2ー4 ラモント公爵家
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短いです
「でもさ、お嬢様って王太子様と結婚しちゃうんでしょ? だったら公爵様の御子を作っちゃえばさぁ、庶子でもその子が公爵家の跡取りになることだってあるんじゃないの?」
夕食時、まだ仕事が続く者も多いがそれでもこれでゆっくり休めるとなんとなく浮かれる者も多い食堂で、隣のテーブルから聞こえてきた若い使用人のあけすけな言葉に、傍に座っていた古株の男が慌てて止めに入った。
「ここで仕事を続けたいなら馬鹿なことを口にするな。公爵様のお耳に入ったら即刻家に帰されるぞ」
声を潜めた古株の言葉を、その若い使用人は大袈裟だと笑い飛ばした。馬鹿にされたのは判っても古株の男は唸るようにいい聞かせようとした。
「公爵様は未だリリィディア様の御生母を愛しておられる。それはひたすらにだ」
そんな男の気持ちなど女はまったく斟酌しようとしなかった。
「えー。でもさ、公爵様だって男でしょう? リリィディア様が今14歳なんだから…それこそ理性じゃどうにもならないって状況にだってなってるんじゃないのかしら。ねぇ?」
行儀見習いとして入ってきたばかりの子爵家の三女は自分の容姿によほど自信があるのだろう。にやついた卑しげな顔でその顔に似合いの言葉を言い放った。
確かに、大きな瞳は綺麗な鳶色をしているし唇だってぷっくりとして艶めいている。大きく張り出した胸も形がいいし、よくくびれたウエストへと続く身体のラインも魅力的だ。でも、それだけだ。この国では沢山いる普通の娘のひとりでしかないと何故気が付かないのか。
むしろ魅力的だといわれない娘の方がよほどこの国では稀少なのだ。
そう、あの日から。
この年頃だと、幼過ぎてあの日の出来事がどういうものだったのか覚えていないのだろうか。
ラモント公爵家に、それを揮った存在が、その力そのものが今もいるということに気が付いていないのだろうか。
成竜の紅い鱗の人非ざる力、それが齎らされたのが英雄である公爵のみならず、英雄を父に持つ娘にまで齎されているという事実。
怒らせていけない相手は、公爵様だけではない。お嬢様をもなのだ。
気を揉んだ様子で諫める古株の男や他の同僚たち向けて手をヒラヒラさせながら自信ありげに「まぁ見ててよ」というと、鼻歌交じりに夕食を終えて賑わう食堂から出ていった。
「だから言わんこっちゃないんだ」
翌朝。あの若い使用人の名前は公爵家の使用人名簿から消されていた。
実家の子爵家に戻されただけではない。
公爵の命を狙った不審者として捕らえられ牢屋に入れられたのだ。
現行犯で確保されており、実家の両親すら面会は許可されていないという。
良くて修道院送り、最悪貴族位剥奪の上国外退去処分が下されるだろう。
何故なら同じ事を試みた行儀見習いはあの若い使用人だけではないからだ。
もっと高位の貴族のご令嬢方が大胆に襲い掛かるという事件だって散々起こったのだ。
あまりの事件の多さに、『既成事実さえ作ってしまえばこちらのもの』そんな考えの女性がそれほど多いという事に公爵の周りにいた男共は自分が嵌められそうになった訳でもないのに女性不信に陥った者が多数出た。そうして男自身もかなり落ち込んだものだった。
その時ですら同じ…いや、あの時はもっと酷かったか。
取り潰された家こそなかったものの、爵位を下げられ、領地を半分喪い、個人の貴族位を失くしたものが続出したのだから。
その男と同年代の何人かが、ぶるりと身体を震わせているのが目に入った。
きっと男と同じことを思い出しているのだろう。
処分内容は公爵に対してどれだけリリィディア様の御生母を悪く言ったか、それに因って判断されるという噂だ。
昨夜の様子では最悪の結果になりそうだと古株の男は苦い溜め息を吐いた。
「でも実際のところ、公爵家の後継問題ってどうなるんでしょうね」
現当主レインの子はリリィディア唯一人だ。
しかしそのリリィディアは王太子の婚約者であり未来の王妃である。
とすれば、このラモント公爵家が所領する財産領地はどうなるのか。豊かで暮らし易いと言われるラモント領のその行方、英雄と謳われる当主亡き後のその莫大な財産がどうなるのか、下世話ではあるが気にする者も多い。
しかし、元を質せばここは王領地なのである。
この国では新しい国王が選定されると、それ以外の実の兄弟、王子達へ与えられるのが公爵位だ。
王族の血を絶さない為に臣下へ婿に出すことはせず公爵位と共に王領地の一部を賜りそれを領地とするのが慣習だった。
その性質上、公爵位は次代に継ぐ事も許されるが新しい国王に御子が何人かできた場合などは王位継承順位などの問題も生じるので、敢えて次代を作らず公爵位と共に領地の返還を選ぶ事も許されている。
つまりは、レイン・ノル・ラモントは好きなだけリリィディアの産みの親を想って暮らしていいと言うことだ。
「なるほどねぇ。むしろ他に子供がいない方が国の為なんですねぇ」
その場にいた誰もがその言葉に納得した。
ラモント公爵家ではこう解釈されてるよーってことで。
勿論、あの日の事は緘口令が布かれているので若い使用人達への申し送りはありません。