第7話 4人の鍔迫り合い
ティンとトレノが地面を蹴って、カタパルトから打ち出された様に飛び出す。
ルシアとローダもほぼ同タイミングで続いた。
ティンが初弾からいきなり強烈な右の大砲を放つ。そんな一見無駄打ちとも取れる一撃に、ただのパンチではないと悟り、ルシアは戦慄を覚える。
だが冷静に屈みながら躱し、斜め上にカウンター気味のストレートを放った。
それをティンは両腕を十時にして受け止める。彼女の身体が丁度1歩分後ろに下がった。
「へぇ………俺と同じパンチを持ってるのか。しかもこの威力、大したもんだな」
「貴女のパンチに被せただけよ。そんなのまともに貰ったら綺麗な顔が台無しになってしまうわ」
クロスアームブロックの中でティンは堪らずニヤける。答えながらルシアは、両腕のガードを上げて少し後ろに下がって距離を取る。釣られて笑ったりなどしてしない。
「いつもの様に飛んだり跳ねたり拳を燃やしたりしないのか? 遠慮は要らんぞ」
「純粋な拳闘家しての実力を試したくなったよ、貴女が相手ならそれが出来そう」
「そうかよッ!」
ティンがあっという間に詰めてくる。彼女の方がルシアよりも遥かに上背があるというのに、あくまでもゼロ距離射程を挑む気らしい。
ルシアもこれに負けじと左右のコンビネーションで応戦を試みる。ゼロ距離でお互い身の毛もよだつパンチを交換する。二人の動きが速過ぎて残像が残る程だ。
(その羽根毟り取る!)
ティンは頭狙い一辺倒だった所で、突然左脇腹を狙うフック気味のパンチを繰り出す。これは確実に捉えた、彼女は確信した。
然しそのパンチはルシアに当たる前に水の様な物に当たった。水飛沫が弾け飛び、ルシアは直撃を逃れると、顎の下がったティンに対して、左フックを放つ。
(なっ!?)
驚くティンにルシアの左フックは必中した。ティンの頭蓋に浮かぶ脳が激しく揺れる。
流石に一撃で意識を刈り取る至らなかったが、動きを止める事には成功した。駄目押しとばかりに、たたらを踏むティンに向かって、右ストレートをこめかみに飛ばす。
(調子に乗るな、小娘ッ!)
避ける事を諦めて、歯を食いしばって踏ん張りを決め込むティン。ルシアの2射目もクリーンヒットするが、それに合わせて自らもカウンター気味の右の打ち下ろしを叩き込んだ。
「えっ!?」
決まったと油断したルシアもこれには驚く。ルシアの右頬にも水の精霊による防壁があったが、それすら弾き飛ばし、遂に右頬《目標》に到達した。
(ちょ、直撃だけは!)
ルシアは大袈裟に首を殴られる方向に回し、受け流しを狙ったがそれでも流石に完全回避とはゆかず、少し口の中を切って後方へ突き飛ばされた。
けれど決めたティンもルシアのフックで軽い脳震盪を起こしてしまい、それ以上の追い打ちをかける事が出来なかった。
「………い、今のをいなすのかい。やってくれるねえ」
「貴女こそ化物? 意識を飛ばすどころか、まさか反撃に転じるとは思わなかった」
ふらつきながら言っている割には、ティンは実に楽しそうだ。
口から滴る血を拭うルシア。此方もとうとう目が笑い始める。
「じゃあ、第2ラウンド…………」
「OK、ギヤ上げるわよ」
首関節を鳴らしながらティンが告げる。ルシアはスっと立ち上がり、再び両腕を上げた。恐らく互いの全ての攻撃が、相手がそこいらの戦士であれば一撃必殺の破壊力。
けれどもまるで模擬戦を楽しむかのような余裕を秘めていた。
◇
一方、ローダとトレノ。此方も互いに飛び出したので、いきなりの鍔迫り合いかと思いきや、互いの剣が届かないギリギリの所で彫像の様に対峙する。
しかし動いてこそいないが、互いに中段で剣を構えて、心中では激しいやり取りをしていた。
(す、隙が無い!)
ローダは頭の中でチェスをやる様に、10手先迄を想定してみたが、有効打が奪える気がしない。トレノの事は先程理解した筈なのにこれかと、思わず舌を巻く。
「どうした、来ないのか? では此方から………とその前に面白いモノを見せてやろう」
「え?」
「風の精霊達よ、我に自由の翼を!」
トレノがニヤついた顔で風の精霊に働きかけると、彼の身体は宙に舞い、勢いそのままローダに向かって空を飛んだ上での鋭い突きを見舞う。
(は、速いっ!)
ローダは相手が飛んだ事よりも、その速度に驚愕した。多分自分よりも速い。しかしまるで予想の範疇であったかの様に剣で難なく受け止めた。
「ほぅ………その動き。貴様、俺が飛べると読んでいたな」
「ああ、お前が俺の意識の中から、その術を奪う事をな」
トレノは元々この術を会得していた訳ではない。先程の意識だけのやり取りにてローダから奪ったのだ。それをローダは確信していたのである。
「風の精霊達よ、我に自由の翼を…………意識を共有して相手の力を獲得するんだ。その逆があっても不思議じゃないと思ってはいた」
(ただ、此方よりも速いのは想定外だったけどな)
ローダも同じ術で宙に浮く、落ち着き払った物言いをしつつも、内心穏やかではない。
「安心しろ、何も貴様から全てを奪えた訳ではない。ただこの術は特に欲しかったのでな、狙わせて貰った」
「そこまでわざわざ教えるのか、大した余裕だ」
トレノは宙で停止しながら、再び間合いを広げた。加えて剣先を斜め下に構える。ローダもまるで千日手でもやるかのように敢えて同じ構えを取った。
(ほぅ、お前の剣技を得た………とでも言いたげな構えだな)
「ついでにもう一つ教えてやろう。俺が貴様の全てを奪えていない様に、貴様も俺の全てを奪えてはいない。判るかこの意味が?」
冷笑しながらのこの一言に、ローダは思わず息を飲んだ。その感情の起伏の変化をトレノは見逃さない。下段の構えのまま、まるでコマの様に回ってローダに向かってくる。
(やはり速い! しかもまるで空中戦の経験がある様な動き!)
ローダは戦慄しつつも、トレノの得意としていそうな下段からのすくい上げる様な剣で、トレノの前進を弾いてみせた……筈であった。
「グッ!?」
ローダの手足の至る所に斬られた痕が出来て、血が吹き出す。致命的なものではない。だがそのダメージよりも、いつ斬られたのかが判らないのが気味悪い。
「こ、これは真空の刃を飛ばして? かまいたちというものか?」
傷そのものには気にもせずに、ローダは登り切った剣を、今度は斬り降ろして頭上からトレノを強襲する。ローダの勇気に呼応して刃が青白く光り、太刀筋を残す。
「そういう事だ。これが貴様に真似出来るか?」
トレノも意にも介せず得意の下段からの剣でそれを受ける。剣同士では鍔迫り合いになるが、ローダの方に上半身のみ、トレノの太刀筋のままに次の切り傷が増えてゆく。
「なっ!? 鎧さえ通すのか! この刃は!」
ローダの鎧の隙間から飛び出した血が、トレノの顔に付着する。トレノは親指でそれを拭い、そのまま舐めた。
まるでローダの血の味を確かめているかの様な素振りである。
「クククッ、どうする扉の男よ………勝ち筋は見えそうかな?」
トレノはローダよりも背こそ低いが、態度で完全に見下した。
(問題ない………。意識を共有した所で相手の力を全て手に入れることなど出来ないこと位判っている。ただ……それにしても知らないことが多過ぎやしないか?)
ローダとてまだ本気を出してはいない。この程度の出血が増えた所で然したる問題ではない。長引かせなければ良いだけの話だ。彼は一度剣と身体をスッと引いた。