村長登場
ドアを開けると、家の前に四、五人ほどの男が群がっていた。
そのうちの一人は魔術師のように見える。
茶色のローブを着込み、身長二メートルほどの大型ゴーレムを従えていた。
あんなもん連れて村の中練り歩いてんのか。
魔力の無駄でしかないな。
限りある資源は大切にしろ。
「どちらさんで?」
俺が聞くと、中央にいた太った中年の男がずいと前に出る。
それにしても偉そうな顔してんなこいつ。
ヒゲなしでこんな偉そうな顔ができるのはある種の才能な気がする。
「俺がこの村の村長だ!ここに引っ越してきておいて、おれになんのあいさつもなしとはどういうつもりだ?」
ああ、こいつが例の村長か。なんかそんな気したわ。
もうちょっと状況を把握してから顔を合わせようと思ってたんだが、予定が狂ったな。
まさか向こうから俺の家に来るとは。
ずいぶんと気が短いらしい。
「それは失礼。これから伺おうと思ってたんですよ」
「フン、怪しいもんだ。で、お前は何者だ?」
「トールと言います。しがない元公務員ですよ」
俺の職歴を聞いて大したことないと思ったのか、村長は鼻を鳴らすと偉そうな口調で続ける。
「まぁお前が誰かなんてどうでもいい」
なら聞くな。
「俺が聞きたいのは、なぜお前の家からそのガキどもが出てきたのかってことだ」
村長は俺の後ろにいる二人を指差す。
ドアを開けたまま立っているために、俺の後ろに立っていたソアレとルナが見えていたようだ。
最初からこっちが目的でここに来たようだな。
やはり今朝の移動はだれかにみられていたらしい。
「子供がお腹を空かせていたので、食事を与えてだけです。大人としては当然でしょう」
「何が大人だ。おめえだってガキのくせに」
そういやそうでした。
いまだにじぶんのからだが十代だってことを忘れそうになる。
「まあなんにせよ、そのガキどもには関わるな」
「そりゃまたなんで」
「決まってんだろ!そいつらはあ半人だ!薄汚い獣人の血が入った奴らなんぞ、野垂れ死にがお似合いなんだよ!」
「はあ、さようで」
人種差別意識ってのはやっぱりピンとこねえな。
俺が現代日本生まれだからってのはあるだろうけど。
「それにそいつらがあの家にいなかったら、俺は明日からウサ晴らしに誰をいたぶればいいんだよ。なあ?」
村長はいやらしい笑みを浮かべながら、俺の後ろにいる二人に視線を向ける。
目があったのか、後ろから「ひっ」と短い悲鳴が聞こえた。
色々とツッコミどころはあるが、要するにおもちゃを取り上げられた子供が駄々をこねているだけだな。
「……嫌だと言ったら?」
俺がそう聞くと、村長は後ろに立っていた茶色いローブを着た男に合図をする。
「おい、やれ」
村長が合図をすると、腰巾着らしき魔術師が俺の家を指差す。
するとその横に立っていたゴーレムが俺の家にむかってドスドスと歩き出す。
おい、まさか……?
「ちょ、ちょっと待……」
止めようとしたが、遅かった。
俺の目の前で、玄関横にある俺の家の出窓がゴーレムの巨腕によってぶち破られる。
俺が唖然とした顔で破壊された家の壁を見ていると、村長はニヤニヤしながら言う。
「こういうことになる。わかったか?もちろん村の奴らにもお前に何も売らないように命令してやるからな。逆らったらその店は取り壊しだ。この村で俺に逆らうってのはそういうことなんだよ」
「……おい、オッサン」
「お、オッサンだと?」
俺の口調が急に変わったのことに驚いたようだが、こっちはそれどころではない。
大事な家が、建てたばかりの新築が、目の前で傷物にされたのだ。
これが冷静でいられるか。
「俺が働いて貯めた金で建てた、理想の家に、何してくれてんだ……?」
言いながら右手を強く握りしめ、手の甲に魔力を集中させていく。
俺の魔力の動きに合わせて、周りの空気が渦を巻き始めた。
「な、なんだ、このデタラメな魔力は!?」
「こいつ、ただの元役人じゃねえのかよ!?」
村長の取り巻き共が慌てふためいているが、どうでもいい。
まっとうな大人として話し合いで解決してやろうと思っていたのだが、もうそんな気は失せた。
俺の大事な生活拠点に手を出した以上、こいつらは敵だ。
俺が決めた。今決めた。
「ざっっっっけんな!!」
俺は我が家に攻撃を加えやがったゴーレムに、力任せに拳を叩き込んだ。
凄まじい音をたてて、石と土のブロックでできた頑丈そうなゴーレムの土手っ腹に大穴が空く。
そのままゴーレムはバランスを崩し、ガラガラと崩れてただの石の山に戻っていった。
「ば、馬鹿な!!私が作ったゴーレムだぞ、素手で破壊できるわけが……」
魔術師は狼狽えているが、こんな魔法障壁も物質硬化も施してない、石くれを動かしてるだけのゴーレムにどれほどの自信があったのか。
そりゃ質量差を考えれば普通の素手で壊すのは無理だろうけど。
んなことはどうでもいい。
こいつは俺の生活場所を派手にぶっ壊してくれやがった。
それが問題だ。それだけが問題だ。
「覚悟しろ。俺の家に手を出したらどうなるか、きっちり教え込んでやる」




