表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ローダ 最初の扉を開く青年  作者: 狼駄
第7部『4人……死闘の往きつく先にあるもの』編
102/245

第3話 女は胸の中という死地を求め独り彷徨う

「おぃゼロ、何遊んでんだ」

「クソッ…………!」


 同僚(どうりょう)に注意されたゼロは、腹にアッパーをぶち込んだ。(なぐ)られた男は、気絶して白目を()く。


「良し、お前らはそこの階段を真っ直ぐに(くだ)れ。私とアンタはこっちだ。こっから先、精々(せいぜい)派手に暴れてくれ」


 ゼロと同僚は2階へ、他の連中は同僚の指示通り、そのまま正面階段を下る。


 正面階段に向かわせた連中こそ実は(おとり)、ゼロ達2人が本物(ボス)を墜とすという訳だ。


 2階にはゼロにとって思い出深い部屋がある。けれどそこは気に留めず通り過ぎ、通路の奥、行き止まりにしか見えない壁の前へ立つ。


「……?」

「下がってろ」


 同僚の男が不思議そうに見ているのを尻目(しりめ)に、ゼロは首にチェーンでかけた銀製の指輪を取り出すと、壁の小さな穴にそれをはめ込んだ。


 すると地面の床板が勝手に動き、人間が1人は通れそうな穴が開いた。

 一見何もない暗闇の様だが、よく見るとロープが1本だけ()れ下がっている。


「行くぞ」

「え……行くってお前これだけか?」


(全く……これって手前(てめえ)の女を呼ぶ隠し通路だろ? こんなので女に降りろって言うのかよ、此処のボスはひでぇ野郎だぜ)


 ゼロは同僚の答えを待たずに先にスルリッと降りてゆく。正直飽きれながら同僚の男もついて行った。


「どうやら(まね)かれざる客が来た様だ。ジェシー、お出迎(でむか)えをせねばならん」

「敵……ですか?」


 ほぼ全裸でベッドに横になっていたボスは、スッと立ち上がりながら告げる。


 同じく裸体のジェシーも立ち上がると、自分の身支度(みじたく)そっちのけで、ボスの服を用意し着せ始めた。


 ボスは当たり前の行為とそれを受け「招かれざる……」と告げた割に悠々(ゆうゆう)としている。


「敵か、そうだな。今となっては()だ」

「えっ……」


 それってどう言うといった顔をしているジェシーを尻目に、着替えの終わったボスは、リボルバーに銃弾(じゅうだん)を込めてゆく。


 ジェシーの方は面倒なので下着は付けず、素のままシャツに腕を通し、取り合えずの身支度を整えた。


「来るぞ」


 ボスが部屋の扉側ではなく、左隅(ひだりすみ)天井(てんじょう)から身を隠せる位置に移動し、銃を構える。


「ぼ、ボス?」


 それはジェシーにとって有り得ない準備行動であった。そんな処から此処へやって来るのは自分(ジェシー)しかいない筈なのである。


 左隅の天井が蹴破(けやぶ)られる様な音がしたかと思うと、次は発煙筒(はつえんとう)が投げ込まれた。


(それで目くらましのつもりか?)


 見えない視界など気にせずに、ボスは床に降りた足音を目掛けて銃を2発撃った。


「グッ!」


 そのうち1弾は当たったらしいが、致命傷(ちめいしょう)にならなかったらしい。


 直ぐに返答の銃弾が飛んできた。ジェシーが装飾(そうしょく)用の鉄製の盾を素早く取って、銃弾がボスに届くのを防いでみせる。


「フフフッ……久しいな()()()()。いや、今はゼロと言うんだったか」


 盾の影に隠れながらボスは確かにそう言った。


 不覚にもジェシーはボスの方を振り向くと、空いてしまった左脇腹(ひだりわきばら)()()()()痛みをモロに喰らってしまう。


 けれど彼女もこの位でやられる様な(きた)え方をしてはいない。盾を捨てて、両腕を上げてガードの体勢を取った。


 ただ………もう信じられないと焦燥(しょうそう)しきった顔つきである。


「へッ! アンタに取ってそれは、もうどうでもいい事だろうがッ!」

「フッ、確かにそうだな。その通りだ」


 ゼロの(あお)りにボスは、苦笑で以って応じた。


「そして()()()()()! お前、敵を前に背を向けるとはどういう了見りょうけんだっ! 俺のパンチじゃなくて此奴こいつの銃弾だったら、今頃オネンネだったなっ!」


「じ、ジェシー!? お前本当にジェシーなのかっ!?」


 2年ぶりの自分の名前、2年ぶりの懐かしい呼び声であった。そう………自分はナナリィー。自覚するのに充分過ぎる声が飛んできた。


 返答代わりにゼロが左ジャブを6回叩き込んでくる。ナナリィーを中心に円を描く様、華麗(かれい)に動く。


 残像がナナリィーの目に残る、ガードを上げてこれを全て防いだ。ジェシーの動きは往年時代のそれと遜色(そんしょく)ない。


「ジェシー!? どうしてっ! どうしてまた私の前に現れた?」

「答える必要あんのかよっ!」


 ジェシーが左右のワンツーを繰り出しながら、ガード一辺倒のナナリィーを部屋の(すみ)へと徐々(じょじょ)に追いやる。


「そんなの決まってんだろ? 生きるためさッ! お前だってそうして来たんだろうがッ!」


「だ、だからって、こんなのないっ! 有り得ないっ!」


 さらにガードの上からお構いなしに右ストレートを叩き込む。そのパンチの重ささえも、とても(おとろ)えなど感じさせない。


 憐れナナリィーは涙とパンチ、この両方を(こら)えなければならない。だが攻撃とこの事実両方を受け止めるは、余りにも(こく)であった。


 そんな最中、ジェシーが不意にナナリィーの上半身を引き寄せた。ボクシングで言う処のクリンチの様に。


 然し本来それは、劣勢(れっせい)の側が時間を(かせ)ぐためにするものだ。


(しゃべ)るなナナリィー。ボスは年増の俺を()ててお前を選んだ」


 そのままの態勢で呟くジェシー。これなら小さな声でもナナリィーの耳に届く。


「……っ!?」


「仕事を失った俺は、違うファミリーに入って『コルネオ』を(つぶ)すために此処に来た。ただそれだけの事だ」


 一方的に伝えて満足したのか、ジェシーがナナリィーを突き放す。加えて得意の|打ち下ろしの右をナナリィーに向かって見舞(みま)う。


 ナナリィーの身体がこれに無意識で反応した。


 彗星(すいせい)(ごと)く落ちてくるパンチに対して、アッパーではない、下方から上方へ真っ直ぐに右ストレートをカウンターで合わせた。


 これは2人が師弟時代に数えきれない程、交わした()()であった。だからナナリィーは、身体が勝手に動いてしまったのである。


 ジェシー最大限のパンチに対し、繰り出されたナナリィーの右。完璧にタイミングのあったカウンターに力は必要ないという。


 ジェシーの(あご)を的確に(とら)えたそれは、骨を粉砕(ふんさい)するのに充分であった。


 その刹那(せつな)、ナナリィーは見た。ジェシーの微笑みを。


 そしてジェシーはグッタリと、今度こそ本気(嘘なし)でナナリィーにもたれかかった。


「ジェシーッ! お前まさか最初からずっとこれを(ねら)ってっ!?」


「フフッ……最後の……最期で……ようやく心を解放出来たよ……」


 口から大量に吐いた血をナナリィーに押し付けるジェシー。彼女の命の(ともしび)が今にも消えて無くなりそうだ。


「ごめんな、ナナリィー……お前は生きろ、俺の分ま……」


 ジェシーが末期の言葉を語り切れぬまま、その口を閉ざしてしまった。


「そ、そんなっ! (ずる)い! 狡いよジェシー、ジェシィィィィーッ!」


 遂にナナリィーは涙を堪えるのを(あきら)め、流れる滝の様に号泣(ごうきゅう)した。


 そんな中、ボスは怪我(けが)を負ったジェシーの同僚を難なく射殺(しゃさつ)する。


「ハッ、(おろ)かな女だ」

「ボス?」


 ボスがジェシーとナナリィー、二人を交互に見ながら吐き捨てる。


 ナナリィーは亡骸(なきがら)になったジェシーを床にそっと寝かせながら反応した。


「この女はずっとそうだった。死に場所を探していたのだ。恐れ多くも最初は私にそれを求めた。()()げられると勘違(かんちが)いしたのだ」


「…………」


 (あき)れた意志を言葉にのせるボス。溜め息を一つ吐く。


 黙って微動(びどう)だにせず、耳だけをその言葉にかたむけるナナリィー。


「老いてゆく女なぞ、完全を求める私には必要ない。そしたらナナリィー、お前を此処へ連れてきた。私にとってこれは大変好都合(愉快)だった」


 彼は冷たい笑いを浮かべながらさらに続ける。


「…………」


「だってそうだろう? ()ちてしまう代替え(スペア)を自ら連れて来たのだ。だから私は沈黙した(待った)。ナナリィー、お前が美しい女になるその日まで。そしてお前が18になった時、私はジェシーを棄てた」


「…………」


 さらに沈黙(ちんもく)を続けるナナリィー。握りしめた拳に次々と力を加え、歯も割れんばかりに喰いしばる。


「そして今になって現れた。まさかお前に死に場所を見つけたとは。これを愚かと言わずになんとすれば良い?」


 ボスは言い切ってから、ヤレヤレッと言わんばかりに首を横に振った。


「おぃ?」


 遂にナナリィーが発音し全てを出し切る。そのままボスの返事を待たず、全力の右ストレートをボスの右頬(みぎほお)に叩き込んだ。


 相手は所詮(しょせん)老人、首の骨を(くだ)かれて即死(そくし)した。


「ふぅ………どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。俺の分まで生きろ? お前を死に場所に? ……冗談じゃない」


 ナナリィーがそう吐き捨てた後、激しい爆発音が木霊(こだま)した。建物の外でどうやらジェシーの仲間が何かを始めたらしい。


(此処も、もう(しま)いか……)


 ナナリィーはボスの亡骸(なきがら)(つば)を吐いてから、建物を抜け出すのであった。


 ◇


「死に場所か………お前もそれを見つけるためにマーダの手先になったのか?」


「さてどうだか………俺はただ戦いを求めただけだ。あと……」


 意識世界の住人となっているローダがティンに(たず)ねる。


 ティン・クェンは何かを言い掛けて言葉に詰まった。


「ん?」


「………って言うかお前聞かなくても、全てお見通しなんだろうがっ! 俺は彼奴(トレノ)が何だか気になるっ! 何か放っておけないっ! ただそれだけだっ! もうこれ以上は答えん!」


 想いのありったけをローダをぶつけたティン。後はダンマリを決め込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ