治療4. 健全なスキルは健全な身体に宿る
「チートスキルってのは、なんという臓器に宿ってるんだい?」
なろう小説に登場する神様やギルドは特殊なスキルを転移者に授けるが、そこにまず違和感を感じなければいけない。
異世界とはいっても、そこで活動するのは骨と肉で出来た生身の人間だ。
剣を振るうにしても、不思議な踊りを舞うにしても、身体を動かすのは脳と神経、筋肉以外にあり得ない。
だとしたら、それらのスキルは君の『肉体』に宿っているはず。
例えば、君は『日本語』というスキルを既に習得している。
でなければ、日本語で書かれたこの文章を理解できないのだから。
スリランカ人やウルグアイ人は日本語を読解できないが、日本で生まれ育った君は文字を書いたり流暢に話したりすることが可能だ。
まさに君が『日本語』というスキルをマスターしている証拠だ。
では、君はどうやってそのスキルを身に付けたのだろうか?
ジパングに転生した際のボーナスとして、現地の言語の翻訳機能を追加されたのか?
それとも未来の秘密道具である翻訳コンニャクを食べたのか?
そうではないだろう。
最初は親を真似し、保育園や小学校に通って教師、友人から日本語を学んだはず。
ひらがな、カタカナ、漢字の書き取りを何年も続け、その動きを指に覚えさせたはず。
何度も発声練習を繰り返し、その音を喉と腹に覚えさせたはず。
そのスキルがインプットされているのは君の脳髄や筋肉であって、怪しげなステータスボックスではない。
かつての君は、たったひとつの細胞、『受精卵』でしかなかった。
だがそれは母親の胎内で分裂を繰り返し、様々な臓器を作り出した結果、血流や呼吸といった能力を次々と獲得していった。
出産後には認知と対話を覚え、やがてハイハイのスキルは二足歩行に進化した。
今の君は『37兆個』の細胞の集合体だ。
それらが有機的に結びつき、脳の信号に従って一斉に動くことにより活動している。
そして、活動の中でも「訓練や学習によって培われた高度な能力」が、一般的にはスキルと呼ばれている。
だから、肉体に依存しないスキルなどあり得ない。
肉体の成長を伴わずに、新しいスキルを獲得することもあり得ない。
異世界の管理者がいかに超常の力を持っていようと、君にスキルを授けることはできない。
その魔法や技術を構築する情報が、君の細胞に宿っていないからだ。
仮に時空が歪んで異世界に転移できたとしても、烈海王や空手バカのように素手で異界の怪物と渡り合うしかないだろう。
もしも地球人の君に異世界のスキルを押し込もうと思ったら、頭蓋から脳を取り出して別のものに入れ替えることになる。
そうやって外科手術な手法で作られたスキルホルダーは、果たして元の日本人と同一人物なのだろうか?
チートスキルで無双する漫画にハマるのは、学生時代に勉強が苦手だったか、あるいは大人になって学習を止めてしまった人が多い。
自分の頭や手足を使って学ぶことを忘れてしまったから、カット&ペーストで追加された異物に違和感を覚えないのだ。
解決法は単純だ。
もう一度学生に戻ったつもりで、一生懸命勉強してみればいい。
外国語でも、プログラミングでもいい。
身体を動かすのが好きなら、楽器やスポーツでもいい。
脳と筋肉をフル動員して新しいことを学習すれば、誰でもわかるはずだ。
努力せずに得られるスキルなど存在しない。
「本当の力は、既に君の中にある」