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竜の乙女は悪役令嬢になることに決めました。  作者: 喜楽直人
第3章 悪役令嬢 リリディア
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3ー3 王太子キャメロン・カルヴァン

いつも読みに来て下さってありがとうございますです

 


 家に帰ると、綺麗な薔薇の花束が届けられていた。

 薔薇の花は嫌いだ。特に王宮の庭に咲く美しい薔薇には苦くて辛い記憶が結びついている。

 付いていたというカードには『お茶会には出られそうにない。すまない』と走り書きされ、キャメロン殿下のサインが入っていた。

「珍しいわね。殿下が毎月のお茶会をお休みすると言うなんて」

 熱があって倒れた時ですら『偶数月だから』といって公爵邸でのお茶会に参加したほどなのに。あれは、幾つの頃の話だったかしら。

「届いた花束はあなたたちで好きにしていいわ」

 わたくしは、碌にその花束へ視線も送らず、傍付の侍女へと申し付けた。

 わざとらしく怒って叩きつけてみせるというパフォーマンスも考えたが、幾ら苦手な花だろうと薔薇そのものに罪はない。

 かといって、部屋に飾る気にもならない。花が好きな誰かが喜べばいい。


「ハニーピンク男爵令嬢は、頑張ってくれているようね」

 早く完全に墜としてくれたらどんなにいいだろう。

 最近は、ふたり一緒にいても殿下が嫌がる素振りをしなくなった。

 それどころか、先日、彼女が侍らせている高位貴族の子息たちの婚約者であるご令嬢達が挙って文句というか正論を投げかけているところに行き合わせた時は凄かった。

 ご令嬢達の後ろからこっそりと事の成り行きを見学していただけなのに、

「リリィディア様、あなたが黒幕なんですね?!」

 と、ハニーピンク男爵令嬢にいきなり名前を呼ばれて決めつけられたことに吃驚して棒立ちになってしまったわたくしへ、

「リリィディア、お前という女は。我が婚約者は、急に貴族に取り上げられて苦労しているコリーン嬢を思いやることすらできないのか?」

 そう言って殿下がハニーピンク男爵令嬢の肩を持ち、窘めるようにわたくしを叱責したのだ。これまではきちんと関係者から説明を受けてから判断しようと努めていたあの王太子殿下が、だ。

 これは間違いなくかなり彼女に傾いているということだろう。

 あの時は話の方向と調子を合わせるのに苦労したけれど、喜ばしい変化だと思う。

「順調、ということかしら」

 わたくしの加護の力と、烏の用意した魅了の宝玉。

 わたくしの加護の方が強いのかもしれないと思った時にはかなり焦ったけれど杞憂だったようだ。

 王太子殿下には、是非この調子でハニーピンク男爵令嬢の虜になって欲しい。

 婚約破棄さえして貰えれば、わたくしに科せられた楔、封印は外れると烏は言っていた。

 アルフレッド様に選んで戴けるかは判らないけれど、でもすべては封印を解かなければ先には進めないのだから。

「わたくしに、あと何ができるかしら。マナーを指摘すれば厭味だと騒いで貰えることは判ったからコマメに口にするとして。あと他には…そうだわ、わたくしからもお茶会を欠席しましょう」 

 わたくしと過ごす時間が減れば、それだけハニーピンク男爵令嬢と共にする時間も増えるということになるはず。

 そしてわたくしが王太子殿下をお慕いしていない表明にもなる…いえ、これは愚策かしら。破棄したいと思っていることを王宮側に知られたら面倒臭いことになるかもしれないと言われていたのだわ。

「全部ではなくて、今回は殿下から欠席の連絡がきたのだから、来月はわたくしが欠席を申し出て…その次の月は会う、3回に1回程度会えばいいかしら。と、すると卒業式までに開くことになるのは…あと1回だけになるのね」

 声に出してみると、卒業までにもうそれしか期間がないのだと改めて時間が無いのだと実感する。

「…間に合うといいのだけれど。いいえ、間に合わせる。絶対に」


 

「あら。また花束が届いたのね」

 明日は本当なら王宮でお茶会の筈だった。というか明日になったらわたくしから欠席の連絡をするつもりだったのに。

 先に殿下の方からまた欠席の連絡が届いたようだ。

「くわっくわっくわっ。彼奴もすっかりあの娘の虜になったようじゃな。なぁ、儂の人選、最高じゃったろ?」

 嬉しそうにはしゃぐ烏に「ハイハイ」と雑な誉め言葉をやり、中に書かれたカードを確かめる。

 中身は先月と同じ『お茶会には出られそうにない。すまない』という走り書きとサインだけ。

 一時期は綺麗な文字が書けるようになっていた筈なのに、すっかり元の悪筆に戻っている。急いで書いたにしても慣れていないと読むこともできないだろうそれをくしゃりと握りつぶしてゴミ箱へと投げ入れた。

 学園内ですれ違う時はいつもその腕にハニーピンク男爵令嬢が咲き誇るような笑顔で張り付いているようにもなった。

 最初のうちこそ、そうしてすれ違う時に何か言いたげに視線を向けられることもあったけれど、それも最近は無い。

 すっかりハニーピンク男爵令嬢の虜になってしまった王太子殿下は、私がいることに気が付いてもいないのだろう。

 すべては計画通り。順調だ。

「このままいけば、卒業式までには破棄して貰えそうね」

 でももし、このまま卒業してしまったら…

 ぶるると急いで頭を振った。

 そうならない為にも、気を抜かずできることはすべてしていこうと思う。


 前回と同様、薔薇の花は下げ渡す旨を、花の蜜入り紅茶を持ってきた侍女へ申し付けた。

「それにしても嫌がらせなのかしら。わたくしの嫌いな薔薇の花ばかり」

 花の蜜の甘い香りが立ち昇る紅茶を口に運びながらわたくしがそう呟くと、侍女が吃驚したような顔をしているのを見つけてわたくしの方が驚いた。どうしたのかと問い掛ければ「申し訳ございません。たまに見つめていらしたので。お嬢様のお好きな花を聞かれた時、薔薇がお好きのようだとお答えしました」と真っ蒼になって震えていた。

 どうやらわたくしが、ふとした拍子に視界に入った薔薇を、つい苦く睨みつけるようにしていたのを勘違いしたのだろう。

 まぁいい。次に会った時は「わざわざ嫌いな花を束にして下さりありがとうございました」とでも礼を告げてみるとしよう。かなり悪役っぽい台詞ではないだろうか。

 残念ながら、ハニーピンク男爵令嬢への苛めではなく王太子殿下への直接攻撃になりそうだが結果としては大して変わらないだろう。

 そうしてそれきり、婚約者から届いた花束の事も、もう2回も連続でお休みになった婚約者同士でのお茶会についてもすっかり頭から抜けていた。



「…今日は、王太子殿下とのお茶会の日の筈だろう?」

 突然、普段ならまだ王宮にいる筈のおとうさま、ラモント公爵が自邸に帰宅してきた。そうして自室でレポートを制作していたわたくしのところまでわざわざ足を運んで確認されたのだけれど、わたくしは吃驚しすぎて咄嗟に返答できなかった。

 おとうさまがわたくしの自室に入ることなど、もう何年もなかったことだ。

 この方は、こんなに歳を召していただろうか。

 この国で一番結婚したい独身男性の名をもう二十年以上も独り占めしたままだ。 髪に白いものは見えないし、ボリュームもある。体形も若いときと全く同じでスマートなままだ。

 それでも、今夜の公爵にはどこか疲れが見えた。

 いつからこの方の目尻に皺ができるようになっていたのか。少し目のあたりが窪んで疲れが見えるせいだろうか。疲れが溜まるとしたら、それは何故だろう。

 公爵が竜の紅い鱗を手に入れてから、この国へ戦争を仕掛けようなどと考える国は一切なくなった。

 わたくしはそれを知らないけれど、その人非ざる力による奇跡は、人々の目に判る本物の奇跡としてこの国全体に幸福を齎したという。

 何故か緘口令が布かれたように、その奇跡の内容自体を広言することは慎むべきとされている。

 確かに、自分がどれだけ幸運に恵まれているのかを自慢するような行為は恥ずべき事なのだろう。故に、リリィディア辺りの年代からはその奇跡が一体どのようなものだったのか知る者は少ない。

「…キャメロン殿下ご自身から、お茶会をお休みしたいと申し入れがございました」

 最初に受けた衝撃が過ぎ去って、ようやく少しだけ落ち着いて考える事ができるようになったわたくしは、机の前から立ち上がり質問の答えを口にした。

「…先月も開かれなかったようだな?」

 どこから入った情報だろう面倒だなとは思ったけれど、先月はここ公爵邸で開く筈だったのだ。家令から情報が入っても当然なのだろう。

「はい。先月も、キャメロン殿下より申し入れがございましたので」

 頭を下げたままこれにも答える。

 じぃっと見つめられている視線を感じるが、下げた頭を戻すつもりはない。

 わたくしは、もう親の庇護を求めて彷徨う子供ではない。

 あの日公爵が引いた線を乗り越えるつもりは無い。

 他に何か言いたいことがあるのだろうか。不自然な沈黙がそのまま続く。

 この程度の時間を腰を落としていただけで疲れる様な軟弱な身体はしていないけれど、さすがにそろそろ不審に思う。

 わたくしが王太子殿下との婚約を破棄すべく動いているという情報が公爵、ひいては王国側へ筒抜けになっているのだろうか。

 ひやりとした緊張が背筋せすじを降りていく。

 結局、公爵はそれ以上何も問い詰めようとはしなかった。ただ「そうか」とだけ呟くように言って、わたくしの部屋から出て行った。



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