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竜の乙女は悪役令嬢になることに決めました。  作者: 喜楽直人
第2章 公爵令嬢 リリィディア・ラモント
6/20

2ー3 薔薇とクリームケーキと婚約者と

いつも読みに来て下さってありがとうございますです


※虐め及び残虐なシーンがあります。ご注意ください。

 


 月に一度開かれる婚約者同士のお茶会。

 奇数の月は王宮で。偶数の月は公爵邸で開かれるそれは、婚約して以来自分だけでは座ることも言葉を話すことすらできない頃から絶えることなく続いていると聞かされている。記憶は当然まったくない。

 しかし、言葉を覚えてもわたくし達ふたりの間に婚約者らしい情や甘さが生まれることは一切なかった。幼馴染としての情愛らしきものすら、そこにはない。

 お互いが睨みあうように、もしくはそこに相手がいることすら気が付いていないかのように。ただ決められた時間をそこで過ごすだけだ。

 わたくしが、唯一公爵邸から出られるのは、今はまたこの時間だけになった。

 昨年、ある侯爵家で開かれた令嬢の誕生会を兼ねたお茶会に、わたくしは初めて参加が許された。

『お嬢様の御身体も随分と丈夫になられましたし、マナーも最高水準までお教えできていると自負しております。あとは実践あるのみです』

 教育係の勧めもあり、おとうさまがようやく出席することに頷いて下さったのだ。

 それなのに。

 子供の集まりだということで特に席を決めることもせずビュッフェ形式となっていた会場で、勧められるまま手に取った果実水の入ったグラス。それを口元へと運ぼうとした瞬間、

 どん。

 背中に衝撃を受けた私は、あろうことか果実水を手渡してくれた主催者のご令嬢に向けて中身を全部ぶちまけてしまったのだ。

『ぎゃああああああ!!!!』

 上がる悲鳴はその令嬢だけでなくて。

 そこかしこで悲鳴と鳴き声が飛び交っていた。

『…や、ち、違います。ワザとじゃないんです。誰かに押されて…あのっ」

 涙と鼻水でずるずるになりながらも言い訳をし続けているのは会場に入った時から意地悪そうな顔をして私を睨んでいた伯爵家のご令嬢。

 そんな阿鼻叫喚の中ひとり呆然としている内に、わたくしは持っていたグラスを取り上げられ、慌てた侍女に手を洗われたのを覚えている。

 主催者のご令嬢がわたくしに手渡したのは果実水ではなくて、なにやら強い毒物だったそうだ。

 ひと口啜るだけで喉は焼け声は出なくなり手や顔等の肌に付いたところは酷い火傷をしたように醜く爛れる劇薬。

 やたら詳しいのは、そのご令嬢がその身を以って証明して下さったからだ。

 後で調べたところ、『生まれた瞬間から王太子の婚約者に決められたリリィディアが許せなかった』そうだ。

 欲しくて得た縁でもないのに、そのような事を言われて憎まれても困る。

 そして関係ないと騒いでいたわたくしの背中を押したご令嬢も、調べてみれば真っ黒だったらしい。

 くすくす笑いながらわたくしの背後に忍び寄り、御友人の令嬢にむかって『や・る・わ・よ』と口パクで宣言してから行ったという証言が多数寄せられたそうだ。

 勿論、先の主催者のご令嬢と合せてしっかり罪を償うことになったらしい。家から除名処分とされ修道院に入れられたという話だ。

 そうしてわたくしの世界はまた、公爵邸と王宮で開かれるお茶会の席だけになった。

 わたくし以外のご令嬢や子息たちとは笑顔で会話を交わす癖に、わたくしとだけは何も喋ろうとせずただ睨んでくる。そんな婚約者と相対するだけの息のつまる時間。

 テーブルの上に並べられているのはプティフールとサンドウィッチそして果実水。

 美しい薔薇を模したクリームの乗っているプティフールを、わたくしは舌の上に乗せその甘さと薔薇の香りが口の中に広がっていく幸せを愉しんだ。

 美味しい。そのクリームの甘さが残る間に、今度は果実水を口に含んだ。

 今日の果実水は、林檎と檸檬の搾り汁そうして花の蜜を汲み立ての湧水により特別な配合にて割り合わされたものだった。林檎と蜜の甘さが酸味を行き過ぎない範囲に丸く収め、檸檬の爽やかさが引き立つ絶妙な味わいだ。酸味がケーキのクリームやバターの重さをさっぱりと洗い流してくれる。

 満足だ。あまり量を食べる方ではないのでもうお腹もいっぱいだ。

 …

 人はどんなに悲しいと思っていても、お腹は空くし、美味しいものは美味しいと思える生き物なのだとそう思う。

 そうしてどんな時だって、薔薇の咲き誇るお庭は綺麗だと思う。

 ただ、わたくしには似合わない。勿体ないものだと思うようになった、それだけだ。

 果実水の入ったグラスをテーブルに置き、わたくしはただ、風に薔薇の花が揺れている様を見ていた。

 本当に綺麗。見ているだけなら、許されるだろうか。

 もう欲しがらない。何も。

 本当は、出されたケーキや果実水も、わたくしのような者には過ぎた物だ。

 それでも、マナーの講師から教え込まれた教えがわたくしを動かす。

『出されたものに全く手を付けないということは、”私は貴方を一切信用していません”ということになります。きちんと手を付け、でも食べ切らないことです。食べ切るというのは”けちけちしないでもっといいものを沢山出せ”ということです。ひと口は残しなさい』

 だから、プティフールはひと口だけ。果実水もひと口だけ戴いた。

 美味しいけれど、それ以上は何故か口へ入らなかった。

 最近はずっとそうだ。お腹は空くのに、お腹いっぱいになるのも早い。

 早く時間になって、侍従だれかが呼びに来てくれないだろうか。

 食べる気にもならないご馳走達を前にするのも、美しい薔薇の庭を愉しむ席についていることも。わたくしにはすべて過ぎた物だと知った今となっては、ここに座っている事すら拷問に等しい。

「…い、おい。僕を無視するな、リリィディア」

 考えに耽ってい過ぎて、目の前の人から話し掛けられていることに全く気が付かなかった。

「失礼いたしました、キャメロン殿下」

 わたくしは素直に謝罪を口にした。まさか話し掛けられると思っていなかった。

 そういえば、わたくしはこの方のお顔もきちんと把握していない。

 カルヴァーン王国第一王子キャメロン・カルヴァン殿下。

 陽に透ける金色の髪と鮮やかな碧い瞳を持つこの方は、未来のこの国の国王陛下を約束された尊き御方であり、わたくしの婚約者だ。御年8歳。わたくしと同い年だ。でもそういうと「僕の方がひと月おにいさんだから」と言い張る。誤差の範囲だろうに。非常に面倒臭い御方だ。

 何が好きで何が嫌いかも知らない婚約者。けれど、国が決めた婚約者なんてそんなものでしょう?

「…リリィディアって名前、長くて言い難いんだ」

 ぴくり。表情をそのまま出すのは未来の王妃に相応しくないと散々講師から怒られたのに。つい、眉を動かしてしまった。

「そうですか。申し訳ありません」

 初めて話し掛けられた内容が、親が付けた名前への文句だとは思わなかったけれど、仕方がない。それだけわたくしはこの婚約者から嫌われていたという事だろう。

 そう。わたくしは、誰からも好かれないのだから。今更だ。

「だからっ。…だから、これからは、”リリィ”と呼んでもいいだろうか」

 どくん。心臓が跳ねた。

「駄目ですっ。それは絶対に、駄目っ!!」

 立ち上がって全身で否定する。身体が震えて、どうにもならない。

 ”リリィ”という名は、おかあさまのものだ。おとうさまが唯一人愛するおかあさまの名前だ。

 わたくし如きがその名で呼ばれる訳にはいかない。絶対だ。

「絶対に、わたくしをその名で呼ばないでくださいませ」

 そう言いながら、何故かわたくしは涙が溢れて止まらなくなっていた。

 その場にいることすらもうわたくしには耐えられなくて、テラスから走って逃げだしてしまった。

 慌てた殿下の、わたくしを呼び止める声は耳に届いていたけれど、わたくしは足を止める気はなかった。戻るつもりもない。どこに行く場所もないままに、滅茶苦茶に走った。


 綺麗な薔薇も、美味しいクリームのケーキも、誰もが羨む婚約者も。

 全部要らない。欲しがったりしない。


 私はすべてから逃げ出すように走りながら、「マナーの講師から絶対に後で怒られる」そう思った。




不憫な王太子殿下萌


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