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ローダ 最初の扉を開く青年  作者: 狼駄
第8部『フォルテザ襲撃』編
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第18話 星を見つけた弟と兄へ舞い降りた"天子様”

 すっかり寝坊したルシア………そもそもなかなか寝かしてくれなかったローダに非があるのだがそんなことはどうでもいい。

 そんな明け方に星を少しかじったローダが語った金星………ルシファーの話。

 ルシファーとは神に反旗を翻し、悪魔サタンにすら成り()()()()天使のことだ。

 何故そんな話題を振ったのか? ルシアがローダに訊ねているのはそこである。


「それは、ルシアの存在と何となく重なったからさ。名前もちょっと似てるだろ? ルシファー(堕天使)とルシア………」

「あっ……」


 ルシアが急に言葉を失い、珈琲を飲むのを止めた。ローダが慌てて手を振って否定する。これではまるでルシアが堕ちた天使(サタン)だと言っているようなものだ。


「す、すまん。そんなに深い意味は……。いや、あるかも知れない。扉の力を消すために作られた方のルシアは、正に悪魔サタンなのかも知れない。しかし……」


 急に言葉を切ってローダは立ち上がると、ルシアの隣に座り直す。そして自分の肩に彼女の頭を添えた。


「ルシファーとは反逆の象徴でもあるが、だからこそ独りで力強く自分を主張している(輝いて)皆に愛された星でもあるんだ。大昔の人は、目印のない航海中、あの星を向きを知るために使ったらしい」

「え、それってどういう……」


 ルシアは突然のローダの行動に戸惑とまどいながらも、大人しく次の言葉を待っている。


「俺にとってお前は、まさに皆に愛されたルシファーそのもの………いや、これは幾ら何でもキザが過ぎるな、ハハハッ……」

「わ、私が………向き、貴女の道標みちしるべ


 自分に発言が余りにも調子が良過ぎたと感じたローダは、思わず空笑いで誤魔化ごまかそうとする。 

 けれどもルシアは茶化したりしない。自分の髪を撫でながら発言を笑い飛ばそうとする相手に思わず泣きそうになる。


「そ、そんな事言われても……。わ、私は……も、元々、そんなつもりで………な、なかって…………」

「る、ルシア………お前」


 ルシアの声が嗚咽おえつまぎれて聞き取りづらくなってしまう。この反応に次はローダが戸惑とまどターン………かと思いきや、ルシアのことを抱き直して、背中をトントンッと叩き始める。


「そ、そんな………ずるいよっ、や、優し……過ぎるっ、うっ」


 子供のように泣きじゃくるルシアのことを、ローダは心底愛しいと改めて思った。

 やはり彼女こそが自分の星、とても清々(すがすが)しく流麗りゅうれいな流れが弱い自分の心を洗い流してくれるのを感じた。


 ◇


 ここはフォルデノ城、王の寝室。最早言うまでもなく、ルイスとフォウだけの寝室である。

 此方はまだ夜が明けたばかり……昨晩のルイスは眠れなかった。窓から北の方角をのぞきながら、少しだけ不味まずいと感じる酒を飲んでいる。

 その方角にはフォルテザの砦がある訳だが、当然見える筈もない。


「まさか弟があれ程の力を。僕は余計な事をしているのかも知れない」


 とてもとても小さな声である。少し離れた所で、武具の調整をしていたフォウには、ほとんど聴きとることが出来ない程だ。


「ルイス様、何か……?」

「あ、すまない。………何でもない、何でもないんだ」


 気になって声を掛けてきたフォウをさえぎる様に、ルイスは首を横に振ると直ぐに笑顔で応じた。

 暫くの沈黙…………ルイスの方から重い口を開き始める。


「フォウ、ちょっと良いかな?」

「は、はい。勿論でございます!」


 何時になく重い口の主に対して、フォウは努めて明るい声を返す。加えて一目散いちもくさんに一歩引いた所にひざまずいてこうべを垂れる。


「頼みがある、正直かなり重く……馬鹿げた、いや、何ともこれは言い辛いな」

「な、何を遠慮なされておいでですか? このフォウ、貴方様の言いつけであれば、無条件でございます」


 やはり声が重く曇っている………何事かと感じるフォウ。とにかく相手の意図が判らないので、普段よりも敬語が強くなってしまうのを止められない。


「僕…いや、本来なら君は僕でなく、マーダの事をこよなく愛していたのだから、この願いは余りにも身勝手なのだよ」


 マーダの中身がルイスに入れ替わってから、やたらと僕という人称を使いたがる。そんな少年みたいな口調が、増々威厳(いげん)を損なうことを助長じょちょうしている。


 正直痛い所を突かれたと感じるフォウ。一瞬声を失いかけたが、必死に自分をはげましながら発言を続ける。


「その様な些末さまつな事は、どうかお気になさらずに、なんなりとお申し付け下さいませ」


 さらに深々と頭を下げたので床に敷かれた絨毯じゅうたんに、フォウのひたいが触れてしまう。

 それを見たルイスは、少しだけ心がゆるんだようだ。此方も声を励ましてみる。


「世継ぎ……僕の子供が欲しいのだ。き、聞いてくれるかい?」


 歯切れの悪いその言葉、フォウの顔が一気に染まり、女としての気持ちが態度にあふれるのを抑える事が出来なくなる。


「る、ルイス様。そ、それは……」

「……やっぱり駄目かな?」

「ち、違うのです!」


 フォウは自分の赤ら顔を開き直って晒すことにした。面を上げてルイスに向けて懸命に視線を合わせる。

 ………この方に言い逃れなど、自分は出来る訳がないのだ。


「な、何だい? 一体どうしたと言うんだ?」


 先程までの自信なさげな小さな声が一変し、前のめりになってゆくのを止められないルイス。今度は逆にフォウの方が押し黙ってしまった。

 またも二人の会話が途切れてしまう。そして次はフォウの方から重い口を開くのである。


「あ、あの、恐れながら隠していた事を申し上げます」

「ふむ?」


 フォウが再びルイスに対して恭順の形を取って声を絞り出す。真っ赤な顔を晒しつつ、もうお願いだから感づいて欲しいと心から願う。

 一方のルイスは、普段のキレの良さは何処へやら……鈍感の塊だ。こんな処は弟と実に似ているのかも知れない。


「じ、実は……既にいるのです」

「ンンッ!?」


 いや、似てると言うよりも完全に弟と同一のリアクションであった。もしこの場にルシアがいたら苦笑を通り越し噴き出していたかも知れない。


「お、お世継ぎは、既に私の中にいるのです。間違いなくルイス様のお世継ぎです、マーダ様ではございません」


 フォウは声量こそ小さいものの、ハッキリと言ってのけた。


 これには鈍いルイスも流石に言葉を失い、もう何度目か判別出来ない会話の途切れが訪れるのか…………。

 けれどもルイスは声を震わせながら、如何にも馬鹿な男らしいことを口走る。大抵の男はこうやって当たり前のことを聞くのだ。


「ほ、本当に僕の?」


 たったその一言だけ……そしてゴクリと唾を飲み込むルイスである。


 赤ら顔のフォウが無言で小さくコクリッとうなずく。


「そ、そうなのか、間違いないのか」


 またも馬鹿を口走るルイス。目前でうつむいたまま動かないフォウを容赦ようしゃなく、そのままギュッと抱き締める。

 そして恐らくこの城に来てから初めての涙を浮かべた。


「よ、喜んで下さるのですか?」

「あ、当たり前じゃないかっ!」


 フォウは内心嬉しいのだが、反面こんな待ったなしの戦局時に、もしかしたら、ただの足手まといとなってしまうかも知れない事を恐れてもいた。


 ルイスは何故にこうも自分が泣いてまで、喜んでいるのか実の所不思議であった。

 彼はただの子供が欲しい訳ではない。

 彼が本当に欲しいのは、鍵としての力を与えてくれるルシアと、その胎児たいじ………だった筈だ。

 フォウが代わりに妊娠した所で、ルシアの役目を果たしてくれるとは到底思えない。


 男というのは、自分の子を無条件で認識出来る様になるまで相当の時間を要する大変愚かな生き物だ。

 そういう男の残念な所を差っ引いても、喜んで涙を流している自分にルイスは相当驚いているのだ。


(そ、それは、あれほど毎日毎晩の様に求められたら……ねぇ…)


 余談だがフォウは、こんな感想も秘めている。流石にそれを口にするのは止めておくことにする。


 部屋の入口の方から、一応ドアをノックした音が聞こえてきた。


「す、すまん………ドアが開いていたんでな」


 ノックの主はノーウェンである。少し困惑こんわくした顔をしている。傀儡かいらいである彼にもそういう感情が残っているようだ。


「構わないよ、何だい?」


 ルイスはいつもの堂々とした彼に戻っていた。フォウの方は、初めて見せた主の一面《可愛い所》を決して忘れないでおこうと思った。


「頼まれていた()、全て整いました」


 ノーウェンも直ぐに余裕がある普段の彼に戻り、そう言ってのけた。


「おお、流石だね。君は本当に頼りになる男だよ」

「まあ、破れたとはいえ、これでも元々神の端くれ。この位、造作ぞうさもございませぬ」


 ルイスに心底褒められた事に対して、ノーウェンは顔色一つ変えずに返答する。

 けれど誰も気がつかない程に、蝙蝠こうもりの様な羽が震えている。これは彼が喜んでいる時に、自分でも気がつかないうちにやっている仕草なのだ。


「いや、本当にありがとう。フォウの事と言い、これで僕も()()なき戦いが出来るというものだ」


(憂い? 此奴、今、そう言ったのか?)

(ルイス様? やはり何か様子が変だわ)


 ルイスは自分の発言に(口を滑らせた事に)驚き「ただの言葉……特に意味はないよ」と付け加えて締めくくるのであった。

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