第2話 アドノス島の歴史を語る侍
アドノス島、大陸のエタリア国の南に浮かぶ、大きな島国である。逆三角形に近い形をしており、南端の中央部にはこの島で最も栄えた国『フォルデノ』がある。
フォルデノには大きな貿易港があり、他の島国と国交を結び、貿易で栄えてきた。
フォルデノの周囲を取り巻く様に、西隣に『カノン』、東には『ラファン』、この村を統治下にしている『エディン』は、フォルデノとラファンの北。
北東に『ラオ』、その南に『エドル』、さらに南に『ロッギオネ』という自治区が存在する。
フォルデノ王国は一応このアドノス島の都ではあるが、あくまで象徴とされ、決して他の自治区を隷属扱いにはしていなかった。
これら6つの自治区と王国は、350年位の歴史の中で、他を侵略せずにそれぞれ独自の道を歩んでいた。
もっとも所詮は人間、統一を画策する輩が現れはしたが、島の人々は平和を望み、時には武力を以ってこれを鎮圧してきた。
そして言うまでもなく敵は、中だけではなかった。
頭上には大国エタリアがあり、この島国と国交を開こうとする者、あるいは武力で制圧を狙う者が次々とやってきた。
しかし他国に先んじて魔法の研究を進め、数多くの魔導士で戦力を増強。
そして国交のある島国からは、東洋の侍や南国の島で鍛え抜かれた武術、ムエタイ等を得意とする戦士達を育てた。
巧妙にも大陸には密使を送り、錬金術や医療技術を盗み、独自に解釈し、しかも国と自治区間で力を共有した。
「こんな話がある、50年程にエタリアが派遣した国使をフォルデノは、快く迎え入れた。しかし国使は、これまでに見た事がない奇妙なものを見せられ驚愕し、逃げる様に国に帰ったらしい」
「……」
「それは本ほどの大きさだが、厚みは半分以下で表側はガラスで裏側が、金属の様なもので出来ていた。声をかけるとガラスの側に書物の様な絵や文章を映し出すという不思議なものだ」
「…」
「その内容は様々な国の言葉、宗教、文化、軍事力、なかにはエタリア人でさえ知らない自国の歴史や状況すらあったらしい。そしてフォルデノ国の代表は、国使に告げた。この島の連中は皆、大小こそあれ、この様な技術力を持っており、常に互いが競い、主権を狙っている……とな」
「……嘘を言ったと?」
「ただ争っていると言えば、情勢不安定でむしろつけ入る隙ありと思われるのが定石だが、こんな火薬庫みたいな島を狙う愚を大陸の連中に植え付けたのさ。しかし……」
此処でガロウは少し言葉に間を開けた。思わずゴクリッと唾を飲むローダである。
「5年程間にあった世界規模の不況を知っているか。貿易で栄えていたフォルデノも例外なく大打撃を被り、この状況を打破するには他の自治区を占領下に置くしかないと国王は宣言し、嘘の戦乱は、本当になってしまった」
「…………」
「しかし他の自治区の力は決して王国に劣る事はない。6つの自治区は団結してフォルデノに対抗したので、寧ろフォルデノは劣勢と言えた」
ガロウの長い話にローダは逐一、真面目な表情で頷いてみせる。
処で同じ場所で聴かされてるルシアにとっては、欠伸が出る程の内容だ。
だから彼女は、この面白そうな男の顔を眺めることに注力していた。それはそれは飼育係が動物を観察するかのような目で。
「狂った国王を蹴散らして、再び団結すればこの島に平和が戻るはずだったんだ。しかし半年前に現れた黒の剣士と、彼が率いる精鋭部隊に蹂躙されてしまった」
悔しそうに顔をしかめるガロウ。そして暫く間を置いてから再び語り始める。
此処からが、ようやく彼にとっての本題なのだ。
「ローダ、お前は覚えていないだろうが、奴はおかしな事を言っていた。お前と剣を交えながら、『だからよく言ってるだろう』とかまるで、旧知の仲みたいな事を」
ローダの目をしっかりと見つめながら告げるガロウ。見られている側が顔色を失う。
「なっ、アンタはそいつがルイスだとでも言いたいのか」
兄がそんな事をするものかと、言わんばかりの顔でガロウを睨みつける。
二人が争うのではないかと浮足立つルシアだったが、間に入る隙間を見つけられない。
「まあ、聞いてくれ。奴は『マーダ』と呼ばれていた。ルイスという剣士を俺は知らない。しかしマーダという名前は聞いたことがある。少し調べた事もある」
「………で?」
「強大な力を持った魔導士だったり、フォルデノの騎士団長を務めた男の名であったり、カノンで猛威を振るって民衆を苦しめた竜騎士だったりと、実に色んな奴が、その名でこの島の歴史上に登場していた」
「貴方は一体何が言いたいんですかっ」
ガロウが兄を名を出してからローダの顔はずっと険しい。涼しかった顔が嘘のように。
「馬鹿げた俺の妄想だと思って貰って結構だ。マーダとは他人の身体を乗っ取りながら生き続けているのかも知れない」
馬鹿げたと言った割にガロウの顔は、真剣そのものだ。
「なっ!?」
「えっ!?」
これにはローダだけでなくルシアまで驚きの声を上げる。
「あの男はお前を指してこうも言っていた。『アレはいずれ私の力になる』と。あの時は、あまり深くは考えなかったのだがな。もしお前の身体を乗っ取ろうという意味なら、まさに言葉通りだ」
「そ、それは余りにも……」
魔法に秀でているルシアですら、そんな力は聞いたことがないと首を捻る。話が飛躍し過ぎていると告げたい。
「嗚呼、自分でも可笑しな事を言っていると思うさ。マーダとお前、二人のあんな戦いを見せつけられて、俺の頭は、本当にどうにかなっているのかも知れんな」
そう言って苦笑するガロウ。自らが今まで鍛え上げてきた力にそれなりの自信を持っていたのだが、そんなものはあの戦いで吹き飛んでしまった。
自分はどれだけ修行を重ねれば、あの域に達する事が出来るのであろうかと、路頭に迷ったらしい。
「フゥ……。一応確かめる必要がありそうね」
深い溜め息をついてから、ルシアが話を継いだ。
「こんな可笑しな話が出来る人はあの人だけ。それに私達は、あのマーダに対抗するために修行のやり直しだわ……」
金髪で活発な女戦士はそう言うと、さらに大きなため息をつく。
(フッ、お前はそう考えるのか。老いているな俺は)
自分の弱気を見透かされたと勝手に思い苦笑するガロウである。
「そうだな、俺はまだ生きているのだ。もっと強くならねば先に逝った奴等に合わせる顔がない」
ガロウも元気な女戦士の勢いに乗る事を決めた。
(お父さん、私は遂に見つけてしまったのかも知れません。これより彼をお連れします)
ルシアは動揺しているローダに視線を送りながら、そんな事を思ったが決して噯にも出さない。彼女自身、実は心が揺れ動いている。
「怪我が治ったら旅立ちね。サイガン老師に会いに行かなきゃ」
やれやれといった身振りではあったが、顔は微笑んでいた。
二人の男はその笑顔の中に、女神を見つけた心地になった。