形見分け
「オレが死んだら形見にやるよ」
そう笑っていた友人、押尾拓斗が死んだ。
その日は残業で、遅い帰り道での車の事故だ。
右折する対向車と衝突したという。拓斗は軽自動車、相手はダンプカーで、遅い時間ということもあり、どちらもそこそこスピードが出ていて軽は大破した。
ダンプの運転手は、拓斗が悪質な煽り運転から逃げているようだったと供述した。
だが、拓斗の軽はドラレコが未設置のうえ、事故現場やその周辺の防犯カメラにも煽り運転されていたという証拠はまったく残っていなかった。
さらにこの運転手、運が悪いのか、ダンプにはドラレコが取り付けられていたものの故障中で起動しておらず、また夜も遅く、普段でも人通りの少ない道路での目撃者もない。
煽りを目撃したのは唯一運転手だけで、それもそのように見えたというだけで確信はなく、車種もナンバーも車体の色さえも覚えていない。
なので、
「煽り運転から必死で逃げていた軽自動車が、こちらに飛び込んできた」
という運転手の供述を警察はウソだと疑っている。
押尾夫妻は通夜に駆け付けた僕に泣きながらそう話してくれた。
棺を開けての別れを頑なに拒否された。それほど損傷がひどいのだろう。車体に挟み潰されていた身体には欠損部分が多々あるらしいと、参列者たちの会話を耳にした。
焼香を終え、挨拶に向かうと拓斗の母親が僕の手を取った。
「今まで仲良くしてくれてありがとう。それでね、隆二君に拓斗の物を形見分けしたいの。本当はもっと後にするべきものなんだけど、親友のあなたに気に入った物を先に譲ってあげたくて。きっとあなたなら拓斗の形見を大事にしてくれるだろうから――」
「おい、お前、急にそんなことを言われても隆二君も困るだろう。今夜だって急遽駆けつけてくれて――」
「あの――もしよろしかったらですが――」
僕は父親の言葉を遮り、頭を下げて頼み込んだ。
「拓斗が大事にしていた古いラジオを形見分けしていただけませんか? お祖父様の形見のラジオです。もちろん、おじさんたちにとっても大切なものだと重々承知の上で、無理にとは言いませんが――」
そう言いながら、溢れる涙を拭うことなく母親の手をぎゅっと握り返した。
「実は――言いにくいことなんですが――生前拓斗が、もし自分に何かあったら、そのラジオを譲る約束をしてくれていたんです。僕がアンティークラジオをコレクションしてるのを知ってくれていて――まさか、すぐこんなことになるなんて――だから無理ならいいんです。ただの口約束だったし――」
「何を言ってるの。わたしたちは構わないわよ。他ならぬ隆二君だもの。ね、あなた」
母親は夫を振り返った。
「そうだよ。形見分けはこちらから言い出したんだし、なにも遠慮することはない。それに拓斗が約束したことならあの子もきっと本望だよ」
「ありがとうございます。ありがとうございます。拓斗だと思って大事にします」
低く頭を下げ、今にも泣き崩れそうな僕の身体を押尾夫妻が両側から抱き留め、そして一緒に泣いた。
帰宅した僕は拓斗の部屋から持参した風呂敷包みを前に置いて床に座り込んだ。
ふうと大きく息を吐き、包みを解く。
布がはらりと広がり、中から喉から手が出るほど欲しかったアンティークのラジオが出てきた。
戦前のものだろうか、優雅に流れる木目のある四角い箱。大きく丸みの帯びた角やいい色に退色したスピーカー部の布地。スイッチやチューナーのつまみも細かな装飾が施され、古風な字体の目盛や針も剥離、破損なく当時のまま残っていて、レトロ大好きな僕の胸はワクワクした。
拓斗は壊れて鳴らないから価値がないと言っていたが、お祖父さんの形見だからと大事にしていた。僕もそんなことは気にならない。なかなか見つけられなかったものが手に入ったのだから。
それにしてもあちこち探して見つからなかったものを拓斗の部屋で見つけた時は心臓が爆発しそうだった。
何でもするから譲ってほしいと頼んだが、いつも気前のいい拓斗もさすがに首を縦に振らなかった。自分を可愛がってくれたお祖父さんの形見だからって。
僕みたいにコレクションしているわけでもないくせにと言う不満が顔に出ていたのだろう。
拓斗は半ば呆れた表情で笑いながら言った。
「オレが死んだら形見にやるよ」
だけど、死なせるつもりはなかった。腹いせにちょっと困らせてやろうと思っただけだ。ただ、引き際を間違えたのだ。
しまったと思った時は遅く、早々にあの場から逃げ帰ったので、拓斗がどうなったのかは通夜の連絡が来るまで知らなかった。きっと僕の仕業だとすぐばれると思っていた。だからせっかく拓斗が死んでもラジオは手に入らないとあきらめてもいた。運よくばれなかったとしても、ラジオを形見にもらえるかどうかもわからなかったし。
それがどうだ。
事故の件もラジオの件もすべて僕の都合のいいようになった。
「ありがとう拓斗。やっぱ親友だな」
ラジオに微笑みながら話しかけていると、スピーカーからザザザと微かなノイズが聞こえてきた。
スイッチをつまむと入った状態になっていた。
壊れているといってたのに――
いや、それ以前の問題だ。茶色に変色した電気コードはコンセントにつないでいない。
ザザザ――ピィィィ――ガガガザザァァァ――
褪せたスピーカーから出てくるノイズが次第に大きくなり、その音に紛れて「隆二、隆二」と呼びかける声がした。
「隆二、お前だよな。隆二」
チューニングしているかのように勝手に針が上下に動く。次第にノイズが消え、はっきり声が聞こえた。
「オレを殺したの、お前だよな」
「ち、違う。こ、殺すつもりなんてなかった」
「おんまえだんよんなぁぁぁぁ」
ぎゅりいいいいぃぃ
捩れた声と耳障りなノイズが鳴り響く。
「違う、違う」
スピーカーの布からじわりと赤い液体が滲み出し、とろとろと滴り落ちて床に血溜まりを作っていく。
ラジオからピンと何かが弾け飛んだ。背板を止めているネジだ。一つまた一つと勝手に外れていく。
「おんまえだんよんなぁぁぁぁ」
ぎゅりりいいぃぃぃぃ
背板と本体が同時に倒れた。
中にあったのは、白い目で僕を睨みつける拓斗の生首だった。
*
「え? これ実話? 創作だよね? ディレクターさん、このメール選んだの誰? 『ラヂオ聞く怪?』のルールは実際の恐怖体験ですからね」
「ミナトくん、そんなことはリスナーさんたち、百も承知ですよ。だから正真正銘、実話かもしれませんよ」
「えー? そんなの信じられないなぁ――ま、いいかぁ。
じゃ、三通目――」