第16話 口の減った侍と口の減らない拳銃女
勝った………と素直には喜べない結果に終わったルイス達のフォルテザに対する襲撃。
力の差を肌で思い知った面々………少しでも差を埋めるべくそれぞれ研鑽に明け暮れる。
ただ努力すれば良いという話ではない。個々の実力向上だけでなく、連携も重要だ。
此処に独り、考えるのは苦手だという髭面の男が、拳銃使いの女の元を訪れる。
「レイ………ちょっといいだろうか?」
「ん? 何だ火縄野郎、アッチの方なら間に合ってんぞ」
フォルテザの砦の屋上で煙草を吹かしていたレイ。らしくない辛気臭い顔のガロウを見て軽口を叩く。
「ば、馬鹿言ってんじゃねえ、俺は嫁一筋って決めてんだ」
「へぇー、違うのかい。だったら一体何だってんだ?」
可笑しな煽りを入れて来るレイに対し、クソがつく程真面目な顔で答えるガロウ。
普段なら相手を小馬鹿にして楽しむレイとて、これはしっかり話を聞いてやろうという体になる。
煙草の火を砦の石壁に押し付けて消すと携帯灰皿に捨てる。意外と真面目な奴なんだなと、それを見たガロウは感じた。
「お前のあの空間転移って言うのか? アレ、中々凄かった。空を飛んで戦うより余程効率が良いな」
「おっ、そうだろ、そうだろ。正直言って、あのエルフの姉ちゃんみたいな炎の術式とどちらにするか悩んだけどな」
ガロウは再生したノーウェンの身体を瞬時でバラバラにしたレイの力を、世辞抜きで褒めている。
これは実に気分が良い………悪い気を起こす訳がない。レイの銀髪を暴れさせていた屋上の強い風すら清々しいと感じ始める。
「でも武器は何も此奴等だけじゃねえ。どうせあの童貞臭え学者か、お前らのボス辺りに頼めば、もっと凄えの出てくると思ってな」
上機嫌のレイがホルダーから相棒を抜いてクルクルと回してみせる。無論、この相棒達に心底惚れ込んでいる。
しかしこれらもドゥーウェン等が2092年という途方もない未来から持ってきた技術を引き合いに出されたら、骨董品も良いところだ。
「成程……確かにな。俺、頭悪ぃから、とにかく示現我狼を連打出来るようになることしか思いつかなかった」
「アレはアレで、なかなかにイかしてたぜ。あの化物野郎の頭、ぶった斬ったじゃねえか」
「しかし……勝てはしなかったがな」
珍しく……というより恐らく初めてレイがガロウを褒めたのである。それでも浮かない顔で歯切れの悪い喋りを続けるガロウである。
示現我狼……蓄積させたチャクラを刀へと流し込み示現流を振るう。ガロウが独自に編み出した必殺の奥義。
けれどもチャクラを溜める時間を要するのが非常に痛い。
一方これを真似たローダは、何故だか連撃が出来ている。ならばやり方をローダから教われば或いは………そんなことは示現流使いとしてのプライドが許さない。
そんな次第でガロウがアイリスによって開いた扉に望んだ力は、示現我狼の連撃であったのだ。
……にも関わらずノーウェンに勝利出来なかった。相手は決して死なない存在であったのだから、そこまで思い詰める方が寧ろおかしい。
「またシケた顔してやがんな………さてはお前、後出しで割り込んだアタシの方が戦果を挙げたと思って悔やんでいるな?」
「むぅ………」
「ハァ………あれは此方の銃撃の方が、たまたま効率が良かっただけだ。そんな事も判らないのか?」
今度は面倒臭そうに頭をボリボリと掻くレイ。二丁の自動小銃に加えて、炎の精霊の付与もあった。
手数と破壊力が増しただけのことである。ガロウの意気消沈の原因……。
レイにしてみれば「そっちの玩具の方が良かった……」などと駄々を捏ねる子供の屁理屈だと思っている。
とにかく歯切れの悪いガロウ………そもそも1年前、心から頼りになる戦友がルシア位しかいなかった頃。
彼は比較的無口な男であった。それが大いに成長したローダや騎士ジェリド、リイナなどの心強い味方が増えてゆき、心を開くにつれてその口数も多くなっていったのである。
けれども今、レイが相手をしている彼は無口………自分の無力さを痛感し、またもだんまりの男に戻ってしまったかのようである。
「それで……結局のところ、アンタはこのレイ様に一体何を求めてんだ?」
「あの、空間転移を使ったお前と手合わせ……違うな。暫く練習台になって欲しい」
ガロウの返答を聞いたレイは「ほぅ……」といった顔で暫く黙った後、ニヤリと笑う。
「俺の銃とやろうってんのかい? 負ける気しねえけどな……判った、そういうつもりなら、いいやり方があるぜ。着いてきな」
サッサと歩いて屋上から降りてゆくレイ。ガロウが怪訝そうな顔をしつつも、とにかく言われるがままついてゆく。
着いた場所は屋上とは完全に反対と言える薄暗い部屋。嘗てドゥーウェンが、ヴァロウズのナンバー2として、支配人をしていた時に使っていた部屋である。
「こ、これは何だ?」
何とも仰々しい椅子と、頭に被せる様な物が付いているものが二脚置かれている。
何より薄気味悪いのは、椅子についているベルトらしきもの。これが身体を固定するというよりも、まるで逃げられない様、座る者を縛りつける感じに見えたことだ。
胸、腰だけでなく、肘置き、足を置く所にもベルトは存在し、これら全て固定されればガロウとて自力では逃げられないかも知れない。
「れ、レイさん? な、何用ですか?」
「おいおい、もう取って食ったりしないからさ。それよりも例のヤツ……もう出来てんだろ、聡明な学者殿っ!」
不意にレイから肩を抱かれてドゥーウェンは慌てふためく。その慌てぶりにレイはケラケラ笑いながら、少しだけ首を絞めにかかる。
「レイさん………本当にやるんですか? これまだ僕ですら試験運用してないんですよ」
「だからこそ実験台になってやるって言ってんだろ。あとコイツもだ」
狼狽えるドゥーウェンを気にもとめずに親指で背後にいるガロウの方を指すレイ。
「な……。い、一体何をしようってんだ?」
不意を突かれたガロウ、自分を指され戸惑いの色を隠せない。
「ガロウさんにもこれを使わせるつもりですか?」
「だからこの意味の判らん物は、一体何だと聞いている!」
ドゥーウェンはガロウがまだレイから殆ど説明を受けていないことが、その慌てぶりから理解出来た。
「全く……貴女がガロウさんを巻き込んだという訳ですね。いいですかガロウさん、これはアイリスのシミュレータです」
「し、シミ………!? 俺にも判るように言ってくれ」
「ええと………通称『Ai・Experience』。この機械に座り、そのゴーグルを装着する事で、アイリス化した自分を疑似体験出来るのです…………」
「あ、アイ? ギジ?」
ドゥーウェンに「判るように………」とお願いしたが、頭を大いに捻るガロウの上に数多くの"?"が見て取れる。
「早い話が此奴に座っている間、ずぅぅぅとあのアイリスとやらの状態で戦ってられるって寸法よッ!」
「な、何だと? アイリスを使い放題!?」
「あくまで体験………まあ夢の中で戦うとでも思ってくれ。だがなッ!」
もうドゥーウェンからの説明を完全に取り上げたレイ。腕を組んで胸を張り、そしてあろうことかその椅子の上をダンッ! と右脚で踏みつける。
「例え夢でも撃たれりゃ痛ぇッ! 首を刎ねられようもんなら、リアルにその感触すら味わえるっていう何とも良い趣味した機械だッ! どうだ、理解したか?」
ドゥーウェンの丁寧な説明よりも、レイの適当な説明で大体の事を察したガロウ。その両目が燃え盛る。
(嗚呼、駄目だ……この人もレイさんと同じ人種だった…………)
ドゥーウェンは「最早これまで」と思いながらも一応忠告だけはする。
「いいですか、ガロウさん。このAi・Experienceを起動したら私の方で設定した時間内、ひたすらにアイリスを使う時と、同様の負荷が脳にかかります…………」
「応!」
「………さ、最悪、脳に回復不能な障害を受ける可能性もあります。それでもやりますか?」
「上等だっ! 喜んで実験台になってやるぜっ! さあサッサとおっぱじめようぜッ!」
ガロウが自分の両拳を全力でぶつけ合って痛快な笑顔に変わった。ついさっきまでの曇り顔が嘘のようである。
「そうそう、その顔………。髭野郎にはその顔が一番似合うぜ。よっしゃあっ! 死ぬ気でかかって来なッ!」
レイとガロウ………二人の猛者が機敏な動きでAi・Experienceに座り、シミュレータの世界へと落ちてゆく。
なおAi・Experienceの存在は、瞬く間に皆に知られる存在となり、実験台に名乗りを上げる者が後を絶たなかったと付け加えておくとしよう。