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第七話 伸びのついでに見る先には

 僕の通う私立高校は理数系を得意とした、それなりに人気がある進学校だ。

 人気のの理由を一つをあげるとするならば、通常の教育カリキュラムだけではなく、先進的な技術について手厚いサポートがあることだ。

 大学で学ぶような知識でさえも、やる気さえあれば学ぶことが可能。

 他校ではなかなかお目にかかることができない特殊な教育方針は、進学を志す家庭においては魅力的なのだ。

 特に昨今話題となっている量子コンピュータ関連の教育。

 ここに対しては学校自体も力を入れいる。


 今から10年以上前になる。

 2030年12月。全ての力を統一した理論である『万物の理論』が完成した。

 理論の完成によって、この宇宙を統べる物理法則の全てを掌握する目処がついた事を、科学専門誌が発表した。

 西暦2000年初頭、この理論が完成するまでには数百年かかるだろうと言われていたらしいが、予想していたよりも随分と早く完成したことに、各メディアではこの科学的大発見を煽り立てた。


  『人類はこの世界のすべてを理解した!』


  『ついに神の領域に到達!』


 メディアに影響された人々は一種の熱狂的なお祭り騒ぎとなったそうだ。

 だがその技術がどれほど人類にとって重大なものであるか、役に立つものであるか、ほとんどの人は理解できてはいなかったという。

 しかしそんなことは大した問題とならない。

 パソコンの内部構造を知らなくてもパソコンは使えるし、ナビゲーションシステムが相対性理論を使っているものだと知らなくてもカーナビは使える。

 一般の人達にとっては小難しい話はどうでもいいのだ。

 ただ『神の領域』という響きが人智を超越した何かとてつもないモノのように聞こえ、それに熱狂しただけに過ぎない、僕にはそう思えていた。





 午後6時半前。やっとのことで外周走り込みと片付けが終わった。

 予定していたよりは早く終わったことで安堵の息が漏れる。


 「んっ!!」


 部室前の通路で体をほぐすように、大きく両手をあげた。

 血がドクンドクンと腕や肩に流れ込むのを強く感じる。


 僕はその姿勢のままあたりを見まわした。

 この時間では校内にはもうほとんど生徒はいないはずだ。

 だが部室がいくつも並ぶ通路の先の広場、そこで僕の視線は止まった。

 異様とも言える凛とした雰囲気を漂わせる生徒がいるのをみつけたからだ。

 その生徒はコンクリートでできた簡易なベンチに座っている。

 見間違うはずがない存在感。 

 本多莉々奈さんだ。


 僕が2年に進級した直後に同じクラスに転入してきた彼女。

 クラス内外問わず、男子だけでなく女子も大騒ぎしていたのをよく覚えている。

 僕は今まで彼女とまともに話をしたことはない。というより話す用事もない。


 伸びのついでという言い訳を作りだし、ちらりと彼女を横目で覗く。

 特段何をしている風でもない。膝の上に置いた本をなんとなしに眺め俯いていた。

 こんな時間にこのような場所で何をしているのだろう? もしかしたら恋人を待っているとか……? いや、告白のために呼び出されたとか?

 などと僕は頭の中で勝手に想像を膨ませた。


 彼女の長い黒髪は、電灯の光の反射により少しだけ白っぽくみえた。

 相変わらず背筋をシャンっと伸ばし座っている。その姿は一日の疲れなど全く感じさせない。

 その立ち居振る舞いやスタイル、顔の造形。その美貌は雑誌モデルや芸能界でも活躍できるであろう、万人受けするルックスだと思う。

 こうやって遠目で見ても、たしかに男なら、いや女でもだ。

 一度見たら忘れられなくなるのも仕方ない魅力がある。

 それに加え、嫌味のない周りへの気遣いもできるという噂だ。

 当然生徒だけではなく教師の心すら鷲掴みにしているらしく、あのイケメン教師の山中先生でさえ、彼女のことはお気に入りの様子だった。


 上条や大澤には曖昧に答えたが、学校内で一番美しい女子は、間違いなく本多さんだと僕は思っていた。

 ただ本多さんの場合は、比べる相手がいないという言い方のほうが正しいかもしれない。

 僕も男である以上、彼女に異性としての興味がないわけではない。

 ただこれほどまでにルックスレベルの高い女性に対しては、どう接したらよいのかすらわからない。


 彼女はいわゆる恋愛勝ち組だろう。

 僕のようにどこにでもいるありふれた男。華もない人生を送ってきた男。とは違う人生を歩んできたのだろう。

 彼女を見ていると、自分とは住む世界が違う人間なのだと感じてしまう。


 僕は彼女から視線をはずした。

 横目で覗いているとはいえ、あまり長いこと見ていたらバレてしまう。

 腕を下ろし体の向きを変えた。そして部室に戻ろうとしたその時だった。

 一瞬、視界の端に彼女がこちらを見て微笑んだように感じた。

 僕は咄嗟に視線を戻す。

 だが彼女はこちらを見ている風はなく、先ほどと同じく俯いた姿勢のまま姿勢よく座っているだけだった。


 気のせいだとはわかっていてもこっそりと見ていたことも相まって、僕の心拍数は跳ね上がっていた。

 かぁっと体温が上がり脇から汗が滲んできた。

 彼女に対しての妄想を膨らませたことを後悔しながら、そそくさと部室に入り帰り支度を始めた。


 彼女を見るといつも感じていたあの違和感はこの時の僕は感じていなかった。


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