第2話 屍術師の力を匂いで見抜く侍
ガロウもアイリスを使いこなせるに至ったらしい。彼もVer2.0を身体に取り込んだ際の身体への負担に相当苦しんだ筈だ。
それに見たところある程度のダメージを受けないと発現しないという条件を、研鑽と気合いだけでどうにかしたという話を後で耳にすることになる。
研鑽はともかく気合いって………。助けられておいて何だが「それってどういう……」という気分のドゥーウェンである。
「おう、とても大変やった。アイリスの間だけだったら何でも好きな力が一つ手に入るとなったら、いよいよ困ってなあ………」
「は、はぁ…………」
「俺には、示現しかない。だから、俺はこの示現真打………いや、示現・我狼を好きなだけ撃ちたい。そう決めた」
訛りも言ってることもまるで伝わらず置いてきぼり感が凄いベランドナである。
「あ、あのう………ガロウ様」
「んっ? 何だよ?」
「大変言い辛いのですが、ガロウ様が言っている言葉が、殆ど判りません…」
刀の峰で肩を叩きながら、早口で言い尽くしたガロウに対し、ベランドナがとても申し訳なさそうな顔で正直に明かす。
「あーっ! これか? アイリス? これを使ってる時は、意識がそっちに持っていかるらしい。まあ良か……この死にぞこないの相手は俺がしてやるよっ!」
ニヤッって笑いながら一応詫びらしい台詞を吐くガロウ。彼の放つ赤い輝きがさらに勢いを増す。
「おいっ! 貴様! まるで生気を感じん。既に死んでるだろう?」
「アアッ? テメエ、何を言っているのか判らねえんだよッ! アマン山の時といいまた俺様の邪魔をしやがって!」
堂々と向かってくるガロウに苛立ちながら、牽制の赤い光線を幾度も放つオットー。
ガロウが人間技とは思えない速度で動き、鮮やかに悉くかわす。
「要するに貴様は、多分あの暗黒神とやらに霊ごと操られている。だからあの野郎の人形《傀儡》みたいなもんのだから陣が要らん!」
小馬鹿にした顔でガロウは、本来の意味で「術の種」をアッサリと当てに走る。これを聞いたオットーの顔色が変わる。
「あん蝙蝠男が暗黒神の生まれ変わりみたいなもんで、お前は呼ばれた傀儡だな。アイツがおらんと、何も出来ん」
ガロウがいつになく多弁でかつ、ドゥーウェンやベランドナですら解せなかった事をズケズケと言い放った。
「ガ、ガロウさん!? そ、そういう事ですか……No1の男は霊魂を自由に操るという屍術士! そしてあの身体の中には…………」
「………150年前の神竜戦争に於いてマーダが奪い取った暗黒神ヴァイロの魔法力が宿っているという訳ですね」
「べ、ベランドナ?」
ドゥーウェンが狼狽しつつも、蝙蝠の羽を広げている赤目の男に目を配らせていると、ベランドナが150年前の出来事を見知っているかの如き態度で告げた。
ベランドナの顔色が何時になく険しい。声色にも少々怒気が混ざっているように感じる。
「ほぅ………随分と頭のキレる侍だな。2番目より先に、私の正体を見破るとは」
「…………っ!?」
「………やはり」
「そうだ………この肉体はマーダ様が与えてくれたもの。この中に生きる我は暗黒神そのもの………人間の霊を召喚し、操る事なぞ造作もない」
ノーウェンがこの場で初めてあの特徴的な口調で喋る。オットーの後方で如何にも自分が傀儡師である態度を取りながらガロウとベランドナを見比べる。
「それは可笑しいなこと言いますね。私の知っているヴァイロの魔導にそんな力はなかった筈」
(………ベランドナ? 貴女もしや……。そしてノーウェンとは暗黒神の力にマーダか或いはルイスが扉の力で屍術士の力を与えた?)
指先まで綺麗な手で指差しながら鋭く指摘するベランドナ。ドゥーウェンにもようやく状況が把握出来てきたようだ。
「あ? 何で判ったか………うーん、匂い、そう匂いだな。その黒いエルフは臭い、生きてた時よりも臭いっ! それでそれで…」
実は聞かれてもいないのに勝手に応答するガロウ。少し間を置いてからさらに続ける。
「貴様は嗅いだことがない。首を獲らんと、さらに臭い輩が際限なく出てくる。そう思っただけよ」
口角の右だけを吊り上げながら、ガロウが意識を向ける相手をオットーからノーウェンに変えた。
(マーダが作った人造人間! 然も彼が自ら屠った筈の暗黒神があの中に? マーダはそんな事も出来る様になったと言うのか!?)
不敵な笑みを浮かべるガロウとは対照的に、ドゥーウェンはそんなことを考察しながら落ち着きを失いそうだ。
「ベランドナ。すまん、気が変わった。俺はあの蝙蝠の相手をするぞ。じゃあ、いつもの奴を頼んだ」
「一体何を遊んでいるの! 再び受けなさい、暗黒神の使いの竜よ、全てを焦がすその息を我に与えよ! 爆炎!」
フォウが自分そっちのけで話ばかりしている連中に向けて、再び爆炎の術をコルテオに載せて運ばせる。ドゥーウェンに2つ、ガロウに1つ。
「『櫻華』ぁぁぁぁ!!」
「自由の爪!!」
ガロウは刀を最上段に上げる蜻蛉の構えから、真っ赤に輝いた刀を爆炎の火球に向かって叩き込む。
ドゥーウェンの方は先程と同様にオルディネによるシールドを張り巡らす。
火球は再び盛大に爆発したが、ガロウもドゥーウェンも全くの無傷であった。
「へっ!」
「2つじゃ効きません、これしきでは落ちませんよ!」
一瞥をくれるガロウ、ドゥーウェンも負傷した腕を押さえながら笑って見せた。
「テメェら! 俺様無視して勝手に盛り上がってんじゃねえぞ! 再び喰らいやがれッ! 蜘蛛の糸!」
次はオットーの蜘蛛の糸が二人を束縛しようと襲う。けれどその間にベランドナが割って入り、自らその網を1人で受けた。
「フンッ!」
加えて気合だけでそれを吹き飛ばしてみせる。
「なっ!? ば、馬鹿な!?」
「風の精霊達よ、ガロウ様に自由の翼を!」
驚くオットーを他所に、涼しい顔でベランドナはガロウに翼を与えた。
「フッ、暗黒神は私の契約した神の従属神に過ぎないのよ。第一ソレより生きているこのハイエルフを舐めて貰っては困る!」
オットーを容赦なく蹴散らすように一瞥するベランドナ。続けざまに再び弓矢を3本纏めて放った。
「それは効かねえんだよッ! 馬鹿めッ!」
その矢を全て撃ち落とすべく、オットーが目から光線を放つ。
だが次の瞬間、オットーの背中に激痛が走る。気が付けば撃ち落とした筈の矢の内の1本だけが、背中に深くくい込んでいた。
「な、何だ? これはッ!」
傷のダメージも辛いが、何より驚きで動きが止まるオットー。
「風の精霊に載せて運んだだけの事。そんな事も判らないなんて、一応同じエルフでありながら哀れなものね」
ベランドナはただでさえ浮いて頭上にいるのに、蔑んだ目を送った。
「グッ……」
「お前にはサッサと退場して貰う。エル・ジュリオ・デ・ディオス。雷鳥よ、神の裁きよ、我が力となりて敵を屠れ!」
ベランドナがレイピアを空へ掲げる。雲一つない空から雷が落ちる。
しかし彼女は傷一つない。レイピアが金色の光を放つ。
そして矢の代わりにレイピアを弓へあてがう。その神々《こうごう》しい姿、圧倒的な存在感だ。
「よ、よせッ! そんなモノを喰らったら魂すら消え失せるッ!!」
地面で藻掻くオットー、けれど背中に刺さった矢のせいで身体がいう事を効かない。
「我の雷撃で最高位の術で葬ってくれる! 消えろ! 『雷神』ッ!!」
稲妻を纏ったレイピアが撃ち出される、その輝きはまるで彗星の様だ。弓の描く軌跡とは思えない。彗星が尾を伸ばしつつオットーを襲う。
「貴様ァァッ! 最期まで俺をッ!!」
断末魔……オットーは真っ二つに裂かれ、その肉体すら跡形もなく消滅した。恐らく彼の言う通り、魂と呼べる存在すら同様であろう。
「言った筈だ、お前の存在が万死に値すると。さて………マスター達を援護しなければ」
ベランドナは何事もなかったかの様な涼しい顔に戻り、その視線をドゥーウェン達に向けた。