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竜の乙女は悪役令嬢になることに決めました。  作者: 喜楽直人
第2章 公爵令嬢 リリィディア・ラモント
9/20

2ー5 紅い鱗の真実(中編)

いつも読みに来て下さってありがとうございますv



「リリィ、という竜の最後に繋がるものを探している。その竜は胎に仔を抱えていた。いまから14年ほど前になる」

 最後? ということは、そのお腹の赤ちゃんも一緒になくなってしまったのだろうか。事件か事故かは知らないけれど、なんとも痛ましい話だ。

「仔は産まれている。それは判っている」

 わたくしの表情が曇ったからか、光翼の神竜様が教えてくれる。赤ん坊だけでも元気に生まれてきたなら良かった。

「そうなのですか。よかった」

 そう喜ぶわたくしを、神竜様はじぃっと見つめる。

「…いえ、残念ながら御子様に繋がりそうなことは何も。といいますか、亡くなられた母竜様に繋がる手掛かりも持っておりません。申し訳ありません」

 わたくしは再び頭を下げた。お役に立てそうにもないのが残念でならない。

「…14年前だ、リリィディア。本当に倒された竜に覚えはないか?」

 ハッとして下げていた頭を上げる。

「そんな…そんな馬鹿なこと……」

 おとうさまが倒した竜が、その母竜?

 でも確かに竜を倒したのは…いいえ、そんな。お腹に赤ん坊のいる竜を、おとうさまが? そんな…。

「リリィディア、お前の身近な存在に、竜を倒した者がいるな?」

 その言葉に、全身が震えた。聞かれたくなかった。それでも、嘘だけは吐けない。

「……はい。確かに。…14年ほど、昔になります」

 あぁ、あぁ! 確かに時期まで合うのだ。なんということ。

「リリィディア、お前はいま幾つになる?」

「はい、お陰様で14となりました」

 突然、どうしたのだろう。わたくしの年齢がどう関係を?

「そうか。ではやはり、そのお前の身近な存在が倒した竜が、その母竜。リリィ様だ」

 ?!

 そんな…。あれだけ、儚くなられた後も、何年経っても、未だにおかあさま唯ひとりを愛してきた優しいおとうさまが?

 しかも、おかあさまと、同じ名前の…妊娠中の母竜を。

 ……妊娠中の母竜。倒されて、でも、子供は生まれて。

 14年前?

「私は人とは違って嘘など吐かぬよ」

 神竜様はそういうと、大きな光が生まれる。

 それが静まった時、そこにはこの世のものとは思えないほどの美を体現した存在が立っていた。

 思わず、再び深く腰を落とした。そのまま御方に向かって深く頭を下げる。

「そう畏まらずとも構わない。顔を上げて私にその顔をよく見せて欲しい」

 言われるままに、おずおずと顔を上げた。

 視線が絡んで、言葉の綾でも何でもなくそこから目を外すことができない。

 虹色の煌めきが流れていく様な白銀の髪。

 内から光を放っているような滑らかな肌。

 意志の強そうな眉。

 長い睫毛に縁どられた瞳は髪と同じ白銀。

 薄い唇は、いまは引き締められるように一文字を描いていた。

 まるで神々が気まぐれに精魂込めて作り上げた、精巧なビスクドールのような見目でありながら、そこから感じられる威圧感は圧倒的で、生きとし生けるものすべてを跪かせるだけの何かを持っていた。

 この世のすべては、支配する者とされる者に分けられるという。

 そうして目の前に立つこの御方は間違いなく前者だった。

 冷たく冷徹な支配者として彼はそこにいる。それでも。

 リリィディアを見つめるまなざしは、見つめられただけで蕩けてしまいそうになるような熱を持ったものだった。

「リリィディア…」

 名前を呼ばれただけで胸が高鳴る。

 初めての経験に、わたくしの胸の奥の方で、たくさんの何かが羽ばたく。落ち着かない。

 す、と伸ばされた手を恍惚とした思いのまま戴こうとして…バチリと音を立てた小さな火花が、この御方の御手に触れる最初で最後かもしれない触れ合いの邪魔をした。

 その火花による衝撃自体は大したことはなかったのだけれど、わたくしは声もだせずに呆然と、目の前の美しい御方のその眉が不快げに顰められるのを見ていた。

 わたくしが、拒否したと思われるのではないか。そんな考えが浮かんでぞっとする。

 しかし、わたくしをじぃっと見つめていた神竜様は、ふぅと小さく息を吐いて「リリィディアは、竜として封じ込められているのか」そう断じた。

 でも、封印されていると言われても、そのような記憶は全くない。その言葉にわたくしの困惑は深まるばかりだ。

 わたくしは、こんなにもこの目の前の御方の御手を戴く栄誉を授かりたくて仕方がないのに。

 そこまで考えて、羞恥にハッとした。

「…大変申し訳ありません。封印というものに心当たりはまったくございません。しかし、それとは別として、わたくしはこの王国の王太子と生まれた時から婚約を結ぶ身でございます」

 婚約者のいる身でありながら、こんなにも目の前に立つ御方へ想いを寄せてしまう自分のはしたなさに身が竦む。初対面であるのになんということだろう。

 王太子の婚約者として、まったくもって相応しくない。その思いに、心がとても重くなった。

「リリィディアは人と婚約しているのか」

 眉間の皺を一層深くしながら神竜様が訊ねられたのに、視線を落として頷いた。

 これほど婚約者がいるということを苦く感じたことはなかった。

 生まれた時に勝手に周囲の思惑から結ばれた縁である。そこに愛があろう筈もなく、14年もの月日が流れようともそこに愛が育つこともなかった。

 それでも。王家と公爵家で交わされた正式な取り決めだ。愛してません、などという理由で解消できることではない。

 判っている。

「なるほど。それがリリィディアに科せられた楔、封印か」

「くさび? 封印、でございますか?」

 何やら、そこに単なる婚姻の約束以上のものが込められているような神竜様の言葉に首を傾げる。

「先ほど私は、お前の母親は私の同族である可能性を伝えた」

 ハッとして顔を俯けた。

 どんなに高貴な御方のお言葉だろうと、易々と受け入れる事ができない、そんな事もある。

 今の言葉が、それだ。

「私は当事者ではないし、実際にその現場にいて目撃した訳でもない。しかし、リリィという名の竜の、その番であった者に起きたこと、その言葉を聞かせてやろう」

 そうして。神竜様が玲瓏たる声で「聞いた話だ」と断りを入れながら語り出した。


「一族の長老、オーガスト・クレーバーンは毎年行われている精霊族の長が集まる会合へ参加していた。常なら長の番も共に世界樹の麓まで同伴しての参加であったが、その年は初めての仔を孕んだ妻に無理をさせたくないと置いていった。それが間違いの始まりだった」

 静かな湖面に投げた視線には、なにが映っているのだろう。

 今ここにある湖でも、青々と茂る森の木々でもない、そう感じる。

「番を得た竜は、額に紅い鱗ができる。それは本当は愛しい番のもつ逆鱗なのだ。それを交換することで、我ら竜は相手の力を新たなる力として揮えるようになる。そうしてその鱗を通して番がいる場所や番の感情といった情報を共有できる」

 『額にある紅い鱗はその竜が成体になった証』人の間に常識として流れていた噂は的外れだったらしい。

 でも。それが本当だとすると、おとうさまが持つ成竜の鱗の意味は…。

 わたくしは、乗馬用のズボンを指が白くなるほど、ぎゅうっと掴んだ。

「常時流れてくる筈の番の情報が遮断された時点で、オーガストは会議を抜け出して探しに行こうとしたらしい。しかし、他の種族に邪魔をされ喧嘩に発展した」

 それは…幾ら何でも悠長すぎだったのではなかろうか。番の異変に即対応できていれば『間違い』だと断じられるような結果にはならなかったのではなかろうか。

 わたくしの無言の批難が伝わったのだろう。

 神竜様がこほんと小さく咳ばらいをした。

「番というものを持たない精霊種もいるのだ。判ってもらうのは困難だ。そうして長命である精霊達にとって時間という概念はあまりにも意識の外にあるものなのだ」

 そうかもしれないけれど、納得はできない。しかし、何を言っても今語られているのは過去の話だ。聞いている事しかできはしない。

「そうしてようやく他種族の長達を振り切って探しに戻る最中に、長は倒れた。原因は明白だった。長の番が、番の証である紅い鱗を奪われたのだ」

 そこで一旦話を止めた神竜様は、「さきほど、番の紅い鱗の話をしたな?」と確認してきたので首を縦に動かした。

 たしか、番になると逆鱗と呼ばれる特別な鱗を交換することで、相手の力を自分の新しい力として得ることができる、だった筈だ。

「番になると紅い鱗が額に浮かび上がる。それがもし奪われるようなことがあった場合、新たに得た力を失うだけでなく、番から受け取った新しい力と同じだけの力が、その身から削がれることになる」

 ということは…?

「かなりの弱体化に繋がる、ということだ。更に言えば、番から突然切り離された竜は精神的に不安定になる。残された力も上手く使いこなせなくなる」

 それで倒れてしまったのか。助けに行きたくとも身体は動かず、喧嘩している場合ではなかったとどれだけ悔やんだことだろう。

「長はそれでも番を探しに行こうとしたが、すでに長は立ち上がる事すら困難になっていた。代わりに有志が集まり、普段、長と番がねぐらにしている地底湖へと続く洞窟へ足を運んだ」

 話すことも辛いのだろう。それでも、目を伏せながら、できるだけそこに感情を乗せず事実だけを述べようとしているようだ。

「果たして、洞窟の周りには妖しい妖術の後が残っており竜のいる気配がまったくしない。そこで洞窟内に足を踏み入れれば…」

 ごくり。そんな場所で溜めなど取らないで欲しい。

「足を踏み入れると、中には火薬や毒物、血の臭いが充満しており、人間どもが使う武器の残骸や…番のものと思われる肉の破片や剥がれた鱗などが散乱していたという」

「酷い」

 胎に仔をもつ母竜に、火薬や毒物まで使って襲い掛かるなんて。

 成竜の鱗を得た英雄。それがリリィディアの秘かな自慢の父親だった筈だ。

 英雄、という言葉で目眩ましされていた残虐行為に血の気が下がる思いがする。

「その場に遺されたものを搔き集め、慌てて長へと報告。一族総出で長の番を探しに行こうとした時だった。長が、血を吐いて再び倒れられた。

 それが表すことは唯一つ、長の番が、死んだということだった」

 しん、と昼間の陽光が燦々と降り注ぐ目の前の景色は何も変わっていないのに、世界からは全ての色と音が消えてしまったようだった。

「…以来、長は目を覚ましていない。代わりの長が選出され、長の番を死に追いやったものへと繋がるものを探して今に至る」


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