第15話 湯船の中で女神が天使に誓いを立てる
突然のルイス達による襲撃から約半月が経過した。ノーウェンという名の屍術士兼暗黒神に、フォウの新しい力。何とも脅威的ではあったが、一人の犠牲者も出さずに退ける事が出来た。
ただノーウェンの力と不死という異常体質は、新しい悩みの火種となった。
フォウのルイスから借りた力も実に厄介であった。怪我を負わせてなければ、リイナの絶対魔法障壁があっても、戦い続けたに違いない。
肝心なルイスは、殆ど扉の力を見せる事なく終わったので、力を推し量る事が出来なかったのも残念であった。
しかしもし彼が本気を見せていたら、此方側の戦力のみならず、街にも大きな被害が及んだ事だろう。これも結果だけ見れば、上々と言うべきか。
そして何よりの光明は、ローダとルシアの連携による緑色の輝きによる力であろう。
アイリスの時間切れを取り戻しただけでなく、ドゥーウェンとガロウは、怪我による戦闘不能状態から一時的だが脱し、明らかな能力向上すら感じたという。
ルシア出生の秘密については、誰も聞いては来なかったし、知ってる側から語る事もしなかった。
まあ何れ周囲の知るところとなるであろう。何せ彼女は歳を取らないのだから。
怪我人はリイナの奇跡の効力が解けてから直ぐに回復したし、少し壊された街も既に復興済だ。
では暇しているのかと言えば、寧ろその逆。この物語では未だ大して語られていない鋼の戦艦。もっともローダとルシアだけは、これに乗ってロッギオネの奪還に赴いたので知ってはいる。
この戦艦の強化作業が急ピッチで行われていた。整備士達は口々に「無茶苦茶な納期だ……」とぼやいている。
力がある者は皆、この作業の手伝いに駆り出され、知恵のある者は、その設計に尽力している。
「しかしこんなもの実戦で使えるのか? 相手は空を飛んで襲撃してくるのだぞ」
「先生………何を言うんです。確かにこの船自体は設計思想も古く、このままでは到底使い物にはなりません。けれど2092年のオーバーテクノロジーですら、作れない素材が手に入ったのですよ」
サイガンの言い分は、至極もっともだと言える。鋼の戦艦と言えど、相手は空から魔法や扉の力といった得体の知れない力で襲ってくるのだ。
人間社会で生み出された船が役に立つとは到底思えない。
それをドゥーウェンは、カノンで手に入れた貴重な部材で強固にしようと息巻いているのだが、またも趣味の世界をひけらかそうというだけではなかろうか。
サイガンは「まあ好きにしろ、ただルイスの解析は怠るなよ………」と告げるだけであった。
◇
「る、ルシアお姉さま……」
「んっ? どうしたの?」
「あ、あの、どうしても聞きたい事があるんです。この間のサイガン様のお話も、私とお父さんは、あえて耳を塞いだのですが、やっぱり気になって……。い、嫌なら言わなくても……」
二人は湯船につかっていた。フォルテザの砦における浴場は、それなりに大きく、大変贅沢に作られている。
何より日本びいきのサイガンの趣味なのか、大きな岩がごろごろした露天風呂があるのだ。
リイナとルシアは、これに浸かりながら女子トークを展開している訳である。27歳のルシア、15になったリイナ。
歳も美しさのベクトルも全く異なる二人だが、砦に集う民衆軍の間でも評判高い二人である。
幾度かこの天国を覗こうとする不届き者が現れるのだが、その度に二人の尋常でない抵抗にやられ、別の意味で天に召された。
今夜はいつもより遅い時間のせいか、他に入っている者はいない。二人共、既に身体を洗い終えてスッキリとしていた。
リイナの長い銀髪とルシアの肩まで伸びた金髪が、湯船の中で絡み合い、この光景の美しさに華を添えている。
「あ、あの……実は以前から、お姉さまの身体、いや…どちらかと言えば精神かなあ。人とは違う不思議なものを感じていたんです。それが一体何なのか判らなくて……」
「嗚呼………成程そういう事。流石、司祭のリイナ様には隠せないなあ……」
ルシアはおどおどしながら聴いて来るリイナを「可愛いなあ……」って、感じの表情で見ながら笑みを浮かべる。
「あ、いや、そ、そんな偉そうなもんじゃないんです! 本当に勘に近い…もの…なんです……」
両手を挙げ、両掌を目一杯に広げて、左右に小刻みに振りながら自分の能力を否定するリイナである。
段々と小声になって最後は呟く程の小さな声である。あどけなさと相まって増々可愛らしくなるのだが当人は気づかない。
「いいのよ、気にしないで。そうね、リイナは妹同然だし全部話すよ。でも他の人にはシーッ、でお願い」
「ひゃ!? あっ、あっ、お、お姉さま……!? わ、判りました…誓い……ます」
可愛い妹の火照った唇に、人差し指を添えるルシア。さらにリイナの小さな身体の腰辺りに右脇から手を回して自分に寄せる。完全に密着してしまう二人。
そんなお姉さまの少々怪しげな手つき。リイナは思わず悲鳴に似た大きな声を出したが、聡明な彼女である。直ぐに声量を下げ誓いを立てた。
加えてルシアは、リイナの白く柔らかな肌に触れるのを楽しみつつ、なるべくリラックスした体を心掛ける。
そして自分の唇をリイナの耳元に寄せ、自分の生い立ちとローダと出会ってからの経緯を出来るだけでヒソヒソ語った。
先述した通り、とても重い話なのだが、そうとは思えない程に笑顔を織り交ぜながらだ。
この光景………傍目には大人の女性が、少女に悪戯をしている何とも怪しい………いや、微笑ましいものに映るかもしれない。
一方のリイナは、それはそれは色んな表情を見せながら、時折つい大きな声を出しそうになるのを必死に堪えた。
けれど全てを聴き終えると、複雑な想いは胸の中に押し込んで微笑む事にした。
「詰まるところルシア………貴方は今、幸せということで良いのですか?」
リイナは急にルシアのことを呼び捨てにして、まるで歳上の女性の様な余裕を見せた。時折見せる彼女の仕草………これは教えを説く司祭という立場から出てくるのかも知れない。
ちなみにリイナ自身は、全く意識などしてはいない。
少し不意を突かれた感じのルシア。顔が朱に染まっているのは、湯船のせいだけではないだろう。
「そう……ですね、今はとても幸せです。正直先の事は判らないし、幸せの定義なんて、曖昧にも程があるから何とも言えませんが、やっぱり幸せなんだと思います」
ルシアは自分の下腹を愛おしそうに擦りながら、神に身の証を告げるが如く丁寧に締めくくった。
「じゃあ後は赤ちゃんの未来を創るために、頑張るだけですね……!」
そう言ってからリイナは何かを思い出したか、急に顔の半分以上を湯に沈める。
「ど、どうしたの、リイナ?」
「わ、私、叔母さんになるかと思って……」
これには自ら声量を下げていたルシアの方が、思わず吹き出してしまった。手足をバタバタさせて、湯の飛沫が舞い上がる。
「アハハハッ………そ、そんなの意味判んないってっ!」
「わ、私も早く良い人見つけて、ママ友にならなくては!」
そんな可笑しなことをリイナが言った途端、隣の男湯からバシャンッ! と物音がした。
「えっ!?」
「だ、誰かいるんですか!?」
ルシアもリイナも驚きで口を閉じる。物音の正体を探るべく聞き耳を立てるが、暫く立っても何も聞こえなかった。
「だ、大丈夫みたいですね……」
「そ、その様ね。もう出よう」
「は、はい…」
ルシアとリイナは一応最後まで聞き耳を立てつつ、自分達の物音も出来るだけ消しながら浴場を後にした。
「ふぅ、行ったか……。全く偶然居合わせたとはいえ、何とも大人気ない事をしてしまった…………」
物音の正体はジェリドであった。長風呂はあまり得意ではないので、すっかり、ゆでだこの様になってしまい、湯船の中で倒れ掛かった際に出した音である。
「………そうか、そんな事が。ルシアも大変だが、あのご老体も随分と悩んでいたという訳か。あまり良い話ではないと思ってはいたが、正に懺悔の話だったのだな」
そして思わず溜息をついた次第である。さらに頭の中に故郷に置いてきたロイドの顔が浮かんだ。
「だがしかしだ! ママは幾ら何でも早すぎるぞ! 我が娘よ……」
ジェリドは声の勢いにのせて、急にザバッと立ち上がったが、完全にのぼせているのだ。クラっとして湯船の中に、ザブンッと倒れてしまった。