3ー1 魅了の宝玉と悪役令嬢
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「やあ、嬢ちゃん。早速だが頼みがあるんじゃ」
その足元にはどこから持ってきたのか、とろりとした蜂蜜を煮詰めたような深くて濃い光沢をした宝玉が一粒転がっていた。
「これをな、傍に立つ者の目に入り易い場所に身に付けられる宝飾品に仕立てて欲しいんじゃ」
深夜の公爵令嬢の私室。それはこの国において最高レベルの防犯体制が敷かれている筈だった。そこに勝手に侵入できるのも相手が烏だからだろうか。
肩に掛けるようにして羽織っていたガウンの合わせを深くして、私はその腰紐をぎゅっときつく結び直した。
「…女性への貢ぎ物は、自分の財力でお願いするわ」
とりあえず、真っ当な返答をかえしてみる。
すると、烏は心外だとばかりに否定してきた。
「違うわ。これは嬢ちゃんの為に作るんじや」
「私用なの?」
もっと違うとばかりに呆れた顔をした烏に首を横に振られる。
なんとなく愉しくない気分になったわたくしは、「使い道が解らないままでは協力できません」と伝える。すると
「嬢ちゃんの通ってる学園に、おもしろい転入生入ってきたじゃろ?」
烏のその言葉に、先週転入してきたばかりの一人の男爵令嬢が頭に思い浮かぶ。
ハニーピンクの髪と蜂蜜色の瞳を持ったその少女は、つい先日まで市井で暮らしていたのだという。男爵の御手付きとなった使用人が身籠ったことで放逐される。気分が悪い話ではあるが、よく聞く類の話ではある。
「コリーン・クーパー男爵令嬢のことでしょうか」
半年前、その少女の母親が亡くなったことで、庶子の少女の生活は急転した。
王太子と同い年の自分の子供が美しく育ったことを知った男爵は、それまで一度も連絡を取ったことのない少女を引き取って金の力も借りて強引に貴族の子女が集まる学園への編入を成し遂げたのだ。
彼女の編入初日、わたくしは校門をくぐったところで待ち伏せされて、『貴女が悪の公爵令嬢ね! 嫌がるキャメロン王太子殿下様に無理やり婚約を迫ったって聞いてるわっ。私がカム様の傍にきたからにはそんな暴挙許さないんだから!』と指差し叫ばれた記憶はそうそう忘れることはできないだろう。珍獣がきたと思ったものだ。
キャメロン殿下が喜んで婚約に同意した訳ではないのは間違いないが、婚約を結んだリリィディアだって生まれたばかりの仔竜だったのだ。無理強いしたのはわたくしではないと言ってやりたかった。
「そうじゃそうじゃ。今んところ、王太子や高位貴族の子息たちに纏わりついては邪険にされとるんで間違いないじゃろ?」
王太子とお近づきにさせてあわよくば妾、可能なら側后にまでと男爵が遠望したのかは判らない。とにかくお近づきにならねばそのチャンスすら手に入ることはないとばかりに目につく子息たちへ片っ端から接触を試みている。
しかし、その接触された子息たちの中にさえ、淑女教育をふっ飛ばして編入を優先した彼女に対してそのマナーのなさには顔を顰める者も多い。
「あれな、儂の采配なんじゃ。いやー、大変じゃった。丁度ええ物件探し当てるの、本当に大変じゃったんじゃあ」
それでは、この騒動の後ろには、男爵の野望だけではなく烏の思惑があったのだ。
「この宝玉にはな、軽度の魅了に近い術が施してある。なぁに、魅了そのものじゃないわい。ほんの少ぅしだけ心が素直になるだけじゃて。この宝玉を視界に入れとる時に聞こえる言葉が少ぅしだけ心に届きやすくなる。それだけのことじゃ」
高位貴族といわれる立場にあるものほど警戒心に優れるものだ。言葉を額面通りに受け取ることはないし、その言葉に隠された裏を読み取ろうとする。
それを阻害する。軽度と謳いながらなんと強力な術なのだろう。
烏の身に宿る呪術師の大きな力。昔話として聞かされたそれよりずっと些細で、ほんの末端部分を見せられただけだというのに思わず身体に寒気が奔った。
そんなわたくしを前にして、烏は意気揚々と次の一手を発表した。
「”王太子殿下に真実の愛を知って貰って婚約破棄!” どうじゃ、最高の一手じゃろ?」
「真実の愛が魅了の術の先にあるとは思わなかったわ。でもいいわね、それ」
これ以上ない位、王太子に対して圧を掛け続けてきた。しかし、それだけで婚約解消まで持っていくのは無理があると思っても来ていた所だった。
「じゃろじゃろ? 儂、天才じゃろ? 褒めていいぞ」
手配を済ませ王太子とあの娘の仲が進んだら、あの娘に嫌がらせをしてもいいのかもしれない。
真実の愛を捧げた相手を虐め抜く邪魔な存在。
そんな女との結婚は嫌がって当然だろう。
きっとそれでチェックメイトだ。
珍しいわたくしの素直な褒め言葉にはしゃいで回る烏に、ふと予てより持っていた疑問をぶつけてみた。
「ねぇ、なんで貴方は、わたくしの手伝いをして下さるの?」
何の得もないのに。
もう秘薬を飲んだ呪術師に、竜の心臓は必要ないだろう。
レインが提示した金銀財宝もわたくしには用意できない。
一体、なぜ苦労してまでこんなことに付き合っているのだろうか。
わたくしの疑問に、烏は少しだけ黙った。そうしてぽつりぽつりと話し出した。
「なんで、か。そうじゃな。これは、儂が始めた劇だから、かの。一番近くで、ラストシーンまできっちりと観たいんじゃ。レインはちぃとも動かなくなったしのぅ」
その声は、さきほどまでのはしゃぎまくったそれとはまったく別の、人生の重みを感じさせるように響いた。
「今が烏じゃからの。上手くいけばまた鳥じゃが次は魚か虫ケラかもしれん。下手を打てば植物じゃ。大きな樹木に宿ってものう。人間の言葉は理解できても人間の言葉が発せられるものか判ったものではないからの。言葉を理解しようとも言葉を操る術を失った儂がいつまで儂でいられるか。判らんじゃろ?」
わたくしは、この烏が何を言っているのか半分も解らなかったけれど、この烏に宿った命が紡ぐ真実がそこにあるのを知ってそれで納得することにした。
そこに嘘がないならそれでいい。十分だ。
わたくしは、さっそく受け取った宝玉を使ってチョーカーを仕立てた。
どんな装いにも似合うように少しだけ紅を混ぜた明るめの黒いベルベットをベースに選ぶ。ここの正面に烏が持ってきた宝玉を配した。それだけでは地味なので派手好きな男爵令嬢に合わせて少しだけサイズが小さい似た色の石をそこに連ねる。
これなら華やかさを持たせながらも正面にある一番大きな宝玉に目が行くのを邪魔しないだろう。
出来上がったその美しい装飾品を見た烏は満足そうに受け取って夜の闇に消えていった。
「本当に効果あるようね」
私はひとり生徒会役員室の窓から、中庭で繰り広げられている茶番を見ていた。
視線の先で、男爵令嬢の周りには見目麗しい(この国には見目麗しくない者など市井にすら存在しないのだけれど。なんでかしらね?)令息たちで溢れかえっていた。
これまで気安い態度で纏わりついてくる彼女に対して嫌悪の表情しかとってこなかった男子生徒たちが、こぞって彼女の視線を自身へ向けようと争っているのがこれほど離れていても伝わってくる。
チョーカーを烏に手渡してからたったの一週間のことである。
「凄いわ彼女。世界の覇権だって獲れるんじゃないかしら。国境沿いの紛争地帯に彼女を送り込んだら有利な条件で休戦や停戦の条約を結んでこれそうだわ」
そんな私の考えを聞き覚えのある烏の声が否定する。
「無理じゃな」
ばささ、と外側の窓枠の縁に足場を求めた様子の烏に向かって断言した理由を促す。
「だってあの宝玉、一年後には呪いの宝玉扱いじゃぞい」
くえくえと愉しそうに告げる烏に視線で更なる説明を求めた。
「利益と不利益。儂の術に限らず、この世界の理という天秤は釣り合いを求めるのじゃよ。この一年の内にあの娘が使う人的魅力、人の懐に入り易くなるという力は通常なら…そうじゃな100年分相当かの。来年から100年間は、誰もかれもが彼女の言葉に反感を持つようになるじゃろ」
「100年?! 呪いが終わる前に寿命が尽きるじゃない」
それは酷い。卒業して実際に嫁に行こうとした途端、これだけちやほやされた生活から真っ逆さまに堕ちるのか。少し哀れな気がしなくもない。
「あのチョーカーを捨てたら終わりではないの?」
身に着けて発動するなら、身につけなければその呪いも発動しないのではなくて?
「無理じゃな。あの娘の持つ魅力を先取りして消費することで発動しとるからのぅ。100年の不遇に耐えるのは必然じゃよ。世界の理との約束事じゃ。棄てられる訳がないじゃろ。捨てても戻ってくるぞい」
わたくしの楔を外す為に一人の少女を呪いに掛けるのは気が引ける。
今なら、死ぬ前に呪いが終わる程度の被害で済むのではないのかしらと悩んでいると、
「気にするでない。あの娘が言ったんじゃ。『高位貴族の嫡男を、できることなら王太子様を墜とし手に入れたい』『その為なら何でもするのに』『命だって掛ける、悪魔とだって契約するのに!!』とのぅ。だから儂が契約してやったのよ。そうして願いを叶える為の手札を用意してやったんじゃ」
悪魔と契約。あのハニーピンク男爵令嬢なら確かにやりそうな気もする。
視線の先で、なりふり構わず高位貴族の子息たちに擦り寄る姿を見遣る。
しかし、その裏に隠された罠についての説明を、烏はしたのだろうか。
そんな疑惑の視線を投げかければ、クエクエと笑い飛ばされた。
「それにの、宝玉の力がなくてもあの娘はどこかの高位貴族の世間知らずの坊ちゃんを取っ捕まえた筈じゃがのぅ、マナーも覚えず貴族の世界でやっていける訳なかろ? 婚姻を結んでしもうてから、一族郎党の女性陣や煩さ方から唾棄され馬鹿にされ苛められ続けるより、全部墜として大満足した後、完全にそっぽを向かれた方が人生トータルとしてはずうっとマシじゃろうて」
そうだろうか。でも、そういう道を選ぶこともありなのかもしれない。
恋というふわふわした部分、幸せの上澄みのようなものだけを味わって終わる、そんな幸せもありなのだろう。
「お。ついに本命現る、じゃぞ」
見てみぃ、と言われて視線を彷徨わせると確かに中庭を通りかかった王太子の進む先には、少女が仁王立ちになって立ちはだかっている。
庶子の男爵令嬢ごときが王太子殿下の歩く先に立ち塞がる。
そんなことをしでかす人自体、これまでいなかった。
しかし、今は彼女、悪魔との契約すら厭わないハニーピンク男爵令嬢がいる。
彼女が引き起こしたこの事件は小さく終わるのか盛大な花火となって打ちあがるか、それとも事件にすらならなくてかき消されてしまうのか。
興味津々見ていると、なんと王太子一行は中庭をまっすぐ突き進むのを止めてしまったではないか。
どこに進んでいるのかと言えば、こちら側。
リリィディアが覗き見をしている生徒会役員室の窓に向かって歩を進めているようだ。
そうして窓のすぐ下へとやってきた王太子は
「貴ぶべき尊き存在の僕を見下ろすとは。礼儀というものを知らないのか、リリィディア・ラモント!」
「あらまあ。ごきげんよう、王太子殿下。今日もお元気ですわね?」
そのまま窓枠に手を掛けた状態で返事をしてみるのも野暮かと思ったので、窓の下からで見えるとも思えなかったがきちんと淑女の礼を取って応えた。
窓の外では「降りてこい、リリィディア!」という王太子の騒ぐ声がしていた。
「大変申し訳ございません、殿下。わたくしには生徒会長としての仕事がございます。王太子妃教育もございますし、こうして昼休みに仕事をこなさねばすべてを廻すことができなくなりますの」
実際には、窓辺で食後の紅茶を飲みながら、中庭で繰り広げられている宝玉が起こした茶番を見ていたところなのだけれど。
この学園の生徒会長は、2学年次の最後に行われる年度末試験の首位を獲った者が任命されることとなっている。
筆記試験のみならず、乗馬、ダンス、マナー、そして護身術を兼ねた剣技の授業もすべて合わせた試験の平均点によって選ばれたそれは栄えある存在として学園で君臨できることとなる。
学園創立以来、ずっとその栄誉は在籍している王族がいる限り、王族が占めてきていた。やらせではない。この国の王族はそれだけ優れた血と性質をもってこの国を治めていた、それだけのことだ。
しかし。今年はわたくしリリィディアがいる。
先代国王陛下の王弟を始まりとするラモント公爵家は王族の一員と看做されなくもない。しかし、同じ学年に王太子殿下がいるとなれば、本来はその王太子殿下が生徒会長となるべきだった。王太子殿下が不出来であるということはまったくない。ただリリィディアの方が優秀だったというだけだ。むしろ優秀すぎた。それだけだ。
生徒会副会長以下は生徒会長が仕事をやり易いように任命できることになっていたことも悲劇を生む。
王太子を副会長に任命できる筈もなく、もし任命されてもこの王太子がリリィディアの下に着くことを善とする筈もないのだから。つまりは王太子殿下の未来の側近候補であった高位貴族の令息たちもその任を受ける事はない。
拠って、現在の生徒会役員は会長以外を最終学年である3年生ではなく2年以下の成績優秀者で埋めることになった。これも学園開校以来の出来事となった。
「うるさい。お前、優秀なのだろう。さっさと済ませて降りてこい。いつまでも僕を見下ろすな」
「なんじゃ、あいつ。面倒くさい拗らせ方をしとるのう」
烏の言葉に思わず笑ってしまった。その笑った声が届いたのか窓の下の王太子の声が更に響いてくる。
「おい、リリィディア。いま僕を嗤ったな?!」
うわ。本当に面倒くさい、どうしようかしらと思案した時だった。
「キャメロン殿下、捕まえたっ♪」
甘ったるい声が、捕食対象をロックオンしたようだ。
勝った。王太子の後ろからハニーピンクの頭が近付いてくるのが見えていたので、この展開を期待していたのだ。
その少女は、何故か傍に張り付いて危険を排除することを使命としている未来の側近たちの横を簡単に通り抜け王太子の腕に絡みついていた。
さすがね。堅物で知られる騎士団長の子息も、冷静沈着として名が通っている宰相の子息もすでに陥落済のようだ。さすがのひと言しかでない。
「うわっ。勝手に僕に触るな。おい、お前等。こいつをなんとかしろ」
そうして、なぜか本命であるキャメロン王太子殿下だけが、いまだ陥落されていなかった。どうしてかしら。
「…殿下こそ、彼女に陥落してほしいのに」
残念でならないとため息が吐いて出た。
「一応あんなのでも嬢ちゃんの加護が宿っておるからの。やはりそう一筋縄ではいかんようじゃのう」
「…そうでしたわね。私の加護を王太子に与える代わりに、命の灯を分けて貰ったという話でしたわ」
すっかり忘れていたけれど、それでは宝玉の力を合わせてもそう易々と王太子に真実の愛に目覚めて戴くことは難しいのかもしれない。
運を他人任せになんてしてはいけないのだろう。私は方策を考えることにした。
「そうでしたわ。わたくし、彼女を虐めるんでしたわ」
正直、どうすれば嫌がらせというものになるのか、全く想像できずに実行に移せないで来たけれど、あとで一覧表でも作って対応策を纏めなくては。
虐めをするような女のことは嫌いになるだろうし、虐められることで更に彼女は庇護欲をそそるようにもなるだろう。可哀想な存在に手を差し伸べるうちに真実の愛に目覚めるかもしれない。すぐに効果はでなくとも多少はガードが下がってくるだろう。これなら、いけるんじゃないかしら。
「ハニーピンク男爵令嬢を苛め抜きましょう。悪役令嬢に、わたくしなりますわ」




