第1話 黄泉の敵と言葉が解せない侍
光の中を飛びながら進む、ルイス、フォウ……そして、ノーウェン。しかし急に眼に見えぬ何かにぶち当たり、その進軍は止まってしまった。
目指すフォルテザの街は目前という所で、高い城壁と砦の最頂部が、嘲笑うかの如く、立ちはだかる。
「この光の断層。僕等の行く手を遮る気か……… また爺の術式だな」
サイガンの仕掛けに往く手を遮られた割には、冷笑しながら後ろに控えるフォウを見つめるルイス。まるで「やれるな?」と言っている様な顔つきだ。
無言で頷いてみせるフォウ、両掌を合わせ、両目を閉じて意識を集中する。
「征け! コルテオ達!」
彼女の両腿に装備された金色の鞘に納まったナイフが一斉に鞘から抜けると、輝きながら砦を守る光の断層に次々と飛んで行く。
断層に刺さったナイフ達は、次にナイフ同士を繋ぐ光の線を放ち、それは一つに繋がる。
そして円状となったそれらは、光の断層にそのまま穴を穿つ。3人が突入するのには充分な大きさである。
「こ、これは……」
フォウが自らの力に驚く。これまでの暗黒神の魔法には存在しない力だし、何よりやり方の説明すら受けていないというのに成功したのだから無理もない。
「そうだフォウ、上手いじゃないか。それでいいんだ、さあ行こうか」
ルイスはニコリッとフォウに笑って見せる。そして自ら先陣を切って、穴の中へと侵入してゆく。
(自由の爪!)
音にならない心の声を発した者がそこに立ちはだかる。巨大な黒い爪状の物体がルイス達3人に突如襲いかかる。
「コルテオッ!」
ルイスに襲いかかったオルディネに対し、フォウは全てのナイフを集めきって、これをなんとか弾き返した。
(なんだ………あれは?)
オルディネを操る主が見知っている筈のフォウの知らない術に少々驚く。
だが冷静に残り2人を他のオルディネが放つ光線で攻撃する。
けれどそれすら目に見えないシールドによって防がれてしまった。
「マスター、女拳闘士の金色の武具。あれにはハイエルフの私でさえ、解読出来ない字が彫り込んであります」
舌打ちする学者の隣で状況を冷静に分析したパートナーのハイエルフが告げた。
(成程、ルイスが与えた扉の武具か……)
「学者だな、僕等が来るのは既に見通してたという訳か。隠れていないで姿を見せるのが礼儀ではないのかい?」
「礼儀? マーダ………いえルイス様でしたか。貴方の欲しがっているもの………絶対に渡す訳には参りません。第一礼儀とは、正々堂々と戦いを挑む相手に返すものです!」
この要塞都市、フォルテザの各所にある身を隠すための石壁から姿を現して、人差し指を突きつけながら、これでもかと胸を張ってドゥーウェンが告げた。
(決まった……)
暫く自分の台詞に酔いしれるドゥーウェンである。
「マスター? フザけてないで行きますよ。風の精霊達よ、我等に自由の翼を」
容赦なくベランドナは、マスターに苦言を呈し、すぐさま風の精霊達に翼を与える様に命じた。
二人がスーッと空に上がる。オルディネ達は周回しながらそれを守る。
「此処は、この島国アドノスを守るための要所ではなかったのですか?」
(あれが一番目か。2番目の私ですら初見。一体何をする輩か? そもそもあれは人なのか?)
フォルテザを攻める………それは周囲の列強からこの島を守る役目を放棄するおつもりか? ドゥーウェンはそんな揺さぶりをかけている。
同時に初めてみるヴァロウズ最強の相手のことを出来得る限り観察する。
「それは未完成がこの島を統治していた時の話だよ………僕にとっては此処も無用の長物さ。フォウ、あの学者風情は、君が相手をしてやってくれ」
「はっ! ルイス様」
フォウの操る6つのコルテオが2組づつ、3つとなって旋回を始める。
「フッ、魔導士如きに仕事はさせませんよ………ベランドナ」
魔導士であるフォウに詠唱の時間を与えない様、ベランドナに弓を引かせるドゥーウェン。
3本の矢が同時に放たれフォウに向かっていく…かに思われたが、別方向から飛んで来た赤い光線の一撃に阻まれてしまった。
「おっと…… ベランドナ、お前の相手はこの俺様よ」
下から聞き覚えのある声が聴こえてくる。ベランドナにとってそれは、この世で最も聞きたくない声であり、第一もう聞く筈のない声であった。
とてもしゃがれた醜い声。
「そ、その声………まさか、 オットー!?」
上空で驚きの声をあげるベランドナと、地面で不敵な笑みを浮かべるオットーの視線が絡み合う。
「フフッ………嬉しいよなあ、エルフの隠れ里では捨てられて相手にもされなかったのに、こんな所で再会出来るとは」
そこにいたのは紛れもなくガロウの示現真打・櫻華で両断されたヴァロウズのダークエルフ、オットーであった。
既に赤い義眼と右手の機械鎧を晒している。
(な、何故オットーが? 確実に死んだ筈………死人を黄泉がらせる事は、あの不死鳥の力ですら不可能なのに!?)
「何をボーッとしている学者! 魔導士なぞ相手にもならんのではなかったのか? 受けろ! 暗黒神の使いの竜よ、全てを焦がすその息を我に与えよ! 爆炎!」
フォウの詠唱が完遂した。彼女の最も得意とする爆炎の魔法。
しかしその程度の威力、自由の爪でシールドを張れば充分に防げると考えていたのだが、アテが外れることとなる。
「フォウ! 何ですかその力は!?」
ドゥーウェンは見慣れた筈の爆炎魔法に驚かされる。なんと3組のコルテオの中で3つもの火球が同時に作られたからだ。
しかもそのまま運ばれて、正面、後方、下方からドゥーウェンを襲ってきたのだ。
「ま、守れ! オルディネ達!」
これは不味いと感じたドゥーウェン。全てのオルディネを自分に戻らせて、全力ののシールドを展開した。
これで防げる筈……であった。爆発が静まり煙が晴れてゆく。そこには左腕を大火傷したドゥーウェンの痛々しい姿が現れた。
「ば、馬鹿な……」
「ほぅ………よもや3つの爆炎から生還するとは感心感心。流石は元・2番目と褒めるべきか」
悔しそうに此方を見つめるドゥーウェンに、フォウは余裕の笑いを浮かべた。
「マスターッ!」
「お前と遊ぶのは俺様だと言った! 暗黒神の名において命ずる、拘束する者よ。その汝の力、此処に示せ『蜘蛛之糸』」
一転して窮地に陥ったマスターに意識を向けたベランドナに対し、オットーの黒い網の魔法がかかる。
「なっ、ば、ば…か……な」
早速ベランドナの美しい肢体を、見えない糸が縛り上げる。
「魔法陣の気配などなかった、そう言いたいのだろ? フハハハッ、もう要らねえんだよッ! そんな面倒なモンは! 間抜けがッ!」
オットーが声高らかに惜しげもなく魔術の種を明かす。種と言っても何故魔法陣が不要かという肝心な所が抜け落ちている。
((………なっ!?))
醜い声で吐かれた「魔法陣など不要……」というオットーの台詞。その声を聞いたドゥーウェンとベランドナは同時に驚愕した。
陣が要らないという言葉の裏に反応しているのだ。
(オットーはやはり生きてなどいない! アレは生命とは違う!)
ドゥーウェンが頭を抱えて珍しく震えている。
(この蜘蛛之糸……以前よりも力が増している! 何よりこの術式、陣なしでは人族には扱えない筈!)
ベランドナの考察………これがドゥーウェンの震えと、陣が要らないという言葉に驚いた本当の答え。
オットーは死んだまま………人族に戻り切れていない。にも関わらず魔法陣抜きの蜘蛛之糸を扱えているのだ。
「おうっ、これはいけない《こいはやっせん》。遊んでいる場合じゃない」
ドゥーウェンとベランドナに取って不意に聞き覚えのある頼もしい声が届く。然し何を言っているのかまるで解せない。
「AYAME、Ver2『アイリス』ッ! そして喰らいなッ! 示現我狼、『櫻道』ぉぉぉ!!」
火山噴火の溶岩の様な真っ赤な炎が地面にから立ち昇りオットーを急襲する。流石に慌てて後方に下がるしか術がない。
「この野郎がっ! 避けたら駄目だろうが! 何度でもいくぞ! 『櫻道乱れ斬り』ぃぃ!!」
立て続けに4回も下から振り上げる太刀筋を左右に分けて繰り出す。その度に立ち昇る炎。
「ちぃぃぃ! あの時の侍か!」
自分を斬り裂いた憎き相手に舌打ちしながら、オットーは避ける事だけに集中する羽目になる。
「ハッ!」
ベランドナが奪われた自由を取り戻した事に感づく。早速弓矢を構えて、オットーに追い打ちを放つ。
「クソォォォオ! この侍野郎が! せっかく……」
「………かけた魔法が集中を乱して)解けたってか?」
明らかに異国の言葉を話す侍は、怒りに震えるオットーの台詞を奪って、さらに小馬鹿を重ねてゆく。
「ガロウさん! 貴方、遂に扉とアイリスを!?」
そのやり取りにドゥーウェンは、死中に活路を見つけた思いになった。