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ローダ 最初の扉を開く青年  作者: 狼駄
第7部『4人……死闘の往きつく先にあるもの』編
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第6話 雪牡丹

 士郎とエレーヌを逃すべく一人残った元・人斬りの一誠。


 相手は二人、当然何れも真剣。此方は一人で竹刀一本。しかもとうに前線を退(しりぞ)いた38の老いた男である。


随分(ずいぶん)と買い被られたものだ、なれど二人を逃がす時間位は作ってみせる!)


 一誠は得意の左下段に構えた。そして物凄ものすご威圧的いあつてきな目で、二人に(にら)みを効かせる。


とにかく今は時間を(かせ)ぎたい。だから此方からは決して仕掛けない。


 二人の藩士は、殺気がない一誠の目力にたじろいでしまった。


「一誠よ、最早これまでだ! 大人しくそこに直れ!」


「何だ何だ………竹刀1本の男に(おく)する程、今の肥後藩士(ひごはんし)は落ちぶれたか?」


 藩士の一人が刀を中段に構えたまま声を荒げる。けれどその声は明らかに(おく)していた。そんな相手を一誠は、一笑(いっしょう)()すのである。


「おのれっ! もう容赦(ようしゃ)せんっ! どうせお前は打首(うちくび)になるのだ!」


 中段に構えていた剣を振り上げて、藩士の一人が襲い掛かって来た。(しか)臆病風(おくびょうかぜ)を吹かして飛びかかって来る者なぞ、一誠の敵ではない。


 相手の飛び込んだ左膝に竹刀を合わせた一誠。相手の自重(じじゅう)に一誠の竹刀の一閃(いっせん)が上乗せされた。


「ぐわっ!?」


 竹刀で相手の膝の骨を割るという芸当(げいとう)容易たやすくやってのける。


さらに動きが止まった処へ、みぞおちに向けて突きを繰り出した。竹刀は折れてしまったが、相手の藩士を突き飛ばした。


 武器を失った一誠は、相手の刀を(うば)おうと倒れた相手に組みかかる。だが背後から首筋に冷たい物があてがわれた。


「………そこまでだ」


 いつの間にか後ろに回ったもう一人の藩士の刀であった。此方は戦況(せんきょう)を冷静に見つめられる余力があったらしい。


 これには流石の一誠も逆らわずに、両手を挙げた。


(落とすべき相手を見誤(みあやま)るとは………。いや、これが今の俺の程度か)


「た、頼む。息子と妻だけは。二人は何もしてはいないのだ」


気の毒(きのどく)だが駄目(だめ)だ。あの二人にはお前を(かくま)った容疑(ようぎ)がある」


 後ろ手を(なわ)で縛られながら、一誠は懇願(こんがん)した。実際二人は罪など(おか)してはいない、一誠はそう思い込んでいた。


 一誠の想定していない無常な応答…………。膝を折ってやった方が、これ見よがしといった顔だ。


「か、匿うだと? 何を馬鹿な事を!?」


 一誠は再び必死に抵抗しようとしたが、上半身を地面に叩きつけられた。


「に、逃げろ……頼む、逃げてくれ」


 ◇


 士郎はエレーヌを背負(せお)いながら、懸命(けんめい)に家を離れようとした。だが降り積もった雪が士郎の体力を容赦なく奪ってゆく。


「士郎、もういいのです。私を今すぐ此処へ置いて貴方だけ逃げるのです」


「そんな事出来る訳ないだろっ!」


「士郎……」


 父と約束した………母は俺が必ず(まも)る。とても小さい筈の息子の背中が、今は途轍(とてつ)もなくも大きく思えたエレーヌ。


 士郎は自分も知らないうちに、武士道だけでなく、騎士道の体現者(たいげんしゃ)になっていた。


「そこの二人、神妙(しんみょう)にしろ」


 逃げていた向きに二人の藩士が現れた。父を捕縛(ほばく)した二人とは別の(やから)である。士郎とエレーヌが二人だけで逃げる事を彼らは読んでいたのだ。


「くっ!」


 舌打ちしながら士郎は、エレーヌを地面に降ろすと抜刀(ばっとう)した。


初の真剣(しんけん)、加えて命のやり取りである。中段に構えた士郎の剣先は震え、完全に腰が引けていた。


「……お前、人を斬るのは初めてか?」


「だ、黙れっ! だったらどうしたっ!」


 藩士の一人が見兼ねて声をかけてきた。士郎は懸命(けんめい)虚勢(きょせい)を張った。


「そんな剣では人は斬れぬ。剣を捨てて投降(とうこう)しろ。抵抗しなければお前達を殺すつもりはない。()()()()()()()


「な、何故父上は、斬られねばならないのだ!」


 この二人に捕縛(ほばく)の命が下っている。しかし死罪になるとは聞いてはいない。


その事を藩士は伝えたかったのだが、士郎にとっては、(むし)逆撫(さかな)でされた気分である。


時勢(じせい)……という以外にないな」

「訳の判らない事を!!」


 逃げ腰………そんなの自分が良く判っているが玉砕(ぎょくさい)覚悟(かくご)、剣を振り上げ藩士の一人に襲いかかった。


(………止む(やん)なき事か)


 藩士が士郎に向かって突きで応戦(おうせん)する。それは確実に士郎の胸を一突きにする………筈であった。


 確かに藩士の繰り出した突きは人を(つらぬ)いた。けれども狙った相手ではない。


「なっ!?」

「は、母上!?」


 歩く事さえままならない筈のエレーヌが、藩士と士郎の間に、突如(とつじょ)割って入ったのだ。藩士にも士郎にも想定外の事態であった。


「し、士郎……」


 エレーヌは吐血しながら、力無く士郎に寄り掛かって来た。


「は、母上! な、何故?」


「ぶ、武士道も、き、騎士道も、あ、あり、ません。親が我が子……ま、も、とうぜっ……」


 愛する息子へ最期の言葉を告げられぬまま、エレーヌは完全に息を引き取った。


 これを見た二人の藩士は剣を(さや)に収めて士郎に背中を見せた。


「おいっ! 待てぇ! 俺も殺してくれぇぇ!!」


 号泣(ごうきゅう)しながら懇願(こんがん)する士郎。然し二人の藩士はまるで何も聞こえなかったかの様に、その場を後にした。


「母上! 母上ぇぇぇぇぇ!!!」


 士郎はその場に泣き崩れる。真っ白な雪が、真っ赤な血で染まってゆく。まるで牡丹(ぼたん)の花の様であった。


 ようやく士郎は思い知った。母は決して弱い人などではなかった。寧ろこの家族で一番無力なのは自分であった。


 いっそ自分が斬られた方が、余程(よほど)楽だと思える程に胸が痛い。代わりに自分の爪を立てて血が出る程に()きむしった。慟哭(どうこく)と共に……。


 ◇


 その後、自分の無力さに絶望した士郎は、日本の中で行き場を失い、母の出身であった北欧(ほくおう)に移り住んだ。そして凍てつく大地の中で、あの巨大な狼を唯一の友とした。


 それから正に一匹狼の如く、誰にも仕える事なく、()てつく大地の中で己を(みが)く事にだけに精進(しょうじん)した。


 彼の剣の実力は(うわさ)となって(めぐ)ったので、様々な勢力から入隊やら傭兵(ようへい)やらの要望を受けたのだが、士郎はそれらの使者を(ことご)く斬り払った。


 俺を使役(しえき)したいのなら、俺より強い奴を連れて来いという事を態度で示した訳だ。


 だがとうとう彼の前に黒の剣士(マーダ)が現れて、その圧倒的な力の差を見せつける。


 マーダは士郎にとって、君主というより神に思えた。結果、彼は武士道ではなく、騎士道を歩む事となった。


 ◇


 トレノとティン、二人を包む緑色の渦上(うずじょう)の光が消え失せた。


「ふぅ……」


 (とどこお)りなく術式を終えると、ローダは溜息を吐いた。


 トレノとティンが、目を開き立ち上がる。


「どうやら終わったらしいな」


 トレノが少々疲労気味のローダを見ながら(つぶや)いた。


「嗚呼、二人の深層意識(しんそういしき)、全て見せて貰った。そして俺の封印の()は8まで解けた。悪いが今の俺は、さっきまでとは違う。これでも本当に俺とやるのか?」


(………ローダ?)


 ローダの口調がとても荒々しく高圧的(こうあつてき)な態度に思えたルシア。こんな彼は(めずら)しいとルシアは少々面食(めんく)らう。


「フッ、下らん事を言うな。俺をあの拳銃女(レイ)などと一緒にして貰っては困る。貴様の()は良く判った。正しい、恐らくな。だが初めに言った筈。さらに本気になった貴様と戦いたいと、それに……」


 トレノが言葉に一呼吸置く。スーッと息を吸い、腹に吐き出したい言葉を溜める。


「武士は二君(にくん)(つか)えぬ! 我はマーダ様のために戦う!」


「あれは最早()()()()()()()と知ってもか?」


 ローダが高圧的な態度を(くず)さなかった理由はこれだ。トレノは既にマーダが彼の知り()るマーダでないと気づいている。


 そこに仕える意味はあるのかと説いているのだ。


「くどい!」


 トレノはそんなローダの言葉を一蹴(いっしゅう)した。


「そうか、判った………貴女はどうなのだ?」


 ローダはトレノを(あきら)めてティンの方に向き直った。少し面食らった顔をした後で、ティンは大きな身体を()すって笑った。


「それこそ聞くまでもないだろ? 俺は此奴(トレノ)と死ぬまで一緒だ。それに……」


 ティンがルシアの方を向いて、その太い指で指す。


「お前さんの相方(あいかた)は、やる気満々じゃないか」


「そうね。貴女と私。これ以上ない組合せだわ」


 対するルシアは両拳を力強く合わせて戦う意志を見せつけた。


「成立だな。俺と貴様、そしてティンとお前の女。邪魔(じゃま)は無用。どちらかが倒れるまで、この勝負受けて貰おう!」


 最早言葉は不要とばかりに吐き捨てた後、ティンと背中合わせになった。ローダとルシアも自然に同じ体勢を取る。


「ティン、地獄で会おう」

「ヘッ! やる前から何言ってんだ」


「ルシア……」

「………判ってる、絶対に勝って生きる。二人一緒よ」


 一瞬にして張り詰めた空気がこの場を支配した。4人の戦いが幕を開ける。

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