第8話 鍵を見つけた剣士は何を想う
ローダの間合いまで飛んで行き静止するマーダ。加えて青年の顔を敵ではなく、まるで親しい友人の様な顔つきで眺めた。
「ローダとやら………さあ再び抜くが良い、小細工は抜きだ。言葉ではなく剣で語ろうではないか」
グレートソードを両手で握り、正眼に構えるマーダ。先程までとは打って変わって穏やかな態度で接する。
ローダに言葉が届いたのか定かではないが、鞘に納めていたロングソードを再び引き抜く。間髪入れずにマーダの頭上に叩き込んだ。
襲ってきた刃を悠々と己の得物で止めるマーダ。金属同士の摩擦で火花が散る。
構うことなく同じ攻撃を二回、三回と叩き込むローダ。当然同じ様に訳なく止められてしまう。
「全く……力ばかりだな。まるでなっておらぬ」
呆れたマーダは、四回目の攻撃を剣をスッと引いて避ける。ローダの剣は、打ち込む場所を失い、勢い余ってその体制を崩してしまう。
何しろ後先考えずにただ叩きつけているだけなのだから、こうなっても止むを得ない。
すかさずマーダは青年の頭上目掛けて、グレートソードの柄を叩き込む。柄の一撃はローダの後頭部に命中した。
「ウグッ!」
堪らずローダは声を漏らすが、まるで何もなかったかの様に真横に剣を振り、次はマーダの足を奪おうとする。それも黒の剣士にヒラリと余裕で躱されてしまう。
「なんと飽きれた肉体だな。柄とはいえ普通の人間ならば即死、良くても脳震盪を起こして直ぐに反撃に転じるなど出来る筈もないのだが」
しかも殴りつけた筈のマーダの両腕に、鉄を叩いた様な反動が襲ってきた。これで彼は顔をしかめる羽目になった。
(何とか斬らずにコヤツを正気に戻したい所だが、化物相手に加減とは………何とも難しいものだ……)
ローダが馬鹿の一つ覚えの様に、再び剣を大きく振り降ろしてゆく。
襲いかかってくる剣の一番力が載っているタイミングに合わせて、マーダは足元から天に向かって大剣を振り上げる。
甲高い音が辺りに木霊する。ローダのロングソードが折れた音である。
マーダはボクシングで言う処のカウンターを、ローダの剣の横っ面にぶつけたのだ。
「だからよく言ったであろう。その様な剣は威力ばかりで、モーションを相手に盗まれるだけだと……」
自らの口から漏れた言葉に驚き、思わずその口を手で塞ぐマーダである。
(だから………よく?)
まるでこの者に剣の指導を毎日していたかのような台詞である。嫌な手汗が噴き出すのが良く判る。
(い、いかん。これはいけない……)
彼は相手の剣を狙って折るという会心の一撃を繰り出したのにも関わらず、大いに狼狽した。
空から折れた剣の片割れが落ちてきたの見たレジスタンスの一人が「嗚呼………」と残念そうな声を力なく発した。
「な、なんだ、一体彼はどうしたというのだ?」
二人の戦況を見つめていたガロウ………特に赤い目の青年の変わりようが実に解せない。
「先程まで黒の剣士を圧倒していたのに、剣で語ろうと言われた途端、まるで大人に歯向かう子供の様に無力と化した。彼は本当に狂戦士なのか!?」
「身体が、彼の身体がもう持たないのかも知れない………」
ガロウの後ろから、不安気なルシアの声が聞こえてきた。
「そう、もう奴は限界なのだ。力だけなら……力だけなら滝のように無尽蔵だが、それを受け止める身体がもう限界に近いのだ。滝に打たれ続けた岩肌のように……」
相手の様子を観察しながら解説じみた事を言っているマーダだが、心には全く余裕などない。
(それは我とて同じ………いや、寧ろ私の借りてるこの身体の方が限界に近い………。 早くっ、一刻も早くこの勝負を決めなければ、我はこの身体を失ってしまうかも知れぬ……)
焦る気持ちを声にしないように懸命に堪えながら、次の一手を考えていたのだが、目前の狂戦士の行動は、彼の想像を遥かに超えてきた。
「フンッ!」
青年が折れたロングソードの柄に力を込める。すると赤い光が折れた先からスーッと伸びて、丁度折れた刃の分を補ったのだ。
「な、なんだと!?」
「ええっ!?」
「ば、馬鹿な!?」
その様子にガロウとルシア、そしてマーダですら在り得ないとばかりに声を上げた。
ローダが容赦なくその赤い光の剣でマーダを真っ直ぐに突く。相変わらず剣技としては拙いものだ。
それを紙一重で避けたつもりであったマーダ。けれど実際には光の刃が伸びてマーダの左脇腹を捉えるのである。
その箇所は彼が纏っている鋼の鎧に守られているのだが、あっという間に溶けてしまい、赤い光が貫通した。
ゴボッとマーダは吐血する、貫いたのは左の肺だ。
遂に青年の攻撃がマーダを捉えた刹那、ほぼ同時にマーダの背からナイフが飛び出し、ローダの左頬を掠めてゆく。
それはフォウが風の精霊に載せて運んだ仕込みであった。
「こ、これも言った筈だ。攻撃を決めたその瞬間に、す、隙は生まれるんだ。お、同じ頬の傷、これでおあいこって訳だ」
血を吐いたまま相手を指差し語るマーダ。かなり重傷なのだがその顔は緩んでいる。遂に力を失い地面へと落ちてゆく。
ローダも目の赤みが消えて、同時に光の刃も消えた。彼は気を失い、剣はその手から零れ、マーダと同様に落下を始める。
「風の精霊よ、あの者の盾となれっ!」
「水の精霊よ、彼を助けてっ! お願いっ!」
フォウとルシアは、地面に叩きつけられそうな二人をそれぞれ救うべく精霊術を行使する。精霊魔法なのに神に祈りを捧げるような二人であった。
マーダの落下は緩やかになり、軽い音と共に砂地に落ちた。
ローダが落下する地点では、突然大きな水の泡が現れ、クッションの代わりを果たす。飛沫をあげて水の泡は消えた。
「マーダ様!」
必死の形相で主の元に駆け寄るフォウ。無礼を承知で鎧を外して応急処置を施したいと躍起になった。
「フォウ……フォウよ。その程度の傷は問題ない。休めれば直ぐに治る」
優しく声を掛けるマーダ。フォウの手を握り、自分の無事を固持してみせた。
「そしてよくぞ私の意図を汲み取ってくれた………礼を言う」
「………そんな、そのような事。勿体ない御言葉でございます」
マーダは頭を下げる代わりに、握ったその手に力を込めた。胸から熱いものがこみ上げくるのを抑え切れないフォウである。
「フフ、全く……我ながら何とも惨めな姿だな」
苦笑で身体を揺すったマーダ、不思議と気分は晴れやかなのである。理由は良く判らない。
「………フォウよ」
「はっ………」
涙を拭いながらフォウは、主の目を見つめ次の言葉を心待ちにしている。
「何とも情けない話だが、城に戻る魔力すら失ってしまった。我と共に帰ってくれるか」
「勿論でございます。共に城へ帰り、傷を癒しましょう」
フォウの返答に込められたもの………それは忠誠心だけではない。愛しい、彼と添い遂げたいという想いが多分に混じっていた。
一方、少し離れた所に落ちたローダの元には、ルシア達が駆けつけていた。
意識のない彼の胸に耳をあてるルシア。命の鼓動が聞こえてきた。息もしている、ただ気を失っているだけのようだ。
左頬の傷は浅い。柄で頭を殴られたり、地面に落ちたりしたが大事には至っていないと判断した。
安堵すると緊張の糸が切れたのか、ルシアはローダの胸に耳をあてたままの態勢でゆっくりと目を閉じてしまった。口元に緩みが見て取れる。
他のレジスタンスの戦士達も、我先にと二人の元へと駆け寄ってゆく。
横目にその二人の青年と女性の様子を窺っていたマーダは、ふと思うのだ。
(もしかしたら彼女が、最後の鍵になるのかも知れんな………)
マーダとフォウの全身は光を帯びて天高く舞い上がり、星の様に流れて消えた。