第12話 遊びなんかじゃないわ
ゴーレムの残骸に詰まり動きを止めさせられたしまった所へ放たれたティン・クェン渾身のアッパー。
完璧に被弾したルシア、最早これまでかと思われた刹那、血反吐を吐きながらも勝ち誇った笑みを浮かべた。
「これで本当に終いよ」
小声で言い放つルシア。小さな言葉とは正反対の猛烈な勢いで右の大砲を打ち下ろした。
それは皮肉にもジェシーのトドメの一撃に酷似していた。
ゼロと化したジェシーを仕留めたティンに取って、完全に真逆の展開。否応なしにあの時の悪夢が蘇る。
ルシアは身体を詰まらせたのではない。ゴーレムの残骸で軽量な身体を支えたのであった。
ティンの顎の骨が砕ける音がして、仰向けにドッと倒れる。もう流石に立ち上がる事が出来なくなった。
然し未だに辛うじて意識を保っていた。
「……る、ルシ、ア………ロット……レン。あ、アン、タの………名前、確かに………刻んだ」
「これはボクシングなんかじゃないわ。最初からただの殺し合いよ。ま………でも楽しかったわ、直ぐ楽にしてあげる」
顎の骨を完全に砕かれたティンは、言葉もままらなかったが、確かにそう言って目だけで笑う。
ルシアの容赦ない葬送の言葉。赤く輝く右拳を心臓に狙いを定めている。
(済まないトレノ、カイシャクとやら、してやれなかった。先に地獄で待って………)
そしてティンは静かにを目を閉じて、トレノへの想いを馳せた自分に気がつく。悔しいがやはり自分は女であったらしい。
それに気づかせてくれたトレノとの最期の短い付き合い、決して悪くはなかった。加えて瞼の裏側にジェシーの笑顔が浮かぶ。
(ジェシー………やっぱり大好きだ、ナナリィーが今からそちらに逝くよ)
ルシアは黙ったまま無慈悲な拳を、ティンの心臓目掛けて振り下ろし、一突きに貫いた。
ヴァロウズ5番目の女拳闘士ティン・クェン。実直でトレノのためだけに戦った勇敢な女。今、此処に人生の幕を閉じた。
そしてルシアも続くかの様にフラッと倒れそうになる。右拳の輝きも全身を覆った赤い輝きも全てが消えた。
ランチアが慌てて飛び込み、ルシアが地面に倒れるのを救い上げた。
「全てを出し尽くしたか、気を失ってやがる。おぃ嬢ちゃん、回復してやってくれ」
「貴方に言われるまでもありません……」
リイナは早速、女神エディウスの全回復の奇跡を使った。
(おぃローダ、見ていたか。ルシアは自分の仕事をやり遂げたぞ)
ランチアが上空のローダに声にならない伝言を送った。
◇
AYAME Ver2.0アイリスによるローダの全身の赤い輝き、それが剣の青白い輝きと同化して虹の様な光に変わる。けれどこれから始まる戦いは、虹の様に夢のあるものでは決してない。
またも士郎は氷狼の刃を振り下ろし、凍気の刃を飛ばしてきた。ローダはこれを最小限の動きでかわすと、両手の剣に魂を注ぐかの様に力を込める。
右手のロングソードはさらに青い輝きを増し、左手の脇差は真紅に染まってゆく。しかし未だ仕掛けてはゆかない。
「そうだろうな、俺の氷狼の刃。防ぐにはさっきの様に命を捨てて打ち込むか、距離を取って避けるしかない」
(何の事もない、少し動きが良くなっただけ。さっきと大して変わらぬ)
士郎がまたも余裕の笑みを浮かべる。
―果たしてそれはどうかな?
ローダが接触を使い、あえて自分の心の内を士郎に晒す。
「なっ! ……良かろう。 では、もう一度受けてみるが良い!」
怒りに任せて再び剣を振う士郎、もう何度目か判らない凍気の刃を飛ばす。なんとローダは微動だにせずそれを受けて弾き飛ばした。
(馬鹿な!?)
士郎はその光景が信じらず、今度は三度も剣を振るったが結果は同じだった。
(風の精霊による加護か? いや、そんな生易しいものではない! もっと別の力だ)
「………良かろう、ならば直接この剣で打ち崩すのみ!」
士郎が剣を左手に握りローダに向かって襲いかかる。いよいよ父親譲りの殺人剣の本来の型で斬り捨ててくれるといった体だ。
片手で握っているとは到底思えない速度で下から刀が伸びて来る。
ローダも下段に左手の脇差を構えて待ち受けるが、士郎はその刃に当たる前に世界が静止したかの様に動きを止め、瞬時のうちにローダの首を目掛け軌道を変えた。
これをローダは右手のロングソードで防いだが、剣圧が凄まじく、押された自分の刃で首を刎ねそうになるのを必死に堪える羽目になる。
(左片手でこの力? そもそもあの振り上げを途中で止めて軌道を変える?)
二刀の騎士が片手一刀の武士の力に舌を巻く。しかしローダも負けじと、下げていた真紅の脇差を振り上げて、士郎の腹の辺りを斬りつける。
(………刀を下げろ、防ぐがいい)
ローダの狙いは士郎の刀が、自分の脇差を防いだ所を右手のロングソードで両断する事だ。
すると士郎はお構いなしで、さらにローダをそのまま押し返した。
これにはたまらずローダも後退するしかない。だが彼とてそのままでは終わらない。
赤い身体を反転させて、相手の背後を取り、両手の剣で挟み込む様に斬りつける。
けれどそこに士郎の姿はもういない。彼は飛び上がってそれをかわすと、交差したローダの剣の上に立つ。
(飛んでいるとはいえ、なんという身体能力!)
ローダの驚きを他所に士郎は、相手の剣を踏み台にして飛び上がると、次は重力に任せてやはり首元を狙って刀を振り下ろす。
片手で受ける愚を悟り、ローダは両手の剣でそれを受け止める。
物凄い衝撃音が鳴り響き、両腕が折れるのではないかと思える程の重みがのしかかる。士郎の小さい身体から繰り出されたものとは到底思えない。
「ハアッ!」
ローダは己の全身に力を込めて、ようやくこれを弾き返す。しかし士郎はそこに出来た隙を決して見逃しはしない。
宙に作った氷を蹴って、ローダに向かって三度首を狙って刀を振り下ろす。
(二度も同じ手は!)
ローダも負けじと此方から打って出る。真紅の脇差を振り上げる。
「示現真打『櫻道』!!」
ガロウがエドルでの戦いで使った技を脇差で忠実に再現した。ローダの方が櫻道の歯切れがいい。士郎目掛けて真っ赤な炎が立ち上り襲いかかる。
「ちぃぃ」
「まだだ!」
流石の士郎もこれはかわすより他はなかった。ローダは立て続けに櫻道を撃ち込む。
容易に士郎は再びかわすが、その威力には正直驚いた様だ。
「あ、あの野郎………俺の技を完璧に」
「しかも脇差で連撃とはな、増してや左腕だけで………」
ガロウの悔しがる様を横で見ながら、ジェリドはニヤッと笑い、軽く肘で突いてやった。
「お、俺が本家だからな、クソッ」
強がって地団駄を踏むガロウに、ジェリドが我慢しきれず少し吹く。緊張する戦いの中で、此処だけ和やかな空気が流れた。
その一方で、ローダを取り巻く空気に少し異変が生じている事を、誰も気づいてはいなかった。
「ところでドゥーウェン、何でこのアイリスとやら、最初から使わせなかったんだ? やはり、稼働時間って所か?」
「そ、それはですよ。発動条件っていうのがあるんです。ま、まあ慣れるとそれすら調整が効く様にになるんですけど……多分」
ガロウがドゥーウェンに向かって素朴な疑問を問う。普段冷静なドゥーウェンがいつになく落ち着かない。完全に声が上擦っている。
「一体その発動条件って何だよ? 5分しか持たないとしても、あのルシアならそれでカタがついていたぜ?」
「そ、それがまだ、僕にもよ…良く判っていないんですよ。ハハハハハッ」
ドゥーウェンの動揺から来る空笑いが実にワザとらしく、ガロウの頭上に疑問符が浮かぶ。