第二話 年頃男子の会話と言ったら
「あ~、だっりぃ……。まだ午後もあんのかよぉ」
「メシ行こうぜ! メシっ!」
午前の授業終了を告げるチャイムと共に、一時的な解放感を味わう声がいくつも聞こえた。ガタガタと席から立ち上がる生徒たちは、各自仲の良い人達とお昼ご飯の準備をはじめている。
弁当を持ってきている者。食堂で食べる者。様々だ。
ひとり暮らしをしている僕は、学校に来ている日は食堂で済ますことが多い。もしくは購買でパンを買って簡単に済ます。
「生人、今日はどうすんよ」
さらりとした茶髪をなびかせ上条がやってきた。いつも誘いに来てくれる彼は見た目の割に案外面倒見がいい。
「食堂でもいいし購買で買って食べるでも。どっちでもいいよ」
曖昧に答えると上条の背後から首に腕を巻き付け飛び込んできたやつがいた。
「あいっかわらず、優・柔・不・断! そんなんじゃモテないわよ」
気持ち悪いおねぇ言葉でなじってきたのは大澤。彼は黒髪短髪で体格も良く上背がある。外見だけ見れば一見スポーツマンっぽいが、特に部活はやっていない。彼曰く「バイトのほうが効率的」なのだそうだ。
「じゃあ、食堂に行こうか」
僕は席から立ち上がり言った。しかし彼らはまさにその言葉を待ってましたという視線を向ける。
「あ~、勝手に決めたぁ! 生人ってほんと身勝手だよな!」
「アタシは外で食べたかったのにっ! もうっ!」
口を揃えて文句を言い出す二人。事前に打合せでもしていたかのようなコンビネーションだ。
「……じゃあ、買って外で食べるでもいいけど」
どうするかと聞かれたから答えたのに、身勝手とは随分な言われようだ。少し拗ねた口調で僕は言うと、またしても彼らはニヤリと口元をゆがめた。
「そうやってすぐ意見かえるのって、俺、どうかと思うんだよ」
「いつもお前に振り回されてるんだよ。自覚しろ自覚」
そう言いながらも僕たちは自然と横に一列に並び、食堂に脚は向いていた。
僕たちのいつものくだらないやり取りだ。
食堂は毎日ひちゃかめっちゃかに混んでいる。高校生という世代にとって(特に男子にとって)の食事とは、ただのエネルギー摂取のようなものだ。
とっとと食べて昼休みの貴重な時間を自由に謳歌する。
だから食堂に来ている男子生徒の入れ替わりは激しい。
僕達3人も一緒に食べには行くものの、食事中はほとんど会話をしない。
目の前のエネルギーにがっつくだけだ。
今日も同じようにエネルギー摂取をしていると、男子生徒がやたらと食堂に居座っていることにふと気づいた。
「今日、なんだか男子多いね」
「ああ。たぶん……あれだろ」
上条が箸で指した方をみやると、女子が4人で食事をしていた。
女子は男子と違い、食事時間を友人とのコミュニケーションの場にしていることが多い。
「いや、それだけじゃねぇよ。あっち見てみろ」
といって大澤も箸で指し示した。
上条はぱっと後ろを振り向いた。
「お~、なるほどね。納得納得」
そこにも女子が3人、1テーブルに集まって食事をしていた。
黒髪の女子がそこにいた。瞬間、僕は眩暈がした。
目から吸収された視覚情報が直接脳を揺らすような感覚。
「生人。今日の食堂の選択は大正解だ。よくやったぞ」
大澤ははっきりとした声で随分と上から誉めてくれた。
その声ではっと我に返った。
「……あ、ありがとう」
僕は薄味の味噌汁を飲んだ。すこし気を取り直した。
彼らが見つけた彼女達は、学校内でも可愛いと評判の女子だった。
上条も大澤も気になって仕方ないのだろう。やたらと彼女等をちらりちらりと横目で見ている。
確かに美しいものに目を奪われるのは仕方がないと思う。
だが学生である僕らは普段学校内にいて、彼女たちを目にする機会はいくらでもある。決してこの食堂だけではないのだ。
食堂で一緒になった事がそれほど気になることなのだろうか? と考えていた僕を察してか、大澤がぼそりつぶやいた。
「食事してる女子ってなんだかエロいんだよなぁ」
――いや、それはないだろ……。
大澤は恍惚に浸るような顔つきで女子を見ていた。
若干引きつつ、僕は答える。
「そ、そう……? エロいってどこらへんが……」
「わかるっ! 大澤! それわかるわっ!」
言いかけた僕にかぶせるように上条が賛同した。
上条の答えに満足したのだろう。大澤は腕を組んでやけに納得した顔でうなずいた。
二人の意気投合に唖然とする僕。そんな僕にかまわず彼らは、食事をとる女子のエロティシズム論に花を咲かせ始めた。
お互いの熱い思いを交換しう二人は本当に楽しそうだ。
――男ってバカだなぁ。
そう心の中で呟いて、男子の欲情をさらけ出す彼らとは違うという優越感に浸ろうとした僕だったが、残念。体は正直だった。無意識に黒髪の彼女をちらりとみていた。
左手で長い黒髪をかきあげながら、箸をきれいに使い食事を口に運ぶのが見えた。
小さく艶やかな唇がゆっくりと開いて、閉じた。
運び込まれた食事を咀嚼する彼女は、こくりと頷き目を細める。
きっと会話を楽しみながら食事をしている。ただそれだけの事なのに、それがいやに魅惑的だった。
大澤に同意するわけではないが、悔しいかなその姿に一瞬魅入ってしまっっていた。
我に返ると、何か言いたげな大澤と上条がニヤニヤと笑みを浮かべ僕を見ていた。
ああ。僕も男の性には逆らえないようだ。