第12話 兄で在りながら兄とは違う別の何か
二丁拳銃使いのレイが何時の間にやらAYAME Ver2.0でなく2.1を持っていた。その何とも赤裸々《せきらら》な事実を公表されて戸惑うドゥーウェン。
そしてフォルテザの街が戦場であることをつい忘れそうになる程の仲間達。
「マスターッ! そして皆さんッ! 今は非常時、戦いに集中しましょう!」
この平和ボケした様な状態に、ベランドナがようやく、とてもごっつい釘を刺した。
「ど、同感…………行くよローダっ!」
「お、おぅ!」
落ち着きを取り戻したルシアが緑の輝きを散らしながら宙に舞う。それにローダも慌ててついてゆく。
その様子を見て、フォウもルイスも日和見を解くと、迎え撃つ準備を始める。
「『心の波動』」
一方地面から海の波のようなものをフォウとルイスに向かって静かに投げつけた者がいる…………サイガンである。
それを二人は避けようとすらしない、ルイスが張った魔法と扉の力を防ぐシールドは未だに有効………よって問題にならないからだ。
バシャッ! 本当に大波が打ち寄せたような音がして二人の前で心の波動が弾け飛ぶ。
だが堂々としていた二人は、次の刹那に慌てることとなるのだ。
波が消失したかと思いきや、ローダとルシアが唐突に姿を現し、奇襲をかけてきたからだ。
ルシアがその長い右脚の踵をフォウの左肩に落とそうとする。勿論ローダはルイスが標的だ。この場はあえてロングソードの方ではなく、刃渡りが短いが軽量な脇差を選択。
速度を活かした攻撃で、ルイスの右手元を狙ってゆく。
「ウグッ!?」
「サイガンの無駄打ちは囮か。や、やってくれるじゃないか………」
この奇襲は互いに成功、ルシアの踵落としは完璧にフォウの左鎖骨をへし折るに至る。ローダの脇差もルイスの親指を斬り落とすこととなった。
けれどフォウも「これ以上はっ!」と叫びつつ、ドゥーウェンから制御を取り戻した金色のナイフ、コルテオを操ってルシアに対し威嚇を試みる。
一方、剣術を主兵装とするルイスに取ってこの攻撃は剣をしっかり両手で握ることが敵わず、かなりの痛手となる筈だ。
だがルイスはまるで何事もなかったかのように、左手だけで剣先から柄までが真っ赤な両手持ちの剣をスラリと抜いて、少々相手側へ突き出した感じで構えて見せた。
「フフッ………中々やるようになったじゃないかローダ。だけどこの『紅色の蜃気楼』相手にそんな剣で何処まで持つかな?」
「れ、レッド・ミラージュ?」
「フンッ!」
右手から出血が酷いというのに、得体の知れない大剣を無造作に振うルイス。しかしローダはアイリスによる速度を活かし、剣の間合いから逃れた………にも関わらず、気が付けば自分もルイスと同じ右手を斬られて出血してしまう。
「け、剣が伸びた!? まるで鞭のように………馬鹿な?」
「さあ戦の女神よ、あの者に貴女の御慈悲を。湧き出よ生命の泉」
「何っ!」
攻撃を当てて相手が怯んだ隙をついてルイスは、戦の女神の癒しの奇跡を詠唱した。
それも自分の親指を癒すのではなく、隣にいるフォウの傷を全回復させたのである。
「フフッ………色々と驚きが続くね。紅色の蜃気楼は元々ノーウェンが暗黒神であった時の愛刀だよ。戦の女神の力は愚かな出来損ないの気まぐれで失ってしまったけど…………」
「………扉の力の一つとして再び手に入れたか」
紅色の蜃気楼は見た目の間合いが信用ならない剣だと悟るローダ。他にどんな力を隠しているのか………迂闊には飛び込めないと判断する。
加えて完全治癒能力のある生命の泉すら秘めていた。
「察しがいいね………流石、真なる扉の継承者と言っておこうか。だけど僕がお前すら実力で超えて見せるさ」
「そうやってアンタは神でも気取るつもりか?」
「いや………この世にいる神なぞ所詮は人の創りし偶像………。それらを全て超え、僕は神そのものになる」
こうやってルイスと会話をしているローダは、実に気持ちが悪いと感じている。何故なら元々見た目は、マーダが奪った肉体であるルイスそのもの。
その上、声や口調すら久方ぶりに聞くルイスそのものと化した。………にも拘らず非情な空気がヒシヒシと伝わってくるのだ。
………あの優しく聡明で心から尊敬した兄である筈なのに、いざ再会してみれば別人とも思える何とも奇妙な気分なのだ。
さて……隣で戦っているフォウとルシア。いくらフォウがコルテオとそれらを制御する金色のレイピアを以ってしても所詮は魔導士。
5番目のティン・クェンすら圧倒したルシアを相手取るのは、余りにも分が悪過ぎる。しかもローダがルイスを本気で殺しにいけないような足枷すらない。
「いくら回復して貰った所で詠唱の時間を与えなきゃいいだけのことっ!」
「クッ…………!」
とにかくフォウは、少しでも間合いが欲しい。コルテオを旋回させつつジリジリと後退しようとやってみる。
ならばとルシアの方は、リーチの長い足技を重点に置いて大いに攻めたてる。防御に働いたコルテオに刺されたりはするが、構うことはないと思っている。
魔法を決して使わせないこと、さらに確実な一撃さえ入れれば勝ちが転がり込んでくる。
ルシアはサッサとこの女魔導士を倒し、人外と言えるノーウェンか、ルイスとの戦闘に出来るだけ早く介入することだけが目的だ。
◇
「おい、レイ! そいつは、いくら身体をやっても通用しないぞ! そいつの中には魂すらないんだ」
「アアッ!? 何言ってんだか、わっかんねえよ、テメエッ!」
「ただせめて黙らせるべきだ、要は首を狙えってことだ!」
すっかりレイがガロウの得物を横取りして無双しているかに見える。しかし実際の所、幾ら弾を撃ち尽くしたとしてもノーウェンの沈黙は望めない。
だからせめて暗黒神の魔法を使わせないようにすべきだとガロウは説いている。
レイは「何言ってんだか判らん………」と言ってる割に理解したようだ。あるいは単純に脳天にブチ込みたいだけなのか、拳銃をノーウェンの頭へと向ける。
(………次は頭狙いか、これ以上好きにはさせんっ!)
ノーウェンの表情が険しいものに変わる。僅かに残った手足を自在に動かしてレイの銃弾をガードしようとする。
もうとっくに繋がる先の胴体がないというのに、その手足は宙を浮き、彼の意志に従って動く。
「こ、コイツの身体、一体どうなってやがんだ!?」
(全く…………この不死身と再生能力。まるで150年前の奴ではないか………ンッ?)
炎の精霊を付与した銃弾ですら、このガードを貫けない。ノーウェンは自身の異常な身体能力に、ふと我ながら可笑しなことを感じた。
………150年前の? 一体何のことだ? 俺は屍術士のノーウェン。暗黒神はマーダ様が与えてくださった能力だけの存在に過ぎん筈だ!
そんな不思議な感情が渦巻くノーウェンの正面に、納刀したままのガロウが割り込んだ。
「おぃッ! 火縄野郎っ! テメエの頭、本当に脳みそ入ってんのかっ!?」
「き、貴様………俺の魂の在処を見破った程の男が一体何を!?」
「おぅ、俺は馬鹿だよっ! 示現我狼『櫻姫』ぃ!!」
至る所から自在に飛んで来るレイの炎の銃弾。これが飛び交う最中に、合図もなしに飛び込む事など正気の沙汰ではない。
レイの銃弾を浴びながら構うことなく抜刀する。美しく赤い弧を真横に描いて、ガードする手足ごと、顔を上下真っ二つに斬り裂いた。
「み、見事だ侍。だが俺が死なないと知った上でのこの行動は一体何だ?」
「おぅ、これでも喋れるのか やはりとんだ化物だな」
残った顎だけを動かして、なおも流暢に喋るノーウェンも大概だが、身体の至るところにレイの炎を銃弾を生身で浴びつつ笑うガロウもどうかしていた。