3ー5 悪役令嬢はその本懐を遂げる
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結局、卒業式自体はそのまま終わってしまった。
王太子殿下もハニーピンク男爵令嬢も、わたくしを苦々しく睨みつけはしていてもそれだけ。
ふたりとも、婚約破棄どころかわたくしの名前すら一切口にしなかった。
焦る気持ちもあるけれど、それでもわたくしの心には余裕が残されていた。
『側近共と一緒になって、卒業を祝うダンスパーチーでなにやら企てておるようじゃ』
そう、烏は言っていた。その、卒業を祝うダンスパーティーは午後これから始まる。
家族で祝う夜になる前に解散できるように、午後から始まって夕方日が傾く前には終わることになっている。この準備には生徒会の一員として最後まで関わった。すでに後輩に引き継いではいたのだけれど、生徒会に属していた卒業生はわたくしだけだったし王太子殿下とふたりだけになることを避ける為にも有効だった。『生徒会の手伝いで忙しくて』と蔑むように口にするだけでその表情が歪むので一石二鳥だったのだ。
『もし楔が解けなかった時は、あの王子との婚姻を結ばされる前に我が里へと連れて行ってやろう』
昨夜、一角獣様から戴いた言葉を胸に、重く圧し掛かる不安を押し戻し、わたくしは今日の為に用意した特別なドレスを身に纏う。
藤の花色の柔らかなラインを描くドレープドレス。あの日アルフレッド様が着ていた衣装をわたくしなりにアレンジしたものだ。ただ、どうしても工房の者を説得しきれなくて襟元にわたくしの花である百合を模したモチーフと裾にたっぷりとしたフリルをあしらうことになった。
公爵令嬢として、この国の英雄唯一人の娘として、ふさわしいものでなくてはいけません、だそうだ。シンプルなものではいけないらしい。
馬鹿らしい。わたくしは、今日を以ってそのすべてから卒業するというのに。
『王太子の周りが騒がしくなっているようじゃぞ』
『側近共と一緒になって、卒業を祝うダンスパーチーでなにやら企てておるようじゃ』
『きっとあれじゃ、大勢の前で『婚約破棄する』って叫ぶんじゃぞ、彼奴』
烏の言葉を今は信じるしかない。
その企てが、本当にわたくしとの婚約を破棄するものだといい。そう祈り願う。「ヘアメイク出来上がりました。如何でしょうか、リリィディア様」
一糸の乱れすらなく高く美しく結い上げられた髪。
ドレスについたモチーフと同じ白い百合を模した髪飾りが金色の髪に映え、わたくしのキツイばかりの顔を常になく清楚なものに見せていた。
多分、こうして侍女任せで身支度をするのも今日これが最後ね。
慣れ合うつもりはなかったからこれまで何も声を掛けずにきたけれど、今日くらいはいいかもしれない。
「ありがとう。綺麗だわ」
侍女の反応など気に掛けるつもりはない。それでも、後ろで息をのむ気配がした。
わたくしは靴を室内履きのちいさなサンダルから、折れそうに細いヒールを持つ華奢なそれに履き替えて席を立ち、背筋を伸ばしてパーティー会場までひとり向かった。
例年は代理人が定型文となる祝辞を代読するだけなのだけれど、今年は自分たちの初めての息子であるキャメロン殿下とその婚約者であるリリィディアの卒業を祝うパーティーとあって国王陛下と王妃様も既に貴賓席に着いていた。
勿論、リリィディアの父親であるレイン・ノル・ラモント公爵の姿もその隣に座っていることを遠目で確認する。
王族が参加していることもあって、常より豪華に飾り立てられた学園の講堂はまるで王宮のダンスホールをそのまま移してきたかのような華やかさだ。
わたくしはある種の感慨に耽けりながら、晴れがましい表情をしてパーティーの開始を待つ生徒達一人一人の顔を見つめていた。
『お、ようやく始まるらしいぞい。心の準備はよいかの、嬢ちゃん』
どこにいるのか姿は全く見えないが、どうやら烏もこの会場にいるらしい。声だけのそれに囁くような声で返事をする。
「勿論よ。ずっとこの日を夢見てきたのですもの。むしろ待ち遠しいほどよ」
どこにいるの、などという無粋なことは聞かなかった。
ただ、最後まで見ていて欲しかった。
そうして。ついに壇上に現れた婚約者の姿に、胸が高鳴る。
金髪碧眼。絵本の中にでてくる王子様を具現化したようなその姿を見上げる。
カルヴァーン王国の王太子殿下。
その深い宝石のような碧い瞳が、射抜くような視線でわたくしを見つめていた。
生まれ落ちた瞬間から結婚が定められていた婚約者同士が交わすにはあまりに緊張感漂うその様子に、浮かれた会場の雰囲気が静まり返っていく。
王太子殿下の陰からハニーピンクをした髪が揺れていた。
その女生徒はほっそりとした指で王太子殿下の上質なコートの袖に絡みついて、なにやら小さな声で囁いているようだ。
王太子殿下は、その小さな手を宥めるように軽くそこに触れると、わたくしを睨みつけ、高らかにそれを宣言した。
「リリィディア・ラモント公爵令嬢。僕キャメロン・カルヴァンは、今日を以ってお前との婚約を破棄する」
「ありがとうございます、キャメロン殿下。そのお言葉、喜んでお受けいたしますわ」
この方から、ずっと聞きたかった言葉をようやく受け取ることができた。
嬉しい!
「もう取り消せませんわよ?」
高鳴る胸のときめきのまま、わたくしは走り出した。
藤の花色に光るドレスの裾が足に纏わり付いてくるのをものともせず、大勢の生徒たちがひしめく講堂を後にする。
逸る心そのままに、足取りも軽く誰もいない廊下を駆け抜けていく。
履いている小さくてヒールの高い靴も、足に纏わりつくドレスのフリルも、この身を飾り立てる物すべてが早く走るのには向かなかったけれど、一秒でも早くあの御方の下へ向かいたくてひたすら足を動かした。
校庭の中央で立ち止まったわたくしは、あらんかぎりの想いを込めて、この手を空へと伸ばす。
「お待たせしました。やっと約束が果たせますわ!」
あの御方に、わたくしの声が届くと信じて声を掛けた。
その頃になってようやく、わたくしを追いかけてここまでやってきた王太子殿下と、その未来の側近たちが追い付いてきたようだ。息も絶え絶えの態でその場に蹲った。
「お、おい、リリィ…ディア。…はぁ、はぁ。何の、…つも、り、だ。ちゃ…はぁはぁ、んと、はぁ、最、後…まで、はぁはぁ、私の、話を、はぁ、聴け」
本気で息が切れているのか途切れとぎれにしか聞こえないそのセリフの意味を把握するのは難しい。
「もう婚約破棄したんですから、王太子殿下と言えどもわたくしに気安く話し掛けないで下さいませ」
わたくしは、あっさりと拒否権を発動した。もちろん視線さえ王太子殿下へ向けるつもりはない。
「ちょっと! カム様が話してるんだから、ちゃんとこっち向いて平伏しなさいよ!!」
息も絶え絶えの男達の中で、リリィディア以外で元気にその場に立っていたのはハニーピンク男爵令嬢、彼女だけだった。
「あら、貴女。甘えん坊キャラで皆の妹を気取っていたのに、そんな言葉遣いしてたらいろいろバレてしまいましてよ?」
ハニーピンクの髪と蜂蜜色の瞳を持った愛らしい顔をした、烏が探してきた少女。
王太子を墜とす為なら悪魔とだって契約するといって、本当に烏と契約したと強者だ。
そうして烏の手引きにによってこの魔法学院に突然編入してきて以来、貴族令嬢にはない天真爛漫さとその甘ったるい喋り方と相手に婚約者がいようがいまいが関係ないとばかりの男性陣への距離の取り方で学園中の貴族令息の庇護欲と下半身を刺激しまくり一大逆ハーレムを築いた。
──まぁそれも、烏が持ってきた宝玉による魅了の力なのだけれど。
確か、今年一年その魅了の力を使った後は100年もの永きに渡り、なにをしてもしなくてもとにかく嫌われる呪いに掛かるという話だった。
「いやだ。なんのことですかぁ? リリィディア様ってば怖~い」
今更のようにその場に蹲ったままの王太子殿下の足元に取り縋ってみせる。本当に今更だろうけれど、隣にいた王太子殿下には有効だったらしい。
でもその力の有効期限はもうすぐ終わる。
ぜひ最後の一瞬まで、逆ハーレムを堪能してほしいと思う。
「コリーンの愛らしさに妬いてるからって、貶めるなんてヒドいですぅ」
泣いちゃいますよ? といいながらふるふると震えていたけれど、その瞳には涙は全く溜まっているようには見えない。
それでも王太子殿下はその少女の身体を自身で守るように肩を抱きしめていた。
仲が良くてなによりだわ。
「わたくしに、コーナン嬢、貴女を嫉んだり妬いたりするような要素はまったくないと思いますけど? 何かありましたかしら? 困ったわ、まったく思いつかないのです。それよりも、何度でも言いますけれど貴女にわたくしを名前で呼ぶ許可など出しておりませんわよ?」
「キーッ。私はコリーンよ!」
そんな風に地団駄を踏むのも令嬢としてどうなのか。どうでもいいか。
──バサリ、バサリ。
校庭に大きな影が差す。
「来てくださったのですね」
本当に、来て下さった。わたくしの声が、彼の御方の耳に届いた。届くようになったのだ。
興奮で頬が熱くなった。胸の高鳴りは一層激しくなり、わたくしは自分でもどうしようもないほどの笑みを満面で浮かべていた。
どうしましょう。どうしたらいいのかしら。こんなにもあからさまな好意を浮かべてあの御方を見つめてしまうなんて。ただひたすらに、心の内がそのまま溢れてしまう。
これまで受けてきた淑女としての教育がそれは恥ずべき行為だと諫めてくるけれど、どうにも止められそうにない。
「来るに決まっているだろう。
お前に掛けられた楔が解ける日を、私がどれほど待ちわびていたことか」
その言葉に嬉しさがいっそう深まる。愛しさが胸から溢れ出る。
わたくしたちの後では、ようやく追いついたその他の人々も、その高貴なる御姿を前に畏まって誰もが膝を突き頭を下げていた。
人々の前にいるのは神々しいまでに美しい、翼をもった竜であった。
「虹色に輝く…光翼の、神竜」
陽の光を浴びて虹色に光るそれを目にしたうちの誰が呟いたのか、その御名が囁かれる。
「お前らに、私の名を許した憶えはない」
ひっ。その場にただ蹲っていた男たちが平伏の形を取り直した。
「どうでもいいではありませんか。
この場から今すぐ旅立ちましょう?」
わたくしはそう囁くと、光り輝く竜が了と受けてくれる。
あぁ、なんたる幸せ。至福の喜び。幸福、というものが私を満たす。
「待ちなさいよ! リリィディア、なんでアンタがそんな偉そうな竜と一緒に行くとか言ってんのよ。王太子殿下に振られたんだから、泣いて縋るとか、泣いて詫びるのが先でしょう!?」
どうやらこのハニーピンク男爵令嬢は振られたら泣くのが基本なのかと要らない知識が増えたけれど、それよりもわたくしには何よりもまず訂正しなければと思うことができたようだ。
「わたくしは王太子殿下になど振られておりませんわよ?
だって、これまで一度として! 一ミリすら! ミジンコ相手によりも! 王太子に心を捧げたことはありませんもの」
心外だとばかりに滔々と訂正を入れる。
「わたくしの心は、その全てにおいて、光翼の神竜さまのものですもの」
うっとりと見上げ、甘やかな視線を心を捧げた竜へと注いだままそう告げる。
領地にある湖のほとりで1人、この身を苛む孤独感と違和感を振り切りたくて屋敷を抜け出し見様見真似で剣の修業に励んでいた時に、この虹色に輝く美しい竜が舞い降りてきたあの時から、ずっと。
わたくしの心には、光翼の神竜様しかいないのだ。
「ふ、ふんっ。なによ。でもそうね、アンタみたいな高慢ちきな女には人成らざる異形の獣がお似合いよね」
周りがハニーピンク男爵令嬢の不遜な物言いにあたふたとしているのにも気が付かないまま、その口は汚い呪詛の言葉を紡ぎ続けた。
「どうぞその獣と一緒にこの国から出て行って? 私は王太子様と学園の皆さんと一緒に、毎日楽しく暮らしていきますから!」
ほほほほほ、と高笑いをするハニーピンク男爵令嬢の声に、上から更なる高笑いが響いた。
腹を捩るようにして口元に手を当て笑っているのは勿論わたくしだ。
「何がオカシイのよ。あぁ、自分の置かれた境遇にようやく気が付いて、気が狂っちゃったとか?」
ハニーピンク男爵令嬢がそう意地を張るようにけらけらと笑って見せたけれど、わたくしの高笑いはどうにも止まらなかった。
「黙りなさいよっ!」
すっかり甘えん坊の妹という仮面がどこかに行ってしまった恐ろしい貌をしてハニーピンク男爵令嬢が叫ぶ。怖いというかいっそ醜いと言った方がいい貌だ。
「だって、コーリン嬢ったら変なことをいうんですもの」
「コリーンよ! 何がおかしいのよ。おかしいのはアンタの頭でしょ!」
真っ赤になってわたくしを指差している姿は滑稽なほどで、とてもあの学園の男子生徒を侍らせ君臨していた理想の妹と同じ存在には思えないほどだ。ハッキリ言って醜いのひと言がお似合いだ。
「うふふ。だってコリン嬢って、わたくしと同じ面食いでしょう? なのに、この国の男性たちと一緒にいて幸せになれるなんて。あぁ、おかしい」
コロコロと鈴が転がるような笑い声を響かせる。
「カル様は美形じゃないの! 輝くような金色の髪も、深くて宝石みたいな碧色の瞳も! 全部全部最高に素敵じゃないの! 他の方たちだって皆さん素敵な方ばかりでしょう?!」
それを聞いていたキャメロン・カルヴァン王太子殿下は頬を染め幸せそうに照れていた。
「そうなのね、蓼食う虫も好き好きっていうけれど本当なのね」
ほう、と片手を頬に当てて、わたくしはわざとらしく大きく息を吐いた。
そんなわたくし達のなごやかな会話を聞いていた光翼の神竜様が、その玲瓏たるお声で宣言をした。
「そうか。リリィディアは面食いか。では、ディアの好きな顔に戻って正式に君と番となるため愛を請おう」
光翼の神竜と呼ばれたその存在が大きな光に包まれる。
その光の中から現れたのは、虹色の煌めきが流れるような白銀の髪をした玲瓏たる美丈夫だった。長い睫毛に縁どられた瞳は、髪と同じ白銀のそれだ。薄い唇が紡ぎだす声は、まるで天上の音楽のように耳に届いた。
「 リリィディア嬢。封印されていた貴女にさえ特別なものを感じずにはいられなかった。クレーバーン一族の長、光翼の神竜と呼ばるるアルフレッドは、貴女へ生涯の愛を請う。我が番として、世界を治める片翼となって欲しい」
真摯な瞳、そこに映るのはわたくしのみ。
その信じられないような幸福に、わたくしの胸はいっそう高鳴った。
「初めてお会いしたあの瞬間からずっとお慕いして参りました。わたくしリリィディア・ラモントは、光翼の神竜アルフレッド・クレーバーン様へ生涯の愛を捧げます。この世界の果てまでも、いついつまでも貴方様と共にあらんことを誓います」
その誓いを唱え終わると同時に、わたくしの額に小さな紅い鱗が現れた。
そうして同じ場所に同じ物が光翼の神竜アルフレッド・クレーバーン様の額にも現れる。
わたくし達はそれが当然のこととして手を繋ぎ、お互いの存在を確かめるように、ひし、と抱き合った。
そこから融けて混ざり合うような感覚が湧き上がってくる。
身の内に生まれた新しい力の大きさを感じる高揚感。それ以上にこの胸の奥ではばたく、探し求めていた己の半身をついに得て自分が完成したとでもいうような万能感。──これが番を持つということなのか。
ひとことでいうなら幸福、この言葉で済んでしまうのだけれど、わたくしがそれまで感じていた幸福とは明らかにレベルの違う幸福に目眩がする。
「これで、わたくしは貴方のものですね」
「これで私は貴女のものだ」
視線が絡みあう幸せにうっとりと微笑む。もう離れない。
そうしてわたくし達はお互いの存在に満足して、これまで過ごしてきた地へ別れを告げることにした。
「それでは、私たちはそろそろお暇をしますわ。
皆さま、どうぞお達者で。
そうそう。私が掛けておいた魔法は解除しておきますわね」
勿論、このわたくしの幸せを手に入れる為の協力をしてきてくれた立役者はハニーピンク男爵令嬢だもの。ちゃんと特別なご褒美を渡さなくては。
そこへ、ようやくこの国の国王と王妃、そして宰相たるリリィの父ラモント公爵が追い付いてきた。
3人共もういい歳ですものね。足が遅いのは仕方がないことですわ。
「リリィディア嬢、お願いだ。私の馬鹿息子は廃嫡にでもなんでもする。この国を見捨てないでくれ」
この国で一番尊い筈のその人が、惨めたらしく両の膝をつき両手を組み合わせて祈り請うた。
その横ではこの国で、女性として最も高貴であるとされる王妃も額づいて請うている。
「お願い、リリィディア嬢。馬鹿息子は許さなくてもいいわ、この国を許して」
その後ろから父であったレイン・ノル・ラモント公爵が己の犯した罪について慈悲を請うた。
「リリィディア…お前の母から奪ったこれは返す。私の事は許さなくていい。ただ…この国のことは、許して欲しい」
ふふ。わたくしに、この国を滅ぼされるとでも思っているのかしら。
そう、それだけの事をしてきた自覚はあるのね。
震える手で差し出されたものは、先ほどの儀式でわたくし達の額に現れた小さな紅い鱗そっくりの、一枚の紅い鱗だった。
アルフレッド様がそっと手を振ると、それはふわっと浮き上がり、わたくしの掌に落ちてきた。
「おかあさま…」
手にしたそれを、ぎゅっと両手で握りしめる。
この鱗さえ、レインに奪われなければ。
リリィは…おかあさまは番の元へ帰れたのだろう。そうして親子3人仲良く暮らしていたのかもしれない。
すべては仮定、夢物語にしかならない。
「先代も、義母上のお帰りをお待ちだ。早く会わせて差し上げよう」
その言葉に、おかあさまの帰りを今も待つ実の父のことを思う。
わたくしは小さくこくんと頷いて、わが身に祈りを込めた。
身体の奥深くから新たな、本当はおかあさまの胎の中にいた時からずっと其処に有った力が湧き上がるのを感じる。
それが身体のすみずみまで行き渡っていくのが判る。
あぁ、これが本当のわたくし、リリィディアなのだ。
肩甲骨の辺りの熱が高まっていく。
ざんっ。
軽い衝撃と共にその背に、隣に立つ光翼の神竜様と鱗の色だけが違う、柔らかな淡黄色を帯びた美しく輝く翼が生える。
今朝、侍女が美しく美麗に結い上げた髪が解け、黄金の滝の様な髪が陽の光を受け止めて燦然と輝く。
「私の番は美しいな。完全体の姿が早く見たいものだ」
つい、とわたくしの背に生えたばかりの翼の上を、アルフレッド様の指が滑っていく。
「でも、ここでではないよ? 人の前が初披露なんて勿体ない」
その擽ったいような感触と、光翼の神竜様たるアルフレッド様が口にするには子供っぽいお言葉に自然と口角が上がった。
「リリィディアは、笑った顔でいる方が良いな。美しいだけでなく可愛くもなる」
そういって、わたくしの髪をひと房手で掬い上げると、そこに唇を寄せた。
その意外なお言葉に頬が染まる。
悪人顔と言われるか、それを暗に隠して美しいなどと心にもない言葉なら言われたことがあるけれど、笑った方がいいとか可愛くもなるなどと言われたのは初めてだった。
「さぁ帰ろう。私達の郷へ。みんな待っている」
わたくしはそのお言葉に笑みを深くし大きく頷いた。
ぐっとか、ぐぬぅとか。それと共にわたくしの名を呼ぶ声と息が詰まるような諦めにも似た声がどこからかしたけれど、わたくしはその声を無視した。
「わたくしが掛けていた魔法は解きました。では皆様、本来のお姿で頑張ってくださいましね」
「ぎゃあああ。寄るな不細工ぅ」「お前こそ顔面崩壊女がぁぁ」
「なんだとこのデ豚デブ夫」「なんだこの枯れ木のような萎れた婆は」
「バーコード禿げだったなんて騙された」「でぶす女が何を言う」
だってわたくしリリィディアはイケメンが大好きなのです。
不細工の傍で暮らすなんて無理でしたの。
だから、自分でも無自覚な内に国全体を幻術魔法で包んでいたのです。
それができるだけの力がわたくしにはありましたから。
でも…。
わたくし、ハニーピンク男爵令嬢の為に一所懸命考えましたの。
彼女の献身、頑張りに報いる方法を。
100年もの永きに渡り、全ての人全ての美形に嫌われ続けるのはお辛いですわね?
ですから、わたくしの魔法は解いて元に戻しておいて差し上げますわ。
貴女好みの美形達全員に嫌われ続けるより、どうでもいいと思える不細工達から嫌われる方がよほどマシでしょう?
それと。勿論貴女がご自分を鏡で見る時は、前と同じように見える幻術も掛けておきますわ。
ご自分が醜いと知るのはお辛いことでしょう。
大丈夫。ご自分からは見えないようにしておきます。ご安心くださいましね?
これできっとコリーン嬢にも喜んで戴けると思うわ。
「皆様、どうぞお幸せに」
誰が誰を罵る言葉なのかなんてどうでもいいわたくし達は、抱き合ったまま大空へと飛び立った。




