日頃から往来する人も絶えない。
最早、このアドノス島において、フォルデノ王国の城下町すらも凌ぐ勢いだ。
ローダとサイガン、この在りそうでない二人だけの組合せが、寒さを増した11月の街並みを往く。二人はとある武器商人の店に向かって歩いている。
「サイガン………このフォルテザという街は実に不思議だな」
「ンッ? 藪から棒に一体どうした?」
白い息を絶えることなく吐きながら爽快な顔つきで力強く歩く若者。
対照的にこの寒さを憂鬱に感じているのを丸くなった背中で見せつつ、トボトボと歩む老人。
ローダとルシアに向かって「早く孫の顔が見たい………」などと言って以来、サイガンの老いがまるで玉手箱でも開けたのかのように急速に進んでいる。
「だってこの街には電気に水道、ガス? その上スマホは通じる、Wi-Fiだったか? 色々なものが揃い踏みだ」
「嗚呼………そういう話か。うむ、実を言うと私にもその理由が判らんのだ」
「え………サイガンが推し進めた結果じゃないのか?」
指折り数えながら「電気に……」と語るローダ。この街の成り立ちこそサイガンの手腕だと決めつけていたので実に驚いた表情を見せる。
「いや、勿論私と亮一で進めたものだってある。特に此処最近の進化は言う通りだ。だが電気等のインフラは、私が二度目の長い眠りから目覚めた時、既に存在していた」
「あっ、そもそもその眠りを維持出来ていたとはそういうことだな」
「左様………。自分に扉の力がないと知ったマーダは、このアドノス島のみならず世界中を火の海にした。にも関わらずフォルテザは生き残っていたらしい」
此処まで話を続けたローダがハッと驚いた顔で街並みを見つめる。何故今まで気がつかなかった? サイガンの話を聞いて無知であったと思い知る。
「そうだ………。大体おかしな話なんだ、生まれたてのマーダというのは、扉の力どころか普通の人間より少し身体能力が優れていただけの存在だったんだろ?」
「………そうだ、そんな者がどうやって世界中を戦乱に巻き込むことが出来たのか………何とも情けない話だが、それすらもまだ判らぬ。302歳のベランドナですら知らぬと言うのだ」
何とも困り果てた顔を揺らしつつ応えるサイガン。長寿のベランドナをアテにしてる辺りが有能な彼らしくない。
「は、ハイエルフの彼女ですら………」
「彼女曰く自分が生まれてこのアドノスに渡った時に、この街は、ほぼ仕上がっていたらしい……おお、もう目的地に着いてしまうな。話の続きは武器を受け取ってからとしよう」
もう目指す武器屋は目前である。店の入口は既に開いており、店員らしい男性が荷馬車にいそいそと装備を積んでいた。
「おお、ローダか……絶妙なタイミングだな。あの品もたった今届いた所だ」
その店主は店の中にいた。振り返りもせず、客人がローダだと見抜いている。
「頼まれていた武器、防具の手入れも全てOK。鍛冶屋から上がって来たぜ……ってサイガンの旦那まで一緒とは珍しいな」
立派な髭を触りながら武器商人が、ローダの方に向きを変える。
どうやら顔馴染みらしく、接客の態度を超えた笑顔で接する。「珍しい……」と言いながら室内なのに空を見上げてみたりする。
今宵は雪かな……と言いたげな動きである。
「いや、色々と無理を言ってすまない。実に助かった、これで心置きなく戦えるってものだ」
人懐っこい笑顔で礼を告げる青年。商人が「ちょっと待ってな」と言い残し、カウンターの奥へ潜ると、白い鎧と右手用のロングソード、左手用の脇差、それらが入った箱を一通り持って来た。
ローダ専用の装備は、別括りにしているのが何とも気持ちの良いサービスだ。
「………ムッ、そうか、そういう事か。そちらの旦那がお目当てにしてるのも、何とか仕上げたぜ」
「サイガン……?」
普段のローダならこのタイミングで、全ての装備を装着し、それぞれの剣を抜いて確認する恒例行事があるのだが「旦那のお目当て……」の続きが気になる。
「んっ?」
「おおっ、これは見事な……」
次にカウンターの上に置かれたのは両手持ちの大剣。けれどただの剣に非ず。
刃が白く、反りもある。柄には竜の頭らしき細工が施されており、如何にも銘刀の雰囲気を漂わせる。
「こ、これは……」
「竜之牙というそうだ。ラファンの砦に侵攻したジェリドが敵の大将から拝領したのだ」
竜之牙……コレを軽々と奮ったジェリドの相手は色んな意味で強敵だったらしい。
ただこの剣を普通の剣としか扱えなかったとも聞いている。
「全く………これは研師が匙を投げそうになった。何せ文字通り竜の牙で出来てんだ。"扱ったことねえよ"って散々だったぜ」
「ど、ドラゴンの牙……だから白いのか」
「ローダよ、この竜之牙はお前に預けるぞ」
「な……」
少し難癖をつけようとした商人を尻目にサイガンが重々しく告げる。
「いや待て……俺にはこの剣が……」
「お前も見たろう『紅色の蜃気楼』を。今までの得物では話にならぬと知った筈だ」
「そ、それは……」
ついこの間このフォルテザの街を襲ったルイス達。そのルイスの得物が紅色の蜃気楼だ。
まだ全く底を見せていないルイス……愛刀らしい紅色の蜃気楼も秘めたる力があることは想像に容易い。
ルイスと直接戦うのは間違いなく自分……強力な武器は喉から手が出る程に欲しい。
「判った………ありがたく受け取らせて貰う」
こういう時の有難みの表現が相変わらず乏しいローダであるが、そんなの今に始まったことではないのでサイガンも武器商人も笑顔で応じることが出来る。
「あ、ところで例の品だが………」
「ま、待ってくれ………そ、それは後で届けてくれ」
「………ローダ?」
外の荷馬車にローダの装備、それ以外にも何か頼んだものがあるらしい。その話を切り出そうとした商人をローダは、そっと制したのである。
少々不審を抱いたサイガンではあったが、この青年のやることに到底悪意は考えられない。
ローダは「じゃまた後で……」と一言告げて、店を後にする。フォルテザの砦に戻ろうとすると「少し歩こうか……」とサイガンから真逆の方向へ誘われた。
それは港の方角である、何か見せたいものでもありそうな雰囲気だ。
「先程の続きだ、まだ憶測の域を出ないがフォルテザを進化させたのは他でもないマーダであるらしい……」
「ま、マーダが? 一体何を………」
「ローダ………お前さんなら何となく察せるのではないか?」
そんな問答をしている内に見えてくる波止場。港とこの武器屋は目と鼻の先なのだ。
美しい海が見渡せる突堤の先、背中に翼を生やした女性の像が立っている。
「これだ……どうやらこの者が関わっているらしい」
「待ってくれサイガン……まるで話が見えない」
顎の先でホレッとこの石像を差すサイガン。ローダはただ戸惑うばかりだ。石像の存在位はとうに知っている。
「………マーダ、あの初期型はどうやらお前とは違う方法で、実は扉を開いてらしい。もっともお前さんのように周りと判りあおうとするのをすっ飛ばしてな」
「え? あ……ま、まさか…」
「そう、そのまさかを研究するべく此処フォルテザを発展させた。………ただの考察に過ぎんがな」
とても悲しみに満ちた表情に変わるサイガン。石像の謎解きは未だ出来ないが、ローダにも見えて来た話がある。
「マーダが扉の力を得る方法は、他の人間から奪うこと。まさか彼は此処でお前やドゥーウェンの様な……」
「そうだ、それも当人達の意志は、お構いなしに無理矢理AYAMEを強制に接種して扉が作れた者から奪う。恐らく数多くの者達が、副反応に耐えきれず命を落としたことだろう……」
悲しみの顔を崩さずにサイガンは、呟く程の声で語る。穏やかな波の音だけが救いのように響いている。
「だ、だったら何故フォルテザを捨てた? おかしいじゃないか」
「恐らく反抗する者共が現れたか、或いはマーダ当人が扱い切れなくなった……」
「その両方の可能性も………」
不完全であったとしても扉を開けた者は、どんな力も自由に選べる。
その力を行使して世界中を火の海にしたのであろう……。
行ったのがマーダ当人とは限らない、彼の言うことすら聞かず暴れた者すらいたであろう。
「そこでマーダはこの街を消そうと試みた………が、森の女神の力を操る者が街を守ったのではないかと」
「そ、それがこの石像の女性?」
「全部考察に過ぎんよ……ベランドナに調査を依頼しているが、果たして生きている間に解るかな……」
ほぼ考察と言う割に、マーダによるフォルテザでの行為については、納得出来る所が多い………寧ろ他にやりようがない気すらある。
だが最後の最期だけは要領を得ない。それはサイガンの願い、希望、妄想に過ぎない。
………にも拘らずローダが女性の石像に深々と頭を下げる。
「そうであって欲しいな……願わくばこれからもこの素敵な街をお守り下さい………」
穏やかな笑顔を交えてこの話を締め括るローダであった。