たのしい(?)おふろ
「うちに来れば、少しはマシな寝床と飯は用意してやれる。お前らが嫌じゃなきゃ住んでも良い」
別に俺は人種差別をこの世界からなくそうなんて大層なことをするつもりはない。
隣家で子供がボロボロの格好で飢えているのを放っといて悠々自適に過ごせるほど図太くないというだけだ。
しばらく何も返事をしなかった二人だが、ルナのほうがおずおずと口を開く。
「い、いいん、ですか……?」
「別に金には困ってないからな。子供二人くらいならなんとでもなる」
「そうじゃなくて、その……」
ルナはしばらく言いよどんだ後、つっかえながらも尋ねてくる。
「その、わたしたち、半人です。半人だから、村の人はみんな、わたしたちが嫌いです。それでも、いいんですか?」
「みんなじゃねえよ。少なくとも俺は別に獣人も半人も嫌いじゃない」
俺が嫌いなのは俺の生活を邪魔するやつと、食い物を粗末にするやつだ。
大体『みんな』なんて存在はこの世に実在しない。
今度はソアレの方が俺をにらみながら口を開く。
「……しんじられない。ぱぱでもないのに、人間がやさしくするわけない」
ああ、人間は父親の方だったか。
でもまあ普通の反応だな。
これまで散々迫害してきた人間をあっさり信用できるようになるわけがない。
「別にやさしくしてるわけじゃない。近所で子供が死ぬと気分が良くないってだけだ」
「……」
ソアレはそのまま俺をしばらくじっと見ていたが、そのうちふいっと目をそらす。
まだ納得はしていないようだが、このまま二人でいてもどうしようもないってことは自分でもわかっているようだ。
「じゃ、行くか。何か持っていくものは?」
「な、ないです。おねえちゃんは?」
「……ん」
特に無いようなので、ボロをまとった二人を連れて家を出る。
ボロを着た子供二人を連れ歩く目付きの悪い男……。
日本だったら確実に通報されてたな。
まあ実際のところ誰かに見られていたかもしれんが、俺が二人を家に入れたことはいずれ知られることだ。
何か起こったらその時に考えればいい。
というわけで、二人を自宅まで連れてきた。
二人はもの珍しそうに、家の中をキョロキョロ見渡している。
……新築の家にボロボロの格好をした子供がいると、汚れているのが余計はっきり見えるな。
「さて、とりあえず風呂にでも入るか」
「お風呂、ですか?」
「二人ともだいぶ汚れてるからな。体を洗ってからじゃないとゆっくりできないだろ」
「で、でも、お風呂なんて、そんな贅沢は……」
「子供がいらん心配をするな。汚れてると俺が気になるんだよ」
というわけで、二人を風呂に入れてやった。
二人の体を洗ってやるだけなので、俺は服を着たままだ。
体は十代後半にまで若返っているが、中身はもう四十に差し掛かろうかというおっさんだ。
初対面の子供の裸を見たところでなんとも思わん。犬猫を洗ってるようなもんだ。
……いや、ほんとだって。
二人の体は基本的に人間の子供と同じなのだが、獣の耳としっぽがある。
普通の獣人は全身が毛で覆われているので、このように人間の体に獣の耳と尻尾というのが半人の証だ。
風呂に入れてやっている間も、相変わらずソアレはほとんど無反応で、ルナの方はオドオドしっぱなしだった。
ただソアレは頭を触られることに強い拒絶を示したので、頭を洗うのはルナにやってもらうことにした。
風呂から上がって体と尻尾をタオルで拭いてやる。
体を拭いている間も、頭さえ触ろうとしなければソアレは無反応だった。
「痛かったら言えよ?」
「……」
相変わらず返事がない。
普通の犬猫の体を洗ってやってるときでも、もうちょっと反応すると思うぞ。
耳を隠すための布をかぶっている時は気づかなかったが、この二人は双子の割には髪の色がぜんぜん違うことがわかった。
まずソアレはオレンジに近い茶で、耳と尻尾も同じ色だ。
そしてソアレは向かって右側の獣耳が少し欠けていた。
多分村長あたりにやられたんだろうな。
頭を触られるのを極端に嫌がっていたのは、これが原因か。
頭を拭くのもあとでルナにやってもらうことにしよう。
「じゃあ、次はルナ。拭いてやるからこっちこい」
「は、はい。すみません」
ルナの髪は青みがかったグレーだ。
ソアレより少し長めだが、栄養が足りていないせいか、かなり荒れているようだ。
耳と尻尾も髪と同じ色だが、ソアレと違って耳が欠けたりはしていない。
そして二人の体を拭き終わって気づいたが、着せる服がない。
他に着せられそうなものもなかったので、自分のシャツを着せておいた。
体格差があるのでシャツがワンピースみたいになっている。
一瞬『彼シャツ』とかいう単語を頭をよぎった気がするが気のせいだ。
俺はロリコンではない。断じてない。
「悪いな。服は今度買ってやるから、今はそれで我慢してくれ」
「い、いえそんな……。こんなきれいな服、初めてです」
割と着古してるシャツなんだがな、それ。
物心ついた頃には既にまともな生活を送れなくなっていたらしい。
どうやら父親がいなくなったのは、二人がずいぶん小さかった頃のようだ。
「よし。そろそろ昼になるし、なんか食うか」




