第4話 青い鯱と赤い鯱が大いに喰らう
ドゥーウェンが不完全な扉で得た能力『自由の爪』。人を載せて移動出来る程の大きな黒い爪。
それをフォウの意のままに飛ぶナイフ達『コルテオ』と暗黒神の魔法『神之蛇之一撃』の集中砲火によって、6つの内の1つだけとはいえ折られてしまった。
「まさかただの魔導士の貴女が此処までやるとは。けれど愛するルイス様の力を借りての事でしょう?」
「何? 今度は心理戦のつもりかしら? このまま裸同然にしてあげる」
大事なオルディネを1つ破壊されたがドゥーウェンは、あえてマーダではなくルイスの名で煽ろうとする。
ドゥーウェンの「ルイス様」に少し眉を寄せるフォウ、だが粛々と同じ魔法攻撃の準備をする。
この間にもベランドナは矢を放っているが、守りに入っている2本のコルテオが全てを弾き返す。
「フフッ、気がつかないのですか………そのルイス様の力とやらが、貴女の弱点になるのですよ」
「なっ!?」
―ベランドナ!
ドゥーウェンは驚くフォウを他所に接触でただ一言だけ合図を送る。
(イエス、マスター)
ベランドナは瞬時にマスターの意図を汲み取った様だ。再び3本の矢を同時に放つ。
「フッ、何かと思えば馬鹿の一つ覚え…!?」
これには余裕有り気な言葉を止めるしまうフォウ。なんとレイピアを抜いたベランドナが矢と同じ速度で迫って来たからである。
これを止めるために残り4本のコルテオも守りに回す羽目になった。
「ようやく笑みが消えましたね、暗黒神の魔道士殿。貴女の見えないシールドは、おそらく魔法と扉の力を防ぐもの。物理攻撃は防げない。そのコルテオを使うと読んでいましたよ」
(………そして私自身も、まだこのまま終わるつもりなどない!)
フォウに自由の爪によるビーム照射は、見えないシールドに弾かれて悉く効かなかった。
一方ベランドナの弓矢による攻撃は、常にフォウの周囲を周回しているコルテオというナイフを動かしこれを防がれた。
何れにせよ同じ結果だが、やり方が全く異なるのだ。物理攻撃の方ならコルテオの数か、速度を凌ぐ攻撃をぶつければ良い訳だ。
「全くよお、こんなでかいだけの奴。相手にするなんて面倒くせえったらないぜッ!」
「能書きはいいからサッサとやるんだよっ!」
一方此方は巨人族セッティンの相手をさせられている青い鯱と赤い鯱。
文句を言うランチアをプリドールは嗜める。ガロウから勝手に戦いの相手を指定されたことにランチアは立腹している。
そんな二人は不意に宙へと上がった。なおベランドナの風の精霊術である自由の翼の恩恵は得られていない。
(おぅ、あの二人早速アレを使うのか………)
横目でガロウがそんな二人を視界に捉える。ガロウは判っているつもりだ、今の二人が本気を出せばそんな巨人なんぞ………と実は思っている。
「まるで羽虫だな! たった二人でこの俺に空を飛べるだけで挑むとは!」
余裕顔で棍棒を振り回すセッティンだが、流石にこれに当たる程、愚かな二人ではない。
(飛んでいる? 違いますね………あれは何かに騎乗しているんだ)
ドゥーウェンはそう思い、さらにカノンでの戦闘の際に悠々とオルディネに乗られた事を思い出して、思わず苦笑いをしてしまう。
「てめえ、俺達の二つ名をどうやら知らねえらしいな。知ってりゃ少しは対策の一つも立てられるってもんだが……」
「まあ、デカい奴の浅知恵が働いた処で無駄なんだけどなっ!」
ハルバードを構えながら余裕の笑みを浮かべるランチア。プリドールもランスを突き出すように構える。
「浅知恵だと!? そこまで言うなら後悔させてやる。本来なら此処にいる奴等、全員を潰せるところだが、特別にお前等二人だけに限定してやる」
「…………っ!」
「ほぅ………面白ぇな。やれるもんならやってみろやッ! このスカタンッ!」
セッティンがプリドールや共に戦いに参じた配下の連中を大いに苦しめた例の重力魔法を使うつもりだろう………忘れようがない地獄の記憶。
だがランチアにとっては所見………大胆にも中指を立てて巨人を煽る。
「こ、この野郎………もう許さんッ! 暗黒神の足! 神の足! その一歩で全てを踏み潰せ! 『神の足枷』ァァッ!」
怒りに任せ印を結びつつ、そのまま詠唱の声色にも叩きつける。セッティンの図太い声が周囲に響いた。
(あっ、成程。私にも見えましたよ。実に捻りも何もないが、らしいですね)
ドゥーウェンがランチアとプリドールの新たな力に気づいたようだ。それにしてもガロウの次は青い鯱と赤い鯱がアイリスによって強制的に扉を開く。
この調子なら白の軍団で名の知れた連中は、何れも不完全な扉使いに成れそうだ。
「グッ! こ、これか? 例の重力呪文っていうのはッ!」
「あ、ああ、そうだ団長。だがどうだい?」
一瞬、ランチアの顔色が重力の痛みに曇る。しかしプリドールに「団長」と呼ばれた男は、瞬時に凛々しさを取り戻す。
「なっ!? お、お前等、何ともないと言うのか?」
「何ともねえって言ったら嘘になるなあデカブツッ! だが足りねえなっ! 全然足りねえッ!」
「予告してやんよ! 私達の突貫一つでアンタは粉々になるってな!」
巨大な図体がたった二人の人間相手にたじろぐ様は、実に滑稽である。
これから攻撃に転じる緊張の一瞬というのに、言いたい事を副団長に横取りされて青い鯱は本気で怒っている様だ。
「そら行くよ、いい面が台無しじゃないか」
赤い鯱が珍しく片目を瞑って女の色気を寄越してゆく。
その言葉に青い鯱はすっかり機嫌を取り戻しいいツラをさらに良くしてやろうと躍起になる。
「よっしゃあァァッ! 行くぜッ! ラオの青い鯱、ランチア・ラオ・ポルテガァァ!!」
「同じく赤い鯱、プリドール・ラオ・ロッソォォ!!」
二人を包む赤い輝きが増してゆく。加えて二人の巨大な騎馬が、遂に嫌でも目に映ってきた。
その巨大で凛々しい姿、巨人族であるセッティンにすら劣らない。
「「突貫ッ!!」」
二人が騎乗しているのは、海に於ける生態系の中でもトップクラスと恐れられる青いシャチと赤いシャチそのものである。
その10トンに及ぶと言われる2頭と真っ赤に輝く二人の槍が、セッティンの熱い胸板を青銅の鎧ごと理不尽に破壊する。
「ば、馬鹿なあぁぁぁ! お、俺の、俺の身体があぁぁ!!」
セッティンが自分の胸から吹き出す血を見ながら慌てふためく。
「おっと、まだ終わりじゃねえ。サッサとこんなド三流には退場して貰うぜッ! 悪ぃなシャチ、こんなヤツ食えたもんじゃねえだろうがなッ! 行くぜ赤い鯱ッ!」
「言われるまでもないっ! 青い鯱っ!」
巨大な2頭の獰猛な口が大きく開いてゆき、今にも巨人を喰らわんとばかりに襲う。
「よ、よせ! 止めろ、喰わないでくれぇぇぇ!!」
「「捕食ッ!!」」
青銅の鎧が砕ける音、さらに巨人の骨すら砕く何とも惨たらしい音が周囲に響く。
「ああ、えげつない。まるで熊の食事でも見てるかの様だ」
ガロウはその刹那、戦う相手にではなく、その捕食音に冷汗した。
憐れセッティンは2頭のシャチに全身を喰われて、完全に屍すら残す事なく消えた。
(フフッ………扉の戦士達にはヴァロウズの下位ナンバーじゃ相手にもならんといった処か。爺め、ドゥーウェンと共に、こうも人工的に扉の戦士を増やすとは、抜け目ないやつ)
後方のルイスが少しだけ面白くない顔をした。もっとも扉の戦士達を恐れているのではなくサイガンのその行動を嫌悪した上での顔である。
「さあ、お次は神とやら、テメエの番だぜッ! 髭のオッサン、待たせたなあーッ!」
「団長、あれには扉の力が効かんらしい。シャチで飛び込んでも通じんぞ」
勇むランチアにプリドールは、一応注意を促す。
「わーってるよッ! 上手くやりゃあ良いんだろ?」
ランチアがこの世で最も信頼する相手にチラッと横目で合図を送ると、後はそのままガロウとノーウェンのいる方へ直進を開始した。