第3話 女魔道士のナイフに敗れる自由の爪
ハイエルフであるベランドナが醜いダークエルフのオットーを圧倒し、雷神の呪文で葬り去った。
恐らくオットーはもう二度と屍術師によって呼び出されることはないであろう。
「………ガロウさん! アイリスを使った今の貴方と言えど、アレを一人で相手するのは無茶が過ぎる!」
一方、「ノーウェンの方は俺が相手をする」と言ったガロウへ必死に訴えるドゥーウェン。
エドナ村での戦いに於いてあのマーダですら頼っている暗黒神の力を持っているというのだから、これはド正論である。
「言うなドゥーウェン、判っている。俺一人じゃ荷が重い。おいっ、早く出て来んかっ! 槍衆!」
ガロウは刀を中段に構え、視線をノーウェンから外す事なく何者かを大声で呼びつけた。
「おいおいおいおいっ、俺は影からトドメを刺すのが好きなんだぜっ。大体なんだ? その槍衆ってのは? 随分な言い草じゃあねえの?」
「影からトドメって言うのは賛成出来んが、その物言いは確かに気に入らないねえ。ハッキリ言うが剣なんて、槍には到底及ばないのよ」
物陰から槍を持った二人の騎士が現れた。一人は身につけている装備が全て青。けれど身体がやはり赤い輝きに包まれている。
もう一人は何もかもが赤。身体も赤く輝いているので、いよいよ目立って仕方がない。
この二人が並ぶ様は、まるで日本の境内に立つ対を成した仁王像の様であった。
無論言うまでもなく青い鯱と、赤い鯱の二人組である。
「おぃ、髭のオッサン! お前、もうちょっとマシな力を望めよな。全く呆れるぜっ」
「同感だねぇー、無欲過ぎるのか、それとも想像力がないのか………いや、余程弟弟子にジゲン何とかとやらを使いこなされたのが悔しかったとみえるねぇ」
二人揃って、ヤレヤレといった体で容赦なくガロウを罵倒する。
「五月蠅い! 俺は示現だけで良い! 何よりこればかりは、ローダに負ける訳にはいかんっ! お前達の方こそ、どうせ槍特化だろうが!」
「「当然だッ!」」
ガロウの軽口に動じることなく、二人の大きな声が揃う。
「ただでさえ俺の無双の槍がさらに凄みを増すッ!」
「最早この突貫、神にも止められんッ!」
青い鯱がノーウェンにハルバードを向けて堂々と言い放つ。
赤い鯱も同様にランスを向けて、声だけで相手を凌駕する迫力を見せる。
「おぅ、良い。良い面構えだ。そいじゃあ、あの二人のために一働きするぞ!」
ガロウは相変わらず青も赤も見ていないのに面構えと言った。加えてこの場にいない二人を守る覚悟を語った。
無言で後方から戦いの様子を全てを見ているルイスの影は、不気味な色合いを見せていた。
(死霊を操る仮初の暗黒神、そして僕の扉の力の恩恵で力を増したフォウ。さあ、どうする白の戦士達とやら………)
どうやらこの戦いは高見を決め込むつもりらしい。いや、自分の獲物が出てくるのを待っているといった所かも知れない。
「やはり元8番目では役不足であったな。ならばこれでどうだ」
ノーウェンがただ悠々と右手を真横に振る。すると何もなかった筈の彼の下の空間に巨大な黒い影が浮かび始めた。
「あ、アレは………まさか!?」
その影と戦った覚えのあるプリドールが驚く。それは恐らく大切な同じラオの仲間達を失った絶望の記憶。
「やはりそうだ。青銅の鎧を纏う、重力の魔法を操る巨人!」
プリドールの当時の記憶がさらに鮮明さを増す。勇猛果敢に善戦こそしたが、結局の処リイナの禁術に頼りきってしまった相手。
「そういう事だ、久しいな。いつぞやの女騎槍使い。だがなんだ? お前だけか? 他の兵士やあの女拳闘士はいないのか?」
ヴァロウズ7番目の巨人セッティンは、辺りを見渡しながら敵の姿がやけに少ない事に少々苛立ちを覚える。
「ランチア、プリドール。お前達は、その巨人の相手を任せた。俺は先に蝙蝠野郎とやっているから、早く倒して加勢を頼むぞ。『ガロウ・チュウマ』いざ参るっ!」
相変わらずラオの二人組を見る事なく、ガロウは堂々と名乗りを上げて、正面から相手に迫る。
「ほぅ………我とサシで戦うというのか」
ほくそ笑みながらノーウェンは、両手をガロウの方へとかざす。次々と爆炎の火球を繰り出してくる。
その一つ一つが、フォウの爆炎の術と同じか、それ以上の大きさに見える。
「示現・我狼『櫻打疾風』!」
ガロウは片手で刀を握りしめたまま、まるで拳闘士の様に素早く左右の拳を繰り出す。真っ赤に輝く拳が、襲いかかる全ての火球を相殺する。
ローダがトレノと戦った際に繰り出したものと似ているが、疾風という言葉が追加されている。
要は繰り出す拳の数がローダのそれより多いものらしい。
「ほう、暗黒神の火球を拳だけで………やってくれる」
「自分が神だから、やはり詠唱なしで出来るのか? これは危うい」
ノーウェンもガロウも互いの技を相殺された割に楽しそうな顔をする。
「では…………これならばどうだ?」
「『櫻道』乱れ斬りっ!」
次は全く同じモーションで青白い輝きを繰り出すノーウェン。再び櫻道を連続で繰り出すガロウ、青白い輝きは冷気であった。
恐らく過去にマーダがエドナ村で使った冷気の術と同様のものであろう。またもアッサリと相殺してみせるガロウ。
「おぃ、火炎を火炎で消したんだぞ。氷に負ける道理がないっ」
「フッ、言いよる。まあ力量を測ったとでも思うがいい」
馬鹿にしているとばかりにガロウは、鼻息荒く食ってかかる。相変わらず冷笑を絶やさないノーウェンである。
「そうか、だったら此処からは本気だ。示現で守るとか性に合わん。次は俺から行くぞ!」
「良いだろう、では第2ラウンドだ」
(…………ガロウさん、余裕ぶっているが、果たしてもつのか?)
ガロウは楽しそうな顔に戻り、得意の蜻蛉の構えをとった。
ドゥーウェンが案じているのはアイリスの稼働時間だ。しかも相手はその昔、マーダと相まみえた暗黒神と同等の相手なのだ。
「さっきからどこを見ているの? お前の相手はこの私だと言った筈よ」
「させんっ!」
フォウが少々膨れながら次の魔法の用意をする。ベランドナ得意の弓の3連撃が詠唱を阻止しようと襲ってくる。
だがフォウはコルテオの内の2本を飛ばしてこれを防ぐのである。魔導士が自身の身を物理攻撃から守る術を身につけた。|相手にとってこれは実に厄介だ。
(クッ! アレを何とかしないと此方の攻撃が通ら……ん?)
このやり取りを見たドゥーウェンは何かに気がついた様だ。
「墜ちろっ!」
「効かんと言っている! マー・テロー、暗黒神よ、その至高の力であの者に裁きの鉄槌を! 『神之蛇之一撃』ッ!」
ドゥーウェンが3つの自由の爪からビームを照射する。しかしこれはまた見えないシールドが通す事を許さない。
フォウの呪文の詠唱が終わる。コルテオの4本が巨大な大蛇の頭の様な影を帯びて、物凄い勢いで飛び込んでくる。
(ま、まるでミサイルの様だ!)
初見の術に動揺しつつも、再びオルディネを集め、シールドを展開しようとする。だがミサイルは急に軌道を変えてきた。
「し、しまった!?」
ドゥーウェンのさらなる動揺を他所に、ミサイルは1つのオルディネ本体に集中攻撃を仕掛ける。
炸裂音と共にオルディネは、へし折られてしまった。
「フフッ、狙い通りだ。そのオルディネとやらは、貴様の意志で自由に動く様だから先読みは難しい。しかし守りに入る瞬間は静止しなければならない」
「………クッ!」
「後は物理的にその強度を超える攻撃を叩き込むだけ。判ればなんて事ないわね」
既に勝ったかの様にフォウが声高らかに笑う。ドゥーウェンは、実に面白くないといった顔をするのだ。