佐藤が聴いたラジオ
一緒に昼食を食べようとファミレスで待ち合わせをしていた佐藤が、浮かない顔で現れた。
「おい、どうしたんだよ。具合わりーの? 熱中症?」
「ああ、いや……」
オレンジ色のソファに座るなり、佐藤はきょろきょろと辺りを見回し、しばらく何か言いかけては止め、口を開いては閉じる、ということを繰り返していた。
「なんだよ。まさか、来る途中、事故ったとか?」
挙動不審過ぎる彼の様子を見て、おれは不安になった。
佐藤は免許取り立ての大学一年生の時に、駐車場でしくじって派手に車を壊したことがある。もしかしたら、どこかに車をぶつけてしまったとか、そういうことなのかもしれない。
しかし、佐藤は首を振って苦笑いした。
「いや、大丈夫、そういうことじゃないよ。ないんだけど……ちょっと、変な体験したっていうか、なんつーか」
おれは胸をなでおろした。
「びっくりしたぁ。事故とかじゃないならいいよ。ってか、なんだよ、変な体験って。真昼間にお化けでも見た? 今、ちょうどお盆だし」
ふざけて言ったつもりだったが、佐藤はびくっと肩を震わせた。
「お化け……なのかな……ていうか、絶対、誰にも言うなよ」
そう言った彼は、おれの方に身を乗り出し、小声でこう言った。
「もしかして、おれ、異世界のラジオ、聞いちゃったかもしれない……」
はぁ? と思わず大声を出したおれに、佐藤は少しムッとした顔を向けた。
「ほら、お前、そうやっておれのことすぐバカにしてさぁ。違うんだよ、絶対、マジで聞いたんだから」
ムキになる彼の姿がなんだかおかしくて、おれは吹き出した。
佐藤とは中学から七年来の友人だが、生真面目なのにどこかボケた言動をするやつで、おれはそこが面白いと思っていた。とにかく、嘘をついたり悪ふざけをするような男ではない。佐藤がそう言うなら、少なくともそうなんだろう。
「わかった、わかったよ。とにかく話聞くよ。まずは注文しようぜ。あ、お前もドリンクバー頼めよ」
店員に、ハンバーグランチセット、ジャンバラヤセット、ドリンクバーの追加を頼んだところで、改めておれは佐藤に向き直った。
「で? 異世界のラジオってどんなんよ? エルフでも出てくんの?」
「またそうやってバカにしてさぁ」
佐藤は軽くおれをにらんだが、さっきよりだいぶ落ち着いていた。
「いや、そういう系の異世界じゃなくてさ、なんだっけ? 並行世界? 今と世界線が違う世界なんだと思うんだけど……」
「なにそれ。面白そう。来るとき車の中で聞いたってこと?」
うなずくと、佐藤はぽつぽつと話し出した。
「今日も、いつも通りのラジオつけてたんだけどさ、途中までは普通だったの。そしたら、CM終わった後になって、パーソナリティがさ、『さて、本日八月十五日はショウセン記念日ですね』って言ったのよ。
あれ? 今、ショウセンって言った? 終戦の聞き間違いだよね? って思ってたんだけど、続けてこう言うんだよ。
『今日は、七十年前に日本が戦争で勝利をおさめた記念すべき日、ということで、各地では、記念イベントが開かれていますね。明治神宮の花火大会も、皆さん楽しみにされてるんじゃないでしょうか』ってさ……
最初はおれも、ドッキリの企画か何かかと思ったんだけど、そもそもこの番組、そういう系じゃないし、普通の情報番組だし。
そのうち、都内の色んなとこでやってるお祭りの話とかし始めてさ。いや、お祭りは別にいいんだけど、今日は祝日だとか言っててさ。もう、なんだかおれ、わけわかんなくなっちゃってさぁ……終戦の日って、別に祝日じゃなかったよなぁ……?」
そこまで話してから、佐藤は大きく息を吐いた。
「はは……なんか、お前に話してたらバカバカしくなってきたな。勝戦記念日とか、あるわけないじゃんな。やっぱり、聞き間違いだったんだよ、うん――あ、おれ、まだ飲み物取ってきてないや。ちょっと取ってくる」
そう言って席を立った佐藤の後ろ姿を見ながら、おれは驚きのあまり、体を動かせないでいた。
聞き間違い。そうであって欲しい。
おれは、祈るような気持だった。背中に、つっと嫌な汗が流れている。
毎年、勝戦記念日の八月十五日は、佐藤といつも一緒だった。
中三の時は、祭りでかき氷を何杯食べられるか挑戦して、二人そろってお腹を壊したのも良い思い出だ。
去年は花火に行ってビールで乾杯し、お互い来年こそは彼女と来れるように頑張ろうぜと言い合った。
結局、今年も彼女ができなかったおれ達は、今日この後、一緒にどこの祭りに行くか相談するはずだったのに。
おれは、震える手でテーブルの上のスマホに触れた。LINEには、やり取りしたメッセージの記録があるはずだ。
「お待たせ。なんか、ここのファミレス、めっちゃ色んな種類のドリンクあるのな。ちょっと迷っちゃった」
青い液体が入ったグラスを持った佐藤が、笑顔で戻ってくる。ドキッとして、おれはスマホから手を引いた。
「あれっ。お前、顔色悪くない? えっ、何。今の話にビビッたとか? うそ、マジで? そんな怖い話じゃないじゃん」
佐藤はおかしそうに笑った。
おれも笑うべきかと思ったが、全く笑えない。つばを飲み込もうとしたが、口はカラカラに乾いていた。
目の前の佐藤は、おれの知っている佐藤じゃない。
佐藤に見えるが、七年一緒に過ごしてきた友人の佐藤じゃないのだ。
お前は一体、どこの世界の誰なんだ?