第14話 何を願えば良いのか判らない
地上から全ての戦況を見渡した結果、4番目の魔導士フォウと1番目の屍術士の魔法さえ封じれば、此方の有利は動かないと認識したサイガン・ロットレン。
早速リイナに奇跡の盾の行使を依頼する、但し3分間の猶予をドゥーウェンに与え、些細なことでも良いからルイスのことを調査させることも怠らなかった。
そして時は訪れ、その場にいる全ての者の魔法の類を封じる光の盾がリイナによってもたらされた。
勿論味方の魔法や精霊術も全てが一定時間使えなくなし、現在稼働している魔法すらもその効力を喪失する。
よって風の精霊術で空を舞っていた者達は、地上へと墜とされるのだ。
「こ、これがリイナさんの絶対魔法障壁!」
「クッ………やってくれたなサイガン」
この奇跡が所見であるドゥーウェンは、リイナの絶対的な力に改めて舌を巻く思いがした。
サイガンがコソコソとこの状況を創り出そうと動いていたことは理解していたルイスであるが、圧倒的な数の違いという力の前にはどうすることも出来なかった。
これでルイス側でまともな攻撃が出来るのは、大将であるルイスただ一人となってしまった。
白の連中も魔法が一切使えないにしても、これは非常に手痛い状況だと認めざるを得ない。
「こ、これは戦の女神の司祭の奇跡か……」
未だ再生中のボロボロな顔でも、ノーウェンの苛立ちが見て取れる。俺は屍術士と言い張る割に、150年前に暗黒神として争った記憶の引き出しがノーウェンを不快にさせた。
「さあ、どうするマーダ………いやルイスであったな。お前とて自己流とはいえ扉を開いた存在、恐らく全力を以ってすれば、独りでも我等を相手取ることも出来ようが………」
態々マーダと言い間違えた上でのサイガンからの煽り文句。目尻の皺が多い細い目を目一杯拡げてギロリと睨みつけながら告げる。
あえて「独りでも戦える………」と付け加えるのも忘れない。
小憎らしい老人に指摘されるまでもなくルイスは、既に此方の進退を考え始めている。
ルシアに殴られ深手を負ったフォウを治療することは暫く叶わない。戦うことはおろかこのままでは命すら危ういだろう。
ノーウェンの方は、身体さえ再生すれば剣術の腕も決して低くはない。示現我狼と伸ばした爪で互角にやり合ったことがそれを証明している。
ただそれにしても戦いは数………それも質のいい戦士の数で決まる。先程のようにノーウェンが集中攻撃を受ければ、反撃は難しいだろう。
悔しいが相手にはそれが出来そうな戦士達が揃っている…………。
そして何よりも未だ消えないローダとルシアの緑色の輝き。恐らくローダが望めば様々な力を引き出せるであろう。
今回の作戦目的はルシアを奪うことにあった。ルシアは扉の鍵であり、それを此方側に持って来れれば、ローダの扉が開くことを阻止出来る可能性がある………これは恐らく正しい。
但し真の目的はルシアによってルイス自身の扉の力がより盤石なものとなるのではないかという可能性にあった。
これは残念ながらアテというより、ルイスの見立てに間違いがあった。
ローダとルシアが結ばれて偶発的に現れた二人の子供による力による所が大きいようだ。所謂愛の結晶などという、言葉にするだけでも苦笑せざるを得ない存在。
これは仮にルイスがルシアを奪い、無理矢理同じものを得られたとしても、恐らく同じようには機能してくれないことは容易に想像がつく。
これでは今、無理を押してルシアを手に入れたとしても、余りに見返りが少な過ぎるし、それによってフォウを失ったとしたら天秤が釣り合わないと感じてしまった。
今のルイスに取ってフォウはただの道具でも、身体を求めるだけの相手ではなくなっていた。
「此処までだな………この場は一旦、引かせてもらうよ」
「る………ルイス………さ、ま………」
「屍術士と暗黒神の魔法、それを失ってもまだ戦えますが………」
ルイスは身を翻してローダ達に完全に背を向けた。声にならない声と涙ながらに訴えるフォウ。もし声が出せるのなら「私のことはお構いなく………」とでも続けたいところであろう。
ノーウェンもまだ戦える意志を一応示すが、一度決めたら人の話を聞かない主の事は充分に理解していた。
「良いのだよ………今、この戦いで君達を失う訳にはいかないんだ」
フォルデノ城から3人で出撃した際、よもや自分がこの様なことを告げるなどとは毛程にも想定していなかった。
「ローダ………僕の弟であり最大の宿敵。やはり勝負を決するのは僕の城が相応しい、また会おう。そして次こそが………本当に最後だ」
ルイスは顔を向けずに手だけを適当に振って取り合えずの別れを告げると、来た時と同様に三本の光の矢に変わって飛び去っていった。
それを見た皆が一斉に地面にフラリとへたり込む。同時に「お、終わったあ………」「い、生きてる……」といった声が聞こえてきた。
ドゥーウェンが絶望之淵にて消されそうなったこと。ガロウがアバラを神之蛇之一撃によって折られたこと。
それを除けば一見、大した損害はない。折られた自由の爪とて次の戦いには6本に戻せるはずだ。
然し結局の所、ルイスは大して力を見せることなく終わってしまった。実質フォウとノーウェンの二人だけに、此方はサイガンすら出張った総動員で相手をしたことになる。
それにフォルテザの住民を守るという緊張感に押し潰されそうだった。大した被害がなかったのは奇跡と言っていい成果だ。
「………皆の者、本当に良くやってくれた。特に序盤………この非常時にローダやルシア抜きで戦ってくれた者には頭が上がらん………」
すっかりくたびれて話すのを止めた一同。暫く続いた沈黙を破ったのは、サイガンからの労いの一言である。
それがこれまでのサイガンらしくない柔らかい老人を帯びていたので、地下牢での一件を知らない一部の連中には、少々意外であった。
「い、いやいや………あれしきの連中、俺の真価を発揮した示現我狼の敵にもならん。あの化物野郎を斬り伏せたのをアンタにも見せたかったぜ」
「………ガロウさん、折られたあばら骨、治癒しなくても良さそうですね」
「り、リイナ………さんっ!? そ、それは勘弁して下さい………」
いつも威張り散らしてるこの老人に対し、少しは煽りを入れてやろうと、ガロウが痛い身体を無理矢理押して、腰に手を当て髭面で覗き込む。
それを見たリイナが「元気そうだから………」とにこやかに告げる。ガロウは慌ててリイナに頭を下げるのであった。一同に笑いが起きた。
(にしても………様々な不確定要素でどうにかなったな。もう私の演算はとうに追いつかないし、そんなもの最早なくても彼等は強い)
一人、少しだけ離れた所から頼もしくなった仲間達を眺めていたサイガン。そこへ息子候補となった青年がやってきて隣に腰を下ろす。
「ローダ………ルシアの隣に行かなくて良いのか?」
「それは………後だ。今はアンタが戦いの直前に、態々《わざわざ》緑色の輝きの正体を明かした真意を考えていた………」
青年は少々曇った顔をしている、緑色の輝きの正体は、ローダとルシアが結ばれて出来た結果《子供》が二人を認めた際にもたらしたもの。
要は10人目の存在となって、その間だけはローダは真の扉の力を得たということだ。勝手に皆の意識が入ってきたのが何よりの証拠。
兄ルイスはマーダが集めた不完全な扉使いの意志を統合することで、限りなくそれに近い力を手に入れた。
そんな存在と相対するために、緊急時の時間を割いてまでルシアの正体と緑色の輝きの力を理解させる必要があったという訳だ。
ルイスとの戦いが終わった今なら、ローダも理解出来ているつもりだ。
「ただ……俺は開かれた扉とやらに何を願えば良いのか、まるで見当がつかなかった………」
「………成程、その虚ろな顔は、それが原因か」
悩んで悩んで答えが出せない如何にも辛そうな若者の疲れ切った顔。けれどそんな顔を見た年寄りの口元が自然と緩んでしまう。
丸くなった青年の背中を優しく皺だらけの掌でポンッと叩いた。
「………サイガン?」
「良いんだ、それで良いのだよ………お前さんは。野望、欲望、切望、願望………そんな欲の塊じゃないお前だからこそ選ばれたのだ」
「でもそんなことでは…………」
「大好きだった兄に勝てない? 兄と命のやり取りをする………そんな時に求めるものが直ぐに浮かぶ。………そんな強欲な人間が選ばれなくて本当に良かったのだ」
サイガンに肩を揺すられるローダ。気がつけば間もなく夕暮れ………柔らかくなる日差しと温和な老人の笑顔に救われた気分になった。