第1話 貴方は狂戦士じゃなくて……
場面はベッドで横たわっているローダと、その傍らに腰掛けるルシアのいる家の中へ戻る。
ローダはルシアの語りで思い出せない記憶の欠片を補完した訳だが、まるで信じられない内容に戸惑っていた。
「………し、信じられない。俺にそんな力が?」
自らの手足を交互に見つめながら自分の行いを思い出そうと懸命になる。なれど何も浮かんで来るものはない。
言われてみれば確かに後頭部の辺りが痛い。試しに撫でてみたところ、小さなコブが出来ている。
とても両手持ちの大剣の柄で殴られた痕だとは思えなかった。
「俺はその黒い剣士の青白い太刀筋を見て、狂暴化して襲いかかった……という事になるのか。全く覚えていないがな。確認なんだけど……」
ルシアの方を向いたが、目を合わせる事は避ける。
「うん?」
ルシアの大きな瞳は変わる事なく、彼だけを見つめている。
「俺がその力で襲ったのは、君達にとっての敵だけであって、決して君や君の仲間達には手を出さなかったんだな?」
「それは安心していいよ。君は敵…というより、黒の剣士だけしか見てなかった。うん、そんな感じ。だから……」
「だから?」
一瞬口籠ってしまうルシア……それまで決して目を合わせようとしなかった禁を自ら破り、ローダは思わず彼女を覗き込んでしまう。
「だから貴方はいわゆる狂戦士ではないと私は思うの」
急に彼女は、彼と額が触れんばかりに真顔を寄せて言い放った。
慌てて赤面しローダは、再びそっぽを向いた。
(面白いなあ………)
これは楽しい玩具だぞ………とルシアは、心の中で舌を出す。
「錯乱こそしていたかも知れないけど、貴方は黒の剣士の強大な力を目の当たりにしてタガが外れた。そしてその力を、あくまでも相手にしか使わない……」
「………」
黙っているがルシアの言葉に聞き耳は立てているローダ。優しい口調が実に心地良い。
「そんな都合のいい狂戦士なんて聞いたことないもの。だから貴方は狂戦士なんかじゃない。私達にとって、貴方は……そうねえ」
ルシアが此処まで言って不意に口を閉じる。
「な、何だよ……」
(勿体ぶるなよ)
3時のおやつをお預けされた童のようにローダが膨れっ面になる。とにかくこの初対面の女に調子を狂わされる。
女は苦手……には違いない。だけども扱いを知らない程、世間知らずだとは思っていないローダなのだ。
…………まあ、所詮は自分の中だけの認識に過ぎないのだが。
「ま……まあ、いいじゃない。とにかくありがとうだよっ!」
そう言いながらルシアは、ムスッとした面の頭を猫の頭でも撫でる様にくしゃくしゃにした。
「おぅおぅ、いいねぇ。若いってのは」
いつの間にか家の扉は再び開いていた。次の来客者が杖を着きながら、ニヤニヤと笑っている。
「ガロウ! あ、貴方いつからそこに?」
「さあて、いつからだろうねぇ。俺はちゃんとノックしたんだぜ。誰かさんと違ってなっ!」
今度はルシアが赤面する番である。
片目を瞑ってルシアをからかうガロウである。戦の際には寡黙だった男だが、普段は意外と口が軽いようだ。
「ん、もうっ!」
今度はルシアの顔が膨れっ面になるのだが、それすらも美しさの枠をはみ出ることがない。
完全にそっぽを向くのをやめて、目だけでチラリとルシアの方を見つめ始めるローダ。まるで肉食動物を警戒する小動物のソレである。
「本当にもう……怪我は大丈夫なの?」
「ああ、奴に折られた鎖骨の事か? 医者の処置はもう済んだよ。正直痛いけどな、動くだけなら問題ない」
親指を立てて余裕っぷりをアピールするガロウである。
「怪我をした他の連中も、もう大丈夫だ。もっとも………あの5人以外はな」
5人とはマーダが行使した氷の刃の餌食になった者達の事である。彼らは即死であり、手の施しようがなかった。
「ローダ…って言ったな。俺からも礼を言う。偶然であれ、なんであれ、お前が戦ってくれなければ俺達は…いや、この村すらなくなっていた」
ガロウが不意に真剣な面持ちに変わって頭を下げる。
「よしてくれ、やめて下さい。自分の意志でやった事ではないのだから。礼を言われても、その、何て言ったら良いのか判りませんよ」
本当に困った顔をガロウに向けるローダである。両掌を広げて二人の視線を遮ろうと躍起になった。
「いや、お前さんがその兄貴…ルイスって言ったか、探すためにこの島に渡ってきたから、俺達は今こうして笑っていられるんだ。胸を張っていい」
「そうよ、その通りだよっ」
ガロウもルシアも真剣な顔を容赦なく、困り果てた様子のローダに寄せる。
「お前が戦った相手、俺等も正直な所まだ良く判ってはいないのだが、彼こそがお前が噂に聞いたという半年前フォルデノ王国軍側に現れて、戦局を一変させた男だ」
「……は、はい」
「彼は圧倒的な戦果を上げて、このエディン以外の5地区の自治区軍をたった半年で壊滅させた。ローダよ、お前の兄、本当に魔法は使えないのか?」
「嗚呼……言った通り、そもそも魔法という力自体を俺達は知らないんだ」
話題が兄の事になると、ローダの表情に暗雲が浮かび上がる。
「そうか、なあローダよ。お前はこの島の事、なんと聞かされていた?」
突然質問を変えるガロウ。それこそ既に話した事なので、ローダが如何にも不思議そうな顔をする。
「え、だから戦争の絶えない、そして計り知れない力を持っていると恐れられた島だと……」
「ローダ、半分正解、半分不正解だ」
ガロウはローダの話を途中で切って、ニヤリッと髭面を緩ませる。
「どういう事だ……」
この侍の話の意図が掴めずに困惑するローダ。
「ま、俺は所詮兵士だから歴史には疎い。話半分のつもりで聞いてくれ」
この様に前置きした後、ガロウはこの島の歴史について話し始めた。