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ローダ 最初の扉を開く青年  作者: 狼駄
第7部『4人……死闘の往きつく先にあるもの』編
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第2話 黒服のジェシーと赤髪のジェシー

 ジェシーの所属する組織とは、マフィアファミリー『コルオネ』。ボスのボディーガードとして(やと)われている事は、既に触れた。


 ついでに()べると同ファミリーで、ボディーガードとして雇われている女は、他には1人としていない。


 ジェシーがナナリィーを連れて、プライベートルームに同居する様になった時、周囲の連中の目は大変冷やかであった。まあ場所が場所だけに仕方がない。


 (しか)しジェシーはボスの直属(ちょくぞく)という地位をいい事に、周りには目もくれずナナリィーを実の妹の様に溺愛(できあい)し、さらには護身術(ごしんじゅつ)と称し、自らの格闘技術を教える事にも余念(よねん)がなかった。


 ジェシーの格闘術はボクシングをベースに自己流も取り込んだ(こぶし)を使ったものだ。


 さらに女性であるにも関わらず、そこいらの男性に引けを取らない身長(リーチ)を生かし、打ち下ろす様な右ストレートを得意とした。


 長いリーチを活かし、相手を基本寄せつけないが、入り込まれたら下からアッパーを叩き込むのが彼女のスタイルだ。


 ボクシングというのはあくまでも競技なのだが、それはグローブを付けた上での話。狙う所は基本人間の急所。


 当然ジェシーのそれは、生身の拳が飛んで来るので、殺傷能力(さっしょうのうりょく)(ひい)でている。


 幼いナナリィーは、意外にもその教えを次々に吸収していった。力しかモノを言えない世界で何も持ち得なかった彼女は、(むし)ろ喜んで厳しい鍛錬(たんれん)にも耐え抜いたのである。


 ジェシーは初めて出会った時のナナリィーが、自分に悟られる事なく背中から(すそ)(つか)んだ時の事を決して忘れてはいない。


 だから後は戦い方さえ指導すれば、彼女はきっと伸びると思っていた。ナナリィーは期待に応えたという訳だ。


 ナナリィー16歳、女性の成長期を終える頃には、身長も急成長し、気がつけばジェシーとあまり変わらない身長になり、スパーの相手が出来る程の腕前になっていた。


 こうなると冷やかであった周囲の視線もガラリッと変わった。ナナリィーへの悪口は完全になくなり、代わりに来たのは(手の平返しの)、中間幹部達からのボディーガード要請(ようせい)だ。


 だがこれらはジェシーの方で突っぱねられた。彼女は決してナナリィーを、自分のいる薄汚れた世界に入れようとはしなかった。


 無論、ナナリィーの人生はナナリィー自身が決める事なので、もし彼女が望むのなら止むを得ない。


 自らがマフィアの世界に足を踏み込んでいながら、ナナリィーには同じ道を望まないと言うのは、随分な我儘(わがまま)だと承知はしているのだが、ジェシー自身は譲れないものがあった。


 そんな2人の生活に突然の終焉(しゅうえん)が訪れる。ジェシーがファミリーから姿を消したのである。ナナリィー18歳の時である。


「ジェシーが消えた!? え? (うそ)でしょそんなの!? ねえっ!!」


 プライベートルームへ報告に来た男の(えり)(つか)んで持ち上げるナナリィーの顔に悲壮(ひそう)驚愕(きょうがく)が入り混じる。


「じ、事実だ…それよりやめろ、息が出来ん……」


 男に文句を言われ、ナナリィーが慌てて手を離す。男は床にそのまま落ちた。


「ゲホゲホッ、この馬鹿力が。い、良いか? これから貴様にボスからの命令を伝える」

「何ィ? ぼ……ボス?」


 実に情けない姿の男は、床に転げたままの姿でマフィアの(おきて)を伝えようとする。


 さらに驚くナナリィー。先述(せんじゅつ)した通り、中間幹部からの話は幾度(いくど)もあったが、ボスからというのは初めてだ。


「そ、そうだ。ボスの命令は絶対だ。これからもファミリーに居たいのなら、言う事を聞くんだな」


「なっ……」


「おっと、どうせお前の事だ。ジェシーを追って私も、とか言うつもりだろ。やめておけ、組織を抜けた奴は必ず消される。判るよな、この意味が?」


 男は(ほこり)を払いながら立ち上がりニヤリッと笑う。ようやくこの生意気な小娘にマウントが取れた気分に(ひた)る。


「まさか………ジェシーを消す?」

「うーん………それは今後のお前次第だ」


 ナナリィーの顔に黒い影が(ただよ)う。男の目は泥にまみれた様にドス黒い。


「……わ、私次第!?」

「まあ、ついてきな……」


 ナナリィーは言われるがままに男の後をついて行った。行くよりなかった。考えてみたら此処に住んで8年にもなるが、こんな地下奥深くにある階層(かいそう)は知らなかった。


「此処だ、くれぐれも粗相(そそう)のない様にな。ボス、ナナリィーを連れて来ました」

「開いている、入れ」


 一見特筆する事のない扉だった。しかしもうどれだけ階段を下ったのか(さだ)かでなく、眼前に黒々と現れたソレは、実に恐怖を(あお)る。


 この状況と、奥から聞こえる低音の効いた男の声が、扉を不気味な物に見せているに過ぎないが、まだ若過ぎるナナリィーの思考を鈍らせる。


 扉を開くと部屋の奥に、白髪混じりの初老の男が座っていた。足が悪いのか、椅子の前には、杖が入った傘立ての様な物があった。


 細身で身長も低く、こんな男がと思わざるを得ない。なれどその眼光(がんこう)だけは鋭く、何もかも見透(みす)かされている様で、ナナリィーの顔はさらに強張(こわば)った。


 ナナリィーは男に従い、膝を折って完全に服従(ふくじゅう)の姿勢を取る。当然下を向くことになるので、ボスの眼光から逃れる事が出来た。


「お前か、ジェシーの連れというのは………」


 見た目とはかけ離れたとても威圧的(いあつてき)な声。眼光の次は、その声で頭を押さえつけられている、そんな気さえする。


「ハッ、お初にお目にかかります。ナナリィーと申します」


 自分がこんな丁寧(ていねい)な言葉を発している事にナナリィーは驚いた。


「……違うな」

「はっ?」


 そんなナナリィーをボスは、有無(うむ)を言わせぬ上から一瞥(いちべつ)する。

 不意に名前を否定され、ナナリィーが思わず顔を上げてしまった。


「聞こえなかったのか? お前はナナリィーではない。そう言ったのだ」


 容赦(ようしゃ)なくボスの威圧は続いてゆく。


「あ、いえ、確かにこの名前は、ジェシーがつけてくれた……」

「そう言う話ではないわ。良いか、今日この時からお前がジェシーだ」


 ボスは狼狽(うろた)えたナナリィーからの必死の訴えをバッサリと斬り捨てた。


「お、(おっしゃ)っている意味が……」

「くどいッ! お前はこれからジェシーになって、我の身辺警護(しんぺんけいご)と身の回りの世話をして貰うッ!」


 ボスは声を荒げると、ナナリィーの足元を拳銃で撃ち抜く。一体何時(いつ)抜いたのか判別出来ない程の早業(はやわざ)であった。


 そしてナナリィーは以後ジェシーと呼称(こしょう)される様になった。ボスがごく(まれ)に他の組織に出向く時などは、ジェシーから聞かされていた時と同様にボディーガードとして随伴(ずいはん)した。


 然しそれはボスとファミリーの()をつける様な立ち位置であり、実際には拳銃(けんじゅう)を持った他のファミリー達で、ボディーガードとしての役割は充分足りていたのである。


 ではボスが表に出ない時、一体彼女は何をしていたのか。これが()()()()()()()である。所謂(いわゆる)()身の回りの世話だ。


 既に30代後半を過ぎたジェシーには出来ない、いや正確には、この男が満足出来ない役回りであった。


 これはほぼ毎晩の(いとな)みであった。ジェシーになったナナリィーは、夜中に部屋を抜け出していた先輩(ジェシー)の行動がようやく理解出来た。


 そして10歳迄の自らの行いが、再び繰り返される事に、最早考えるのをやめた。


 ◇


 ナナリィーがジェシーに変わってからさらに2年。彼女は20歳になっていた。

 ボスは相変わらず血気盛んであり、それはまるで明ける事を知らぬこの街の夜の様であった。


 このファミリーはそんな夜の暗闇の様にこの街を裏から仕切り、まさに最上段(てっぺん)君臨(くんりん)していた。故に(うと)まれる存在とも言えた。


「……ゼロ、判ってんだろうな。打合せ通りに頼むよ」

「ハアンッ? 誰にモノを言ってんだい? そっちの方こそ、俺の足について来れんのかよ?」


 そう言って男にゼロと呼ばれた女は、鼻で笑った。


「………違いない、じゃ行くか」


 夜に(まぎ)れた二人は斥候(せっこう)として『コルネオ』ファミリーの、建物入口の様子を(うかが)っていた。


 そして斥候(せっこう)は、やれると感じ、攻勢(こうせい)に転じる。入口の見張りは二人に首をナイフで引き裂かれ、悲鳴を出せずに絶命(ぜつめい)した。


 ゼロは無言で背後に合図する。一斉に街の暗がりから、20人程の男達が音を立てずに飛び出した。


 建物の四隅(よすみ)(かこ)う者と、ゼロと男について中へと入っていく者へと別れた。


 1階ロビーには、ファミリーの下っ端連中がいる。確かにいた。だが1人を除いて他は皆、吐血して既に意識が無かった。


 メイドに化けた別の斥候が配った毒入りのワインを飲んで、地獄に送られていたのである。


(なんて他愛の無い……これがあの『コルネオ』かよ)


 ゼロは死体には目もくれずに生き残った男に詰め寄る。


「な、てめ……っ!」


 ろくな声すら出せずに、男はゼロに襟首(えりくび)(つか)まれた。


「おいっ、クソ野郎。ナナリィーはどこだ?」

「な……ナナリィー? そんな奴はどこにもいない事は、お前が一番良く知ってんだろ?」


 ゼロに責められた男は、苦しみながらも目だけで笑ってそう答えた。

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