第7話 命を秘めた金色の輝き
ルイスより譲られた扉の武具コルテオと、扉や魔術の類を遮断する見えないシールドに守られた魔道士フォウ。
これにドゥーウェンは、AYAME Ver2.1のアイリスを用いて対抗しようとしている所である。
「ノンノンっ、それは在り得ませんね。此方の方が好きな研究に没頭出来ますから。そうら行きますよ!」
ドゥーウェンは冷笑しながら首を横に振ると、両手の人差し指を飛んで行く自由の爪に向ける。
全てのオルディネからフォウへ向けて光線が放たれる。先程よりも勢いこそあるものの、やはり全てルイスの施したシールドの前に飛散する。
―離れなさい、ベランドナ!
ドゥーウェンの心の声による指示が再び飛ぶ。ベランドナは小さく頷くと、一旦その身を引いてフォウへの攻勢を解放した。
「一体何の真似?」
これにはフォウとて不審に感じたが、コルテオをドゥーウェンに向けて警戒は怠らない。
「さあ征け、我が爪達よ」
ドゥーウェンの声と共に全てのオルディネが、なんと2つに分離してゆく。
1本折られて5本だったオルディネがこれで10本になった。さらにフォウを守るために周回しているコルテオに次々と突き刺さる。
だが各々のコルテオには小さな傷がついただけで破壊までには至らない。
「何の真似だと言っている? 見ろ、お前のオルディネとやら………分離して破壊力が落ちたのか私のコルテオに傷を付けただけではないか」
「フフッ………そのうち嫌でも判りますよ」
状況を見て小馬鹿にした態度を崩さないフォウに対し、ただの一言だけ告げたドゥーウェンは、笑いを消して何かに集中する顔つきに変化する。
するとフォウのコルテオが全て宙に浮いたまま静止したではないか。これまで何の攻撃がなくとも意志を持っているかのように、勝手に周回を重ねていたのだ。
「征け! コルテオ達!」
なんと此処でコルテオに指示を出したのは、ドゥーウェンであった。
全てのコルテオがその矛先を元の主へと向けると、一斉にそのまま飛んで行く。
「な、何だとっ!?」
それまでの余裕顔が一瞬にして凍りつくフォウ。
全身を6つのコルテオが強襲する。幸いにも顔、両腕、両脚を霞めて、小さな傷をつけただけで済んだ。
なれど自分の武器が自由を奪われ、何よりも扉の攻撃に対して鉄壁であったシールドを意にも介せず、自らを攻撃した事が脅威であった。
「どうです、ご自分の自慢の武器に襲われた気分は? もうお判りですね、コルテオは破壊するために攻撃したのではない、私のものにするためにマーキングしたのですよ」
「お、おのれッ!」
ドゥーウェンが笑みを取り戻す、代わりにフォウの冷笑が奪われたかのようだ。
そのタイミングでフォウの後ろから、まばらな拍手の音が聞こえてきた。
「成程、実に見事だよ………流石はドゥーウェン。不完全な扉の力はあくまで一つ。新しい力を欲するのなら他の扉の力を持つ者から奪うしかない」
「る、ルイス様………」
「だから君はその自由の爪に、相手の武器を自在に操るという実に小賢しい能力を追加した訳だ。コルテオは僕がフォウに与えた武器、これならシールドすら役に立たない」
拍手の主はルイスである。此方は相変わらず高慢な態度を変えず、冷たい笑いも健在である。
ルイスに醜態を晒してしまったと感じたフォウがこれまで以上に狼狽えた顔で後ろを振り返る。
「だけどVer2.1とはその程度なのかい? それでは僕の大切なフォウを倒す事は出来ないよ」
「これはこれはご丁寧な解説ありがとうございます。では貴方の大事なフォウがどうなるか、そこで高見の見物をなさって下さい」
ルイスにVer2.1の力を煽られたことで少々苛立つドゥーウェンだが、直ぐに気持ちを切り替えフォウへの攻撃に集中する。
「さて、美しい魔導士殿。少々勿体ないが消えて頂く!」
胸を張って堂々たる勝利宣言。もう物理攻撃を防いでしまうコルテオは此方の手の内。
後は体力も回避能力も低い女魔導士を一方的に痛ぶることに躊躇いさえなくせば良いだけのことだ。
ドゥーウェンに制御を奪われたコルテオが再び、フォウに向かって飛んで行く。
さらに一応の牽制として、オルディネで光線を放ち、此方の標的をルイスにする。
大方無駄撃ちになるだろうが、今はフォウを墜とすのを邪魔されたくない。
コルテオの動きにも工夫を凝らし、あえて真っ直ぐではなく、全方位から襲わせる様に仕向けた。
「終わりだ! 4番目の魔導士!」
―フォウ……聴こえるかい? そのレイピアを抜くんだ。
引導を渡すドゥーウェンの声に紛れて『接触』を使ったのはルイスだ。彼もどうやら扱えるらしい。
レイピア……確かに軽量かつ腕力の少ない者でも扱える武器ではあるが、それを抜いた所で形勢が逆転するとは、ルイスの指示を受けたフォウですら思わない。
それでも迷わず腰のレイピアを抜いた。レイピアは直ぐに輝きを放ち、その眩しさはドゥーウェンの視界を遮る。
このレイピアが金色だから………明らかにそれだけでは説明のつかない神々しいその輝き。
「な、何だ!?」
「ああっ! うぅぅ……」
何とか状況を理解しようと、目を細めながらも視線は決して外さないドゥーウェン。やがてレイピアの光が落ち着く。
フォウの右腕と左脚には、ドゥーウェンが操ったコルテオが刺さっている。
けれども眉間、心臓、後頭部、脊髄を狙ったものは直前でカタカタと震える様に静止しているのが見えた。
「と、止まっただとっ!?」
「素晴らしい……それを抜いてなおフォウに手傷を負わせるとは。誉めてあげるよドゥーウェン。そのレイピアはコルテオを操るための言わばアンテナの様なもの………」
「な、成程……」
「それを抜いた者のコルテオの制御力は最大値になる。………にも関わらず完全に制御を自身に取り戻せないとは」
信じられないといった形相のドゥーウェンに、親切にコルテオとレイピアの力について明かすルイス。
だがルイスの側とてドゥーウェンとVer2.1によって恐らく強化された自由の爪の力を見くびってみたことを認めざるを得ない。
(ば、馬鹿な!? いくら制御系を最大値にしたからといっても、私の方が上ではないのは何故………)
「そのレイピアには人の一人分の魂が宿っている。加えて6本のコルテオには君達がAYAMEと呼ぶプログラムと同様のものが刻んである。言わば1体の生物のようなもの……。その制御、早々奪えるものではないよ」
「な、何ですって!? 武器に人の魂とは!」
心底信じられないといった体であるドゥーウェンに対し、コルテオとその主のような存在とも言える金色のレイピアの秘密すら軽々しく語るルイス。
聞いた処でどうにもなるまい………そんな堂々たる余裕が成せる言動だ。
―さあ、やるんだ僕のフォウ! そのレイピアの力を借りれば君がまだ行使出来なかった術すらいける!
「うぅ………は、はい。ルイス様」
腕と足の出血は決して少量ではない。如何にも辛そうなフォウであったが、そこは敬愛する主の励ましに気持ちを切り替えた。
「暗黒神よ、我その力に問う。ルーナ・ノーヴァ……陰の究極の闇よ、クラビウスへ堕ち、賢者の海で永遠にその罪を悔いるがいい………」
苦しむ表情を見せつつも詠唱を続けるフォウの決心は揺るがない。頭上に黒い小さなドス黒い炎の球体が姿を見せる。
(こ、この呪文はまさかっ!)
ベランドナはこの術の恐ろしさを熟知していたらしい。対抗手段は一応あるのだが、それを行おうにも時間が圧倒的に足りない。
「さあ、受けよ! 『絶望之淵』ォォ!!」
遂にフォウ初めての詠唱が完了し、それは成功したようだ。呼び出した黒の塊は急速にドゥーウェンへ向けて飛んで行く。