森のクマは………聖女様?!
「アンタ、知ってるかい?」
「なんですか?」
親切そうに話しかけてきたのは宿屋も営む食事処の女将さんだった。
「町を出たところにちょっと不気味な感じの森があるだろう?」
「ああ、ありましたね」
「その森にはクマが出るんだよ」
「クマ、ですか?」
「そうさ。とても恐ろしいクマが出るんだよ。だから、絶対に近寄っちゃいけないよ。いいかい?」
大袈裟過ぎる感じもしたが、これも自分を気づかっての事だろうと礼を述べる。
「ありがとう、女将さん」
「なに、たいしたことないよ。けれど、本当に近寄っちゃいけないよ」
念を押すように言われて、流石にうっとうしくなって相づちを返すだけにしておいた。
頷いた事を確認した女将さんはニカッと笑うと、新たな旅人を見つけて話しかけに行く。漏れ聞こえてくる言葉を拾うと、どうやら同じ内容を話して聞かせているらしい。なんとも押し売りの親切なのだろうか。他にもちらりと視線を向けると、女将さんをちょっと呆れたように見つめるいくつもの目と目があった。表情から自分と同じ話を聞かされたのだと分かる。そして注文した料理がいっこうに届かないのも同じらしい。
翌日。
好奇心に負けて森に入ったら、クマに出会った。
「わたしは、聖女ではありません。憩いの宿カリの娘でもありません」
目の前の少女は見ず知らずの、初対面の相手に自分の事情を叫んでいた。
こちらが問いかけたわけでもないのに、聞いてもいないことをペラペラと叫んでいる。
錯乱状態であることは見てとれた。まあ、だからこそこんなにも秘密にしなければならないようなことも話しているのだろうけれど。
「わたしは聖水は作れません。治癒魔法も使えません」
否定の言葉を使っているけれど、いかにも嘘くさい。嘘をついていると丸わかりの言い方だった。
「聖水は500本もありません」
おー、まじですか。聖水一本作るにも何日もかかると聞いたことあるけれど、500本も作れるということは相当力のある聖女様なんだな。
んー? だから、目の下に真っ黒なクマが出来たのか? なんか納得。
「わたしは掃除が出来ます。歌も上手いです」
聖女様が話すのを放っておいたら、何だか話の内容が怪しくなり始めた。
流石に可哀想になってきて、そっとその場を離れることにした。
確かにクマに出会った。
女将さんの言うとおりそっとしておかなければならないクマに。