症状1. 無限大な夢の後の何もない世の中
「理想を抱いて溺死する」
憧れのミュージシャンを真似するのはいい。
宇宙飛行士を目指すのも悪くない。
ただし異世界転生、テメーはダメだ。
ファンタジーやSFの作品は昔から存在したが、技術的な未熟さもあって人々の認識を狂わせるほどの力はなかった。
しかし表現技術は驚異的な進歩を遂げ、異世界アニメやゲームの映像は現実を侵食するほどに達した。
その結果起きたのが、『理想の肥大化』だ。
厨二病の最も危険な点は、この『理想と現実の剥離』にある。
ギャップが大きいほど人は理想に引き付けられるが、同時に現実に対して落胆することになる。
物質的な世界には限界があり、何人も物理法則を超えることはない。
世界一足が速いウサイン・ボルトでも、最高記録は100メートル9.58秒。
確かに俊足だが、その速度は一般人の2倍にも達していない。
一方で空想世界の住人には限界がない。
音速で走るサイボーグもいれば、光速で殴る黄金の闘士もいる。
どこぞの猫型ロボットに至っては瞬間移動すら可能。
このような人物がたびたび登場する異世界作品を見続けていれば、私達の認識はどうなってしまうのか?
そう、『異世界の基準』に合わせられてしまうのだ。
理想:転生時に神様からもらったスキルで無双する俺
現実:何年も地道に鍛錬を重ねてスコアを0.1秒短縮したアスリート
理想:偶然助けたらベタ惚れされた、忠実で容姿端麗な女奴隷
現実:ヒステリー持ちで浪費癖があり、顔の皺を気にしている年上の彼女
理想:チートスキル一発解決、大衆に驚嘆、王様に賞賛されるクエスト
現実:客先を回っては断られる、難解で正解がない仕事
どちらの方が魅力的かは言うまでもない。
現実はクソゲーで、なろうファンタジーは楽園だ。
スーパーマンの活躍に慣れてしまえば、テレビに出演する程度の有名人からはたいした魅力を感じなくなる。
48人の美少女アイドルだって、アニメの姫様に比べればトロール。
対人関係が面倒な会社より、高レベルモンスターを狩るだけで評価されるギルドのほうがいい。
愛読の異世界漫画を閉じたら、ぜひ自分の周囲を見渡してみてほしい。
尊敬できる人はいるだろうか?
惹かれる異性は?
やりがいのある仕事は?
もしも思いつかないのであれば、貴方は無限大な夢に溺れている。
「現実の貴方は、正義の味方ではない」
<つづく>