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竜の乙女は悪役令嬢になることに決めました。  作者: 喜楽直人
第3章 悪役令嬢 リリディア
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3ー4 烏のトゥルート


いつも読みに来て下さってありがとうございますです


 


「リリィディア。不安なのか」

 バルコニーで一人、夜の月を見上げていると声を掛けられた。

「一角獣様。おひさしぶりでございます」

 敬意を込めて最上級のカーテシーを贈る。

 モノケロース号としてなら毎朝挨拶に行っているけれど、一角獣様としてお姿を見せて下さったのは、あの日、光翼の神竜様とご一緒した時以来だった。

「ふふ。そうだな、モノケロースでいる時は会話をすることはないからな。明日でリリィディアも卒業か。やはり人という種族の時間は早く過ぎるな。お前を見つけたのはつい先日の様な気がするというのに」

 囃し立てただけという母を見殺しにしたというにはあまりに小さな罪のためにこれまでずっとわたくしを見守り続けてきてくれた存在モノケロース

 守護されている自覚のないころから今までずっと傍で寄りそってくれていた、その優しい存在に、どれほど助けられてきただろう。

「明日で終わらせることができるか、これからも続くか。不安はそこか?」

 こくり、と月を見上げながら頷いた。

 あれから、婚約者同士のお茶会はすべて流れた。

 学園内ですれ違うことはあっても目も合わさなくなった王太子とわたくしを、王太子の腕にぶら下がったハニーピンク男爵令嬢が冷笑して通り過ぎていくばかりで、結局大きな進展もなにもないまま明日という日を迎えようとしていた。

 卒業式が終わってしまえば、わたくしは王太子殿下と即婚姻を結ぶ手筈になっている。正式な夫婦となる。なってしまう。

 明日の卒業式は、王太子殿下から婚約を破棄して貰える最後のチャンスといえるだろう。

「そうじゃな、明日じゃなぁ。とうとう明日で終わりじゃな」

 いつの間にやってきたのか、からすが感慨深げに同意した。

「ふん。お前が来たなら私はもう行く。リリィディア、もし楔が解けなかった時は、あの王子との婚姻を結ばされる前に我が里へと連れて行ってやろう。我らが一族一同、お前を歓迎しよう」

 そういうと、そのまま夜の闇に向かって駆けていってしまう。

「あぁ。行ってしまわれた。これまでの御礼をお伝えしたかったのに」

 すでに遠くなってしまっている、その後ろ姿に呟く。

「もしもの時の逃げ道まで用意して下さる、そのやさしきお心に深く感謝します」

 このまま楔が外されなければ竜に戻ることも、竜の仲間に触れることもできなくなる。

 人としても暮らしていけない、そんな存在わたくしを受け入れようと言ってくれるやさしさ。

 すでに見る事の叶わないその存在に向け頭を下げた。

「くけけけ。彼奴は逃げおったか。まぁの、儂は彼奴等精霊族どもの敵のようなものじゃからのぅ」

 そうして、いつの間にやら横にいるこのやたらと人間臭い喋るからすにもすっかり違和感を感じなくなった。

 初めて会った時は、心臓が止まるかと思うほど吃驚したのに。

 そうだ。初めは烏ではなく鼠だった。しかもわたくしが取り落とした剣の犠牲にしてしまったのだ。

『リリィディア、いくらなんでもこのご挨拶は戴けんのぅ』

 そう血塗れの鼠に名前を呼ばれて…呪われる、と本気で思ったのだ。

 ──実際に、わたくしに封印という名の呪いを施したのは、その血塗れの鼠の中にいた、そうして現在目の前で騒いでいる烏の中にいる呪術師なのだと知ったのも、その時だ。

 血塗れの鼠はすぐに息絶え、次の瞬間には傍にいた烏の中へと移動していた。

 それからずっと、この烏はわたくしの傍で情報を集めたり、方策を練ったりしていてくれる。

 特に何の得もないというのに。


「それにしても、あれじゃの。嬢ちゃんの言う”悪役令嬢”だったかの。虐めるとかいうて、あれ全然全く虐めになっとらんかったのぅ。ヘタレすぎじゃろ」

 いきなりの酷評にじろりと烏を睨んだ。

 きちんと王太子殿下にも嫌われたしなにが悪かったというのか。悪役としての役割を十分果たしていたという自負がわたくしにはあった。

「そんなこと言うて、あれ、ぜ~んぶ、あの娘のシナリオ通りに沿っただけだったじゃろ? ぶつかって怪我をさせたのも…その怪我もあの娘の演技でのぅ。当然無傷じゃったんじゃがの、嬢ちゃん気付いてなかったじゃろ。あぁ、あと侍ってた馬鹿子息共の婚約者じゃった令嬢達が大騒ぎした時の嬢ちゃん黒幕説もじゃ。あれだって嬢ちゃんが後ろにいることに気が付いたあの娘が始めた茶番じゃったし。落とした母の形見の髪飾りを踏んづけて壊されたと騒いだ時なんぞ、あれ、嬢ちゃんが上の空で歩いている時に足元に投げ入とったんじゃからの。何個も同じの抱えての、何度も挑戦しとったぞい」

 にやにやと、ハニーピンク男爵令嬢の奮戦を数え上げられて呆然とする。

「そんな馬鹿なこと…」

 ない、とは言い切れない状況だったと最後に烏が言った場面を思い出す。

 


 ペキッと軽い音が足元から響いたので視線を向けると、銀色をした小さな何かが靴の下でひしゃげていた。玩具か何かだろうか。破片からすれば木に銀色の塗料が塗ってあるように見える。どうやら誰かの落とし物を踏んで壊してしまったようだ。

「事務室に届けて、場合によっては弁償しなくては」

 そう言いながら破片を拾い集めようとした時だった。

「酷い!! なんてことをするんですか、リリィディア様!!」

 そう言っていきなり横から突き飛ばされた。

 うわぁぁぁ、と大きな声で泣き声を上げて、わたくしが踏んで壊してしまった銀色の物を抱きしめているのは、ハニーピンク男爵令嬢だった。

「お、おばあさまの形見の髪飾り。大切にしてたのに、見つからないと思ったら…こんなの、こんなの酷すぎますっ!」

 きっと睨まれたので、つい

「…あなたの勘違いでは? 」

 それが本当におばあさまの形見なのだろうか確認した方がいい、と続けるつもりだった言葉は一層高い声で泣き喚くハニーピンク男爵令嬢の声でかき消された。

 どう見ても木に銀色の塗料を塗ってあるだけだ。髪飾りにすら見えないそれをしっかりと両手で握りしめて泣くハニーピンク男爵令嬢の姿に、さすがのリリィディアも申し訳ない気持ちが湧いてくる。

(そういえば、生母は平民だったわね。なら、木に銀色の塗料を塗った棒を髪飾りにすることもあるのかしら。それが形見ということ?)

 代わりなる何かを手配しようかと悩んでいる所に、ずかずかと足音を立てて側近たちを引き連れた王太子がやってきた。

「コリーン嬢、どうした? 何故そんなに泣いているのだ?」

 膝を突いて泣いていたハニーピンク男爵令嬢が王太子の顔を見上げて、

「リリィディア様が…リリィディア様に、おばあさまの形見を…」

 ぷるぷると震える手で差し出されたそこには、踏み壊された銀製の髪飾りが乗っていた。

「…木製では、ない?」

 踏んだ時の軽い感触といい、音といい、破片から覗いていた木の色といい、先ほど自分が踏み壊してしまった物は間違いなく”木で出来た何か”だった。しかし本物の銀製品としか見えないそれに、目を疑う。

 先ほどの物は見間違いだったのだろうかと訝しんでいると、

「盗んだうえに、壊すなんて…。そんなに私が嫌いなんですか?! 酷すぎますっ。謝って下さい、リリィディア様!」

 嫌いというよりむしろ応援している。感謝もしているが、それを伝える訳にもいかないだろう。どう反応するのが悪役として正しいのか、わたくしは口元を扇で隠してしばし悩んだ。

「リリィディア、お前が盗みを?! 本当なのか? 本当なら、謝るんだ!」

 盗んではいない、けれど壊したのは確かに自分だ。

 偶然とはいえ手に入れた悪役チャンス。どう答えるのが正しいのだろうか。勿論、悪役令嬢としての正解を探す。

「盗んだとは人聞きが悪いですね。その髪飾りとやらが私の足の下に勝手に滑り込んできたのですわ」

 嘘ではない。わたくしとしては事実を言っただけなのだけれど、口に出してみるとその嘘臭さに笑いが出た。

 わたくしの笑い声にハニーピンク男爵令嬢が怯んだので、深く突っ込まれるのを避ける為にもそのままフェードアウトすることにする。

「ま、待て、リリィディア! リリィディア・ラモント!!」

 王太子殿下の声にも足を止める事はしない。振り返ることすらしないで、わたくしはその場を後にした。


 

「何が『おばあさまの形見が~』じゃ。儂が気付いただけで、あの娘は7、8回はタイミングを見計らって挑戦しとったんじゃなかったかのう。嬢ちゃんがようやっと踏んづけた時は、あやつは小さくガッツポーズしとったほどじゃ」

 烏の言葉に我に返る。

「全然気が付かなかったわ」

 わたくしは、わたくし自身が悪役令嬢であろうと努力した結果、ある種の運がついてきたのだと本当に信じていたのに。騙されていたなんて。

 わたくしの返答に満足したのか、烏は「嬢ちゃんらしいわ」と笑い続けた。


「明日全てが終わるんじゃのう。仕込みは上々。 王太子の周りが騒がしくなっているようじゃぞ。 側近共と一緒になって、卒業を祝うダンスパー()ーでなにやら企てておるようじゃ。きっとあれじゃ、大勢の前で『婚約破棄する!』って叫ぶんじゃぞ、彼奴。こっちはそれを狙ってるんじゃというに。なぁ?」

 それにしても煩い。

 烏というものは煩いものだとはいえ中身は胡散臭い呪術師の筈だ。

 こんなにも口煩い呪術師というのは如何なものだろうか。わたくしの不満が伝わったのだろう。烏が凄い勢いで、けたたましく喋り出した。

「なんちゅうかのぅ。どうやら容れ物に影響されるようなんじゃよ。猫に入った時は道端に開いている孔という穴に手や鼻を突っ込まずにはおられんかったし、金持ち商人の愛玩犬になった時はあらゆる相手に尻尾を振る羽目になったわ。鼠になった時はとにかくまぐわって仔鼠を増やしたもんじゃった。たったひと月でなん十匹も子孫を作ってしもうてのう。あれなぁ、今考えると拙かったんじゃなかろうかのぅ」

 ぐぎゃぎゃぎゃぎゃと烏がひとり自分で言った言葉に笑い転げる。いや、笑いながら部屋中を飛び回った。

 黒い羽根がふわふわと舞い散る不吉な光景に、わたくしは憮然として枕を烏に投げた。

「いてて。なんちゅう暴力娘じゃ。鼠の儂を殺しただけでは飽きたらんのか」

 羽根枕が当たった程度で死ぬようにはまったく見えないが烏がいっそう騒ぎ立てた。


 散々騒ぎ立てた烏が急に静かになった違和感に、視線をそちらに向けると、窓枠に止まり、ここではないどこか遠くを見るように真っ暗な窓の外に顔を向けていた。

「なぁ、嬢ちゃん。封印が解けたら、嬢ちゃんは、もうどんな事があろうと人の世界には戻らないんじゃろ?」

 ぽつりと呟かれた問いに、わたくしはただ「そうよ」と言って頷いた。

 またしても黙り込んだ烏の様子が気になってじっと見つめていると、

「そうか。なぁ、儂頑張ったじゃろ? 役に立ちまくりじゃったろ? 儂、その労働に対価が、ご褒美が欲しいんじゃ」

 ばたばたと翼をはためかせ、烏が猛アピールをしてきた。

 常ににないそれは、きっとこうして二人でいる時間はこれが最後になるからだろう。

 それでも安請け合いをするつもりは無かったので、「わたくしが、貴方のそれに相応しいと思えたなら」とだけ答えた。

 すると烏はホッとしたように「大丈夫じゃ。痛くもないし、辛くもないわい。金も掛からんぞい」といつもの調子で言ったかと思うと一転。

 これまで聞いたこともないような声と口調で高らかに宣った。


「我が名はトゥルート。かつて、北にある神聖教国にて大神官の位を神より請けし者」

 ”神聖教国”とは、かつて北にあった強大な宗教国家だ。あった、のである。

 何百年も前に滅亡した国の名前が烏から出たことに驚愕する。

 たしか、強大な力を持ちすぎた人々が神を怒らせて一夜の内に海に沈んだとも火山の噴火で埋め滅ぼされたとも言われている謎の古代王国だった筈だ。

「不遜にも傲り高ぶり、神に成り代われると信じて不老不死を求め、その地位を剥奪された惨めな反逆者」

 そこで一端言葉を切った烏は元の口調に戻り

「ついには人語を解すだけの人外に成り果てた、馬鹿な呪術師じゃ」

 そう大見得を切って言った後、小さな声で

からすのトゥルートとだけでええ、儂の名前を、覚えていてくれんかのぅ」

 大呪術師が望む最後の報酬としては細やかすぎる望みを口にした。

 わたくしはまっすぐ烏のことをみつめて、「よろしくてよ」とだけ答えた。


 烏は「カァ」とこれまで鳴いてみせたことのない声で鳴いた。




問)烏はともかく、モノケロースって活躍して無いですよね?

答)『1ー3レインとリリィディア』にあった、レインへ持ち込まれた見合いの邪魔だとリリィディアに向けて送り込まれまくった刺客を退けていたのは彼でございます。ついでにその家の取り潰しとかも彼のお告げによるものです。(レインの報復じゃないんや。

現在は、王太子の婚約者からリリィディアを引き摺り下ろしたい一派の誘拐や殺害計画を潰して回ってます。話に関係ないんで書いてませんが大活躍中です。

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