混線
いきなり激しい雨が降って来た夕暮れのことです。
その日は朝からずっと蒸し暑くて――あ、私はカーエアコンを入れっぱなしなので快適、っていうより、若干冷え過ぎ気味だったんですが――結構、乗車客がありまして、どのお客様も車内に入るとほっと息をつかれていたので緩めるわけにもいかず――
私は交通情報や緊急速報を聞くためにボリュームを下げて常にラジオをつけているんですが、その時県内に大雨注意報が発令されていました。
ただでさえ視界が曖昧になる夕暮れ時にワイパーが追い付かないほどの雨の勢いでさらに視界が悪くなって、どこかに停車して、雨をやり過ごそうと考えていました。
ですが、向こうから手を上げた男性が小走りに近寄って来るのが見えまして。
ドアを開けますと急いで乗り込んで来られて、早口で行先を告げました。
こんな雨の中、本心は嫌でたまりませんでしたが、私もプロです。
「かしこまりました」
返事してすぐ発進させました。
大雨の交通情報を聞き逃さないよう、ラジオはつけたままにしていました。
声や音楽などが車内に小さく流れていましたが、お客様からのクレームはなく安心しました。
番組の途中、アナウンサーがニュースを読み始めました。その途中いきなり、
ハハハ
大きな笑い声が聞えました。
笑いが起こるような内容でもないし、ましてやニュースの最中に笑うアナウンサーやパーソナリティもアシスタントも普通いません。
雑音がそう聞こえたのか、混線しているのか、いろいろ考えを巡らせていましたが、運転にも集中しなければいけません。何せ外は相変わらず土砂降りでしたから。
スイッチを切ろうかどうか迷っている間も、ハハハ、ハハハという笑い声が断続的に続き、ついにはハハハハハハハハハと言う笑い声だけで、他の声が聞こえて来なくなりました。
あ、これはおかしいやつだと気づきました。
ルームミラーでお客様を確かめると、向こうも引きつった表情で私を見ています。
「こ、混線してるんですかね。スイッチ切りますね」
ようやく手を伸ばし、私はラジオをオフにしました。
ですが、ラジオから笑い声は流れ続けます。
やっぱり。
たくさんのお客様を乗せたり、いろんなところを走っていると拾ってしまうことが多々あります。
やがてラジオからは、
おんまえだんよんなぁぁぁぁぎゅりいいぃぃぃぃぃ
何と言っているのかわからないのですが、人のような声と耳障りなノイズが流れ出しました。
つまみもひねってないのに、だんだんボリュームが大きくなってきます。
おんまえだんよんなぁぁぁぁぎゅりいいぃぃぃぃぃ
お客様に申し訳ないのですが、大雨の上にラジオの恐怖で、路肩に車を止めてしまいました。
「す、すみませんお客様、今しばらくお待ちいただけますか」
何とかラジオの声を止められないかとスイッチのオンオフを何度も切り替えしながら、後部座席を窺うと男性客は青い顔をしてがたがた震えています。
「俺じゃない、俺じゃない」
そうつぶやいているのが辛うじて聞えました。
「お客様? 大丈夫ですか?」
そう聞き終わらないうちに男性は勝手にドアを開けて雨の中に飛び出しました。
止める間も何もありませんでしたよ。
あっと思った時には走って来た乗用車に撥ね飛ばされて地面に叩きつけられていました。
大雨の中、救急や警察に通報し、事情聴取やらなんやらで、それからが大変でしたが、仕方ないですよね。さっさと目的地に向かっていれば、あんなことにはならなかったのに、途中停車してしまった私のせいなのですから――ものすごく責任を感じていました。
ですが、後から知った話なのですが、あの男性客、自分が思いを寄せていた女性の彼氏を面識がないのをいいことに通り魔を装って殺害していたそうです。
目撃者の証言と風体が一致したそうで――悪いことはできないと思いました。もしあの事故がなければあのまま逃げ切り、片思いが成就していたかもしれないのですから。
それからもタクシードライバーは続けていますよ。生活があるもんで。
ええ。あのような体験はあの時の一回きりです。
でも――あれはどこからの混線だったのでしょうか。
*
どこからの混線だったんでしょうか――なあんて言われても、ね? 長地さん、これやっぱ三通合わせて創作でしょ?
だめだよ、ディレクターこういうのぉ。うちは実際の恐怖体験を売りにしてんだからね。なによ、なに笑ってんの? 薄気味悪い顔して――
ねえ長地さん、うつむいてないであの人になんとか言ってよぉ。
長地さん? どうしたの? 長地さん?
な、なんなん白目剥いて――冗談やめ――
ちょっ、ちょっと思い出したんだけど――最初に言ってたボツったハガキ――ブースにいるの怖くなるとか何とか言ってたやつ――あれっていったい何が書いてあったの? ねっ、長地さんっ、ねえってばっ!