1ー3 レインとリリィディア
第一章エピローグ。短いです。
『成竜の紅い鱗を手に入れたのは、身分差のある娘に恋をした公爵様がその娘を妻に迎える為だった』
『ようやく成竜の紅い鱗を手に入れて凱旋を果たされたというのに、その娘は産後の肥立ちが悪くて命を落としてしまったそうだ。残されたのは、その美しい娘そっくりの忘れ形見だけ』
そんな噂が流れたのは、腹の大きな美しい女性を連れての凱旋だったこと、そうして凱旋してすぐ、その女性と同じ色合いの幼女を公爵が自分の娘だとして連れて帰ってきたせいだった。
英雄となったレインがすることに反対を突きつける者はおらず、誰にも文句を言わせないまま、レインはリリィディアを自らの娘として育てた。
『天女の様に美しかった』とするその女を見たという者達が酒に酔う度、調子に乗った様子で口に上らせる毎に、その噂は広がっていき、その女が命を懸けて産んだその娘は公爵様の掌中の珠だと囁かれた。
正式に妻として迎えた訳ではなかったこともあり、幼い娘を独身である公爵一人で育てることの難しさを諭す者は後を絶たず、これまで以上の見合いが竜の紅い鱗の英雄たるラモント公爵へは持ち込まれるようになった。
しかし、そのどれにもレインは首を縦には動かさなかったし、誰とも会おうとすらしなかった。
偶然を装って強引に顔合わせを画策した者に対して報復が成されたという噂が立つ頃には、もうどこからも見合いを持ち込まれることはなくなった。
つまり、噂は単なる噂ではなく、ある種の事実だったという事だ。
ある者は陰で行っていた不正を暴かれ刑に服すことになり、ある者は突然領外との商取引が上手くいかなくなって借金に喘ぐことになり、ある者は屋敷で使用人へ行っていた不当な扱いが明るみに出て白い目で見られた。
強引な娶りを画策した家に降りかかる、自業自得ではあるものの不幸の数々。
それは単なる偶然というには時期も合い過ぎて数も多すぎて、噂が事実なのだと思わせるには十分だった。
公爵という高い地位にいるだけでなく、竜の紅い鱗を持ち帰った英雄となっていたレインには、それを現実するのは容易いことのようにも思われて、人々はやがてレイン・ノル・ラモント公爵に女性を紹介することを諦めていった。
レイン・ノル・ラモントが自身にまつわる悲恋とその忘れ形見に関する噂を聞いた時、まるきり完全な見当違いとも言えないが根本的なところで間違っているそれに、遣る瀬無いものを感じたものの、どこをどう訂正するべきか自分でも判らなかったので黙ってやり過ごすことを選んだ。
本当のところ、レインはリリィに対する自分の想いの強さに今更ながら戸惑いを感じずに入られないほどで、それらに対して何かすることなど思いもつかなかったのだが。
興味津々だというように公爵の周りに集まった誰もが、興味以上に見合い騒動で失脚していった者と同じ目にあっては敵わないという思いが先にあり、それ以上踏み込んでくることもなく、レインはこれを唯一の正しい対処だったと胸を撫でおろした。
そうして得た、この”黙ったままやりすごす”という手法は、レインによるひとり娘における子育てにも導入された。
あの日からすでに2年もの月日がリリィとレインの間には降り積もっていた。
いつも読みに来て下さってありがとうございますです