山田栄作、其の一「なにを信じる」
この小説はフォークナーや大江健三郎が得意とする個人的体験から普遍的なものを表現するという手法に魅せられインスピレーションを得て執筆を開始したものです。この目的が達成されているか私個人では判断しづらいところが正直ありますが、読む方が楽しんでいただけることを切に願っております。
―この街はタバコの煙の味がする。
車で都心に近づくと明らかに印象が変わってくる。
246号線の果てに来る頃には首都高速やビル群、車の渋滞などが日常空間のそれとして私たちに許容を求めてくる。
これをみて若い人達は心躍るだろうか。
資本主義社会日本の経済の中心地、東京は欲望とエゴの潮目である。
深夜、路地裏で電柱の下で寝込む泥酔したサラリーマン。
渋谷スクランブル交差点の人のなだれに足がすくんでしまう上京したての田舎娘。
新宿に行けばビル、ビルあそこもまたビルである。
森ビルって知ってるか?ビル建てた方が偉いんだよ!いや、ビルが偉いんだ!
とのたまう売れないテクノミュージシャンまでいる。
プラ廃というものをご存じだろうか。
都会で道端に捨てられたペットボトルやプラごみが時の経過とともに粉々になり微粒子レベルにまでなって大気に舞い回りまわって人々の呼吸する肺にまで潜り込んでくるのである。
プラスチック。産業の要である。それを作るのも、また人である。
大量生産、大量消費。そして公害。
昔、石井紘基という衆議院議員がいた。彼は当時野党の議員で財務省の特別会計や権力の不正をバラすなどの活動を国会で追及していた。そんなある日、彼は朝世田谷の自宅を出たところで刺殺された。だれも、彼を守れるものはいなかった。
この社会では自分を守れるのは結局自分だ。
さらに保身のためには集団に身をゆだねなければならない。
だからもし自分の正義を貫きたければ失うものも覚悟しなければならない。
そんな中、山田栄作は一匹狼であった。
政治家は民衆のために働かない、と批判する者たちがいる。
その通りである。その通りであるというのはそれが不当ではあるが開き直っているのではなくて、それが不変の事実であるという表明のことである。
では政治家は誰の為に働くのか。彼らの盟友のためである。盟友とは権力者の権力基盤のために必要な人員である。
表向きは民主主義と唱っておきながら現実は寡頭政治である。
その下の組織の中では間違っていることを間違っているとハッキリ言う者は排除される。
そういった業に押しつぶされる個人。
栄作は霞が関に勤めるITエンジニアであった。この職に就くための試験は期間も長いし過酷なものであった。その苦労の末に得た職である。日本政治の中枢、霞が関に選ばれた自分に対するエリート意識は人一倍であった。どこか自分が特別だと思い込んでいるフシがあった。自分の技能に対しては誰よりも努力している自負はあるし、誰も知らないコードを見つけ出す努力も片時も忘れることはなかった。技能さえ身に着けていけばそれを生かしたあらゆる選択が可能である。スタートアップで会社を立ち上げある程度成長したらそれを売って一山当てて金持ち階級の仲間入りすることを本気で目指していたこともあった。そして現実とのそのギャップ。つきつけられる自分が何者でもないという焦り。
職場では衝突も多々あった。自分の思ったことをはっきり言うと角が立つのである。しかしこの国をよくするためという信念のもとでためらいはなかった。
周りを見ているとこの世界は世間一般の常識とは違う公務員独特の世界観であった。
まず向上心のあるものは嫌われる。
周りの先輩たちを見ていると自分の先が見えてくる。
辞めていく人たちも沢山みてきた。
そんな中ここで骨をうずめる価値と自己実現の間でいつも苦しめられているのである。
内閣官房に置かれた国家公務員の人事管理をする内閣人事局ができてから霞が関は一変したという。
トップダウン型組織がよりいっそう強化された。
下の意見は全く聞き入れられない。それがいかに公正な意見であってもである。
まったくもって自分のスキルにプラスにならないことが明らかな仕事ばかり回される。
オーバーワーク、キャパオーバー。周りに相談できる人がいない。
残業真っ只中の深夜、弁当を買いにコンビニへ行った帰り、信号待ちをしているといつのまにかまわりは明るくなっていた。どうやらずーっとぼーっとつっ立っていたらしい。
― 栄作は退職することを決めた。
郊外のボロアパートの一室、朝5時半、スマホの目覚ましアラームとともに体を起こす。
静寂の中、アパート前の道を原付バイクやトラックが走り去る音が聞こえる。
ネオンライトが消えちらほら家々に明かりが点くころあいである。
すでに解除したはずの目覚ましアラームを寝ぼけて何度も確認しながら朝の身支度をはじめる。
健康のためと仕事効率を考え自転車通勤をしている。
こうして栄作はコンクリートジャングルへとくりだすのである。
職場では毎日一番乗りだ。と、いつもは点灯しているはずのない職場の電気が点いている。
あたりはシーンとしている。
いぶかりながらドアを開けると部屋の奥に誰かが鎮座していた。
課長のようだ。
ちょうどその辺りが暗がりでよく見えないが挨拶するために課長の方へと歩いてゆく。
なんだかペタペタ音がする。しかもドブくさい。
「おはようございます。どうしたんですか、課長?今日は早いですね。」
「・・・・」
「おはようございます。こんな早い時間、どうなさったんですか?いつもは社長出勤ですのに。とは言いませんが。」
いつもの栄作なりに軽く冗談を交える。
不自然な間のあと返答がくる。
「おはようだゲコ。いつもせいが出るね、きみゲコ。」
栄作は表情こそ変えないが何かが凍り付いたのを感じた。
「は?ゲコってなんだ?」
冗談に冗談を返したつもりか?
ルームチェアの背もたれ越しに課長が振り向く。やけにスローに感じる。
え??????
そこにいたのは、半分人間のガマガエルだった。
!!!!!!!
新しい門出のはずだった。こんな夢を見るくらいである、せいせいする筈が、なぜかメンタル的にやられている。すぐさま他の職につくべきだが羽休めに実家に数日帰ることにした。しばらく家族のラインも参加していない。両親の顔が見たくなった。
東京から車で4時間、渋滞のなか曲がりくねった山道を抜けると彼の故郷がある。
時間の流れは確実に東京より遅い。空気を吸う。マイナスイオン。雲もなんだか都会より高い。
初めはその落差に癒されるのだがだんだんそんなことも忘れる。
栄作と両親の間は普通に良好だ。久々の家族の食卓も皆無言ながらそこには温かい規範がある。
いまではもう絶滅危惧種だが実家に帰れば蚊取り線香もおがめることができるのである。
口にこそ出さないが栄作はこれが気に入っている。
昼食後2階でとりあえず泊まることにした部屋でプログラム言語の参考書を読んでいると父が上がってきた。
「おまえ顔おっかないぞ。川釣りにでもいくべ。」
父は何かを承知してる様子でもあったが語調が強い。
栄作は躊躇した。
都会から逃げてきた敗者の身の今、そんな気分にはなれないし何よりも将来が不安だった。
何か対策を立てなければならない。思い立つことは何でもしたい。時間の余裕がないことの焦りがハンパなかった。Pythonの勉強をしたい。
しかし父の執拗な誘いに首を横に振るとこはできなかった。
このド田舎でもさらにド田舎の境地に車でガンガン坂を上っていく。
道の両脇がだんだん木々に覆われてくる。
川が傍らに流れているエリアで道の脇に小さい駐車場が佇んでいる。
そこに車を停め、釣り道具を持ち父とともに川へ向かう。
うっそうと繁った森のけもの道を下って行く。まだ昼過ぎなのにここだけ夜道のように薄暗い。心中何か引っかかったものを引きずりながら歩を進める。急に段差があったり横から飛び出てくる樹木や野放しになった背の丈ほどある草などが道を塞ぐ。険しく、体力と注意力を要するがその先には美しい川のほとりが待っている。進むにつれ雑草の汁の匂いが靴の周りにこびりつく。子供のころここで皆とよく遊んだな、そう呟くととどめの段差を飛び降りた瞬間足を止めた。
小さな滝から横一線に流れる川が栄作の前に広がるのだった。
その滝の中腹にある岩が出っ張った個所がある。
そこには人が2、3人入ることができる。
ごつごつした中腹をよじ登ってそこへ入り子供が3人順番にオリーブ色した滝つぼへ飛び込むのである。
ダイブして数秒後あたかも水泳選手がそうするように悠々と水面に上がってくる。が、どういうわけか鼻がつーんとする。これが楽しくて永久ループするのである。
ハッキリ言って今ではPTA案件になるほどの危険行為である。
さらにハッキリ言うとだから面白いのである。
その3人の中、ひとりだけ飛び込まないやつがいた。
二人で何度も飛び込み方の見本を見せてやる。
「父ちゃんが言ってた。自分には無理なことは無理とハッキリ言わんきゃならん。」
結局そいつは最後まで飛び込まなかった。
滝からわきあがる水しぶきから虹を拝めるくらい絵にかいたような夏のひと時である。
まわり岩だらけである。
滝の水気がここまでたちこめる様でいささかその湿気に一瞬むっとする。
晴れているし日中日が高い。
石の上を渡り歩き場所を決め竿先を川へ投げる。
しばし無言。
別に話すこともない。
ふと目に付くものがある。
水面に反射する太陽である。
『流れとともに揺らぎながら形を崩すことがない。』
なぜか栄作はそこに見入ってしまった。
1/fゆらぎのその奥に何か隠喩的なものを見た気がした。
『自分は時代の流れのほんの一滴にしか過ぎないのではないか。』
頬に一筋の汗がつたう。
覗いてはならない穴を見た気がした。いままでスルーしてきた人たち。そこにいくと自分ではなくなる。カタストロフィーのあとは無意味だけが残る。何かにすがりたくなる。
ただ、それを照らす光とは。
何も話さない時間が短く感じた。いつの間にか高かった日が夕日になる。父が手を挙げて合図をする。栄作たちは帰路へ立つことにした。帰りの車中も父と話さなかった。どういうわけか学生のころ聴いたバッハのヨハネ受難曲の一部が頭の中をリピート再生するのである。
―初めに、神が天と地を創造した。地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水のうえにあり、神の霊は水の上を動いていた。
そのとき、神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた。
神はその光をよしと見られた―
―旧約聖書 創世記 「1」
庭砂利をこする車の音が玄関前を濁らす。栄作のことを心配しているのか母が帰りを迎えに来た。そのいつもと変わらない母のそぶりが活動写真のように栄作の脳裏には映っていた。ただ母が何の気なしに首にぶら下げている十字架のペンダントが、彼の目を覚まさせる何かに代っていた。
―あなたは逃げるのですか?変えるのですか?
彼は絶望的にまで今日視た揺れる太陽と重なるのだった。
最後まで辛抱強く読んでくださりありがとうございます。この短編を読んで読者の方々がささやかなひと時を過ごしていただけたならばこれ幸いというこころです。時間の無駄ではなかったと言っていただけるのならばもっとこれ幸いであります。