第8話 決死の覚悟で応じた学者
ヴァロウズ4番目の女魔導士フォウが、ルイスより拝領した黄金のレイピアの力を借りて絶望之淵という術を成功させ、ドゥーウェンを襲う。
このレイピアはコルテオを繋ぐ中枢の役割だけでなく、魔術の力を底上げする増幅器の役割すら担っているようだ。
「ま、守れ自由の爪!!」
「だ、駄目ですマスターっ! 此処は逃げてっ!」
ドゥーウェンはオルディネによる結界を張ると同時に、まだ自分の制御下にあるコルテオでのフォウに対する攻撃を決して諦めなかった。
脊髄を狙った分が少し逸れはしたものの、彼女の背中へと突き刺さる。
けれども黒い炎はいよいよドゥーウェンに押し寄せる。彼はフォウへの攻勢を止めないことで魔法への集中力を切らすことを狙ったのであろうか。
だとするならばそれは彼らしくもない愚策である。詠唱中か或いは蜘蛛之糸のように詠唱後も術者が集中力を切らせない呪文ならば有効な手だと言えるのだが、黒い炎は既に完成し、術者の手を離れたのだ。
この場に於いてドゥーウェンがすべきことはたった一つ。とにかく逃げる、ベランドナがそれを判った上での逃走を進めたというのに………。
「あぅっ!!」
「わ、私の爪達が!? グッ! グワァァァッ!!」
元々自らの武器による攻撃で喘ぐフォウ。だが此方とてドゥーウェンの最期を見届けようと相手を凝視する。
彼女の黒い炎がオルディネの張った結界を押し潰してゆく。
結界を破られた驚きを表現する間すら与えらずに、ドゥーウェンは身体も精神も何かに持っていかれる様な、これまでに経験した事のない感覚に襲われる。
「こ、これは超重力? いや、そんな生易しいものじゃない! わ、私という存在そのものが闇に潰されるッ!!」
「………絶望之淵。この術にかかった者は、ただでは死なない。この世にいたという存在そのものが闇に消されるのだよ」
「アァァァッ!!」
「完遂すると彼を覚えている者、彼が残してきたもの、その全てが歴史から消え失せる。これでアイリスとやらもなくなるな」
まさに絶望の淵へ落ちてゆく様を、特等席で観戦しているルイスが絶対的余裕をもって、その壮絶な想定結果を告げる。
断末魔………これがドゥーウェンの最期の言葉となってしまうのか。しかもそれすら覚えてる者がこの世から消えてなくなる。
「マ、マスタァァァァーーー!!」
有能なベランドナさえもその光景に、ただただ絶望するしかないと思った。
黒い炎がドゥーウェンの身体よりも大きくなり、その悲鳴すらやがて聞こえなくなってゆく。
敵味方関係なくその光景を目にした全ての者が、これで彼の命運は尽きたと確信するしかない現状。
やがて悲鳴が完全に聞こえなくなり、黒い炎は小さくなって消失した。同時にドゥーウェンの存在も消えた……筈であった。
「ハァハァ………、や、ヤバかったですね。流石に……」
なんとドゥーウェンは生きている。声は呟く程に小さく、相当のダメージを受けている事は想像に容易いが、その五体は満足である。
当然その場に存在している彼を忘却の彼方に置いてきた者もいない。
「な、何だとぉぉ! 馬鹿なっ! 私の術は完璧だった!」
「マスターッ!」
在り得ない………この結果に動揺し、自身の魔法までの行為を確認するフォウ。
ベランドナがボロ雑巾と化したドゥーウェンに近寄ってその肩を貸す。
「い、いや……た、確かに、か、完璧でした。ただ私にはハイエルフ、ベランドナという、た、大変優秀な頭脳がありますから。その対策をVer2.1の処理速度で読み取って再現したまでの事。し、しかし正直上手くいってホッとしていますよ」
息絶え絶えに全ての経緯を説明し切ると、ドゥーウェンは吐血して気を失い、ベランドナにグッタリと持たれ掛かった。
「成程……やってくれる。先ずコルテオの制御を奪ったのは扉の能力ではなくハッキング能力の応用か。Ver2.1の処理能力もそちらに振ったな………」
ルイスから先程までの余裕の笑みが流石に消えた。顎に手を当てながらドゥーウェンの行いを顧みる。
「さらに絶望之淵すら退けたその手腕………。そこのハイエルフはヴァイロを自分が契約したの神の従属神と言った………」
「良くもまあ、ご自分の考えをそうやってひけらかせるものですね………」
ベランドナがルイスに睨みを利かす。美女が眉を吊り上げ怒りを露わにすると、男のそれとはまた違った迫力がある。
ルイスから笑みこそ失せたが、こうも饒舌に喋るのだから、やはり此方を下に見ているのだ。それがベランドナには腹立たしい。
「怖いな………後はヴァイロより上位の神から魔法の解除を試みてオルディネの結界に反映させた。………と言った所かな」
ベランドナの刺す様の視線に一応おどけて見せながら、一通り推理を終えたルイス。恐らくその通りなのであろう。
◇
ガロウ、ランチア、プリドールの三人とノーウェンの戦闘に話を戻す。
「示現我狼奥義・『櫻島』じゃぁぁぁ!!」
ガロウがアイリス期限切れ直前の赤く染まった日本刀をノーウェンの胸の辺りに突き刺した。大爆発………やがて煙が晴れて二人の姿が浮かんでくる。
以前ガロウはローダが同じ名前の技を使った際「あれはデタラメだ………」だと切って捨てた。
あの際ローダの方は、トレノが氷狼の刃によって徐々に周囲の冷気を強くすることでローダの動きを封じようとした。
それに対し櫻島を用い、やはり大爆発を起こすことでその難を逃れた訳だが、ガロウの行為とて相手に刺してから使ったという以外、言う程の違いはない。
要は奥義ですら実戦で先にやられたことを認めたくないだけであろう。
此処でガロウのアイリスによる効力は完全に失われ、赤の輝きを逸した姿で現れる。その直ぐ目前に異常な姿の相手が出現した。
首以外は殆ど失ったと言っても過言ではないノーウェンである。
「やっ………やったのかっ!?」
「い、いや、待て団長。あの首だけの化物を良く見るんだ………」
その状況を見て流石に勝てたのかと思ったランチアであったが、プリドールはその酷い惨状であるノーウェンの目が、口が、まだ生きづいていることを認識し、冷や汗を垂らす。
「や、やはり無理だったか………」
アイリスと共に鹿児島の訛りも消えたガロウ。折られた脇腹を抑えながら想像通りであったことを告げる。
蹴り飛ばされた時に切った口からも血が滴っており、これ以上ロクに戦えそうにない。
「奴の魂は恐らくあの中にはない、だから全身を吹き飛ばしてやった」
「そ、それにしたってアレはもう戦えないだろうがっ?」
満身創痍のガロウに対して、ランチアが声を励ましながら聞く。
「いやいや………本当に貴様、ただの侍にしとくには勿体ない逸材だな。どうだ、いっそ私の死兵《人形》にならんか?」
「へっ、そりゃあ、どうも。だが俺には女房子供がいるもんでね」
ガロウの見立てを示すかの様に、ノーウェンがアッサリとその口を開く。血の混じった唾を吐いてから、ガロウは暗黒神の成れの果てからの誘いを断った。
「愛に生きる侍か………実にくだらぬ………」
言っている傍からノーウェンの身体が再生してゆく。ただそう言う割に少し俯いているのは、ガロウに断れたからではないようだ。
昔の………150年前の記憶を辿っているのかも知れない。
深手こそ負ったが一命は取り留めたフォウ。そして首以外を失ったものの、今にも元通りになる勢いのノーウェン。
そして何よりも大将であるルイスは、完全に無傷どころか力すら使っていない。
対するフォルテザの陣営は、ドゥーウェンは重体で気絶している。ガロウとて戦い続けるにはかなり厳しい状態。
ランチア、プリドールも、間もなくアイリスの稼働時間が切れて、お互いのシャチを失うであろう。
ベランドナだけは未だ健在だが、どう考えても今の布陣で勝ちは見込めそうにない。
(ローダ、サイガン、斧の騎士と不死鳥の司祭。彼等はあくまでも鍵を死守するつもりなのか? だがこれ以上、地下で寝ている訳にもいくまい………)
ルイスは地下牢で縮こまる連中も全て捻じ伏せ、鍵を手に入れる事が出来ると確信に至る…………そんな矢先、希望に満ち溢れた男女の声がその地下深くから聴こえる気がした。
「「…………アイリスッ!!」」
声と共に緑色の光の渦がフォルテザの地上まで届き、傷ついた戦士達を包んでいく。この光景をルイスは、カノンでの戦闘に於いて知っていたつもりであったが、目前の情景に彼らしくもなく心を鷲掴みにされた思いがした。