2ー6 紅い鱗の真実(後編)
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「本当なら番が亡くなった時点で長の命も終わる筈だった。それを繋いでいるのは多分、番の胎にいた吾子への想いだ」
何故だろう。その言葉の続きを、今は聴きたくない。
「やめて…」
「長と番は、胎にできた吾子に名前を付け、朝な夕なに呼び掛けていたという」
「やめて…やめてくださ…」
涙が勝手に溢れてくる。どうしてだか判らない、熱い涙が。
「長と番が付けた吾子の名前は『ディア』。長の番の名前は…さきほど、リリィディア、そなたに訊ねたな? 『『リリィ』という名に覚えはないか』と」
あぁ、あぁ!!
「『リリィ』それが長の番の名前だ、リリィディア。長の番と、長と番の吾子の名を併せ持つ者よ」
それは…それでは……。
「お前は、我が一族先代の長であるオーガスト・クレーバーンとリリィが娘。竜なのだ」
「私が、私も…竜」
そうか。それでか。それでなのか。
私が生まれる前からいる公爵家の使用人ほど、わたくしに怯える理由が判った。
顔がきついせいではなかった。
威圧感ありすぎと陰で哂われているせいなどではなかった。
笑顔の練習などしても無駄だったのだ。
声のトーンだの、会話の選び方だの、表情なんかちっとも関係なかった。
私が、人ではなかったから。
──それを、知っていたのだ。使用人達は。
誰も抱きしめてくれない筈だ。私は人ではないのだから。
誰も愛してくれない筈だ。私は竜なのだから。
恐れ、怯み、嫌悪する。恐怖の対象。
紅い鱗を奪い、誉れにする。私は、討伐の対象だったのだ。
憎しみと怒りで目の前が真っ赤に染まる。
身体の内でうねるようなどす黒い何かがわたくしの中から溢れ出て行こうとする。
「熱い。熱い熱い熱い熱い」
どうにもならない胸に溜まる苦しみに、高く叫んだ瞬間だった。
ぶるるるる。
「…モノケロース」
大きな黒目勝ちの瞳が、私の顔を覗き込んでいた。
宥めるように、鼻先を私の頭や頬に擦りつける。
たっぷりとした長い睫毛に縁どられたそれに覗き込み覗き込まれているうちに、心が落ち着いてくる。
「…そうね、わたくしには、あなたがいてくれたわね」
ありがとう、そうぎゅっと温かなその首筋に抱き着いた。
胸に溜まったどす黒い何かが涙となって溢れる。そうしてそれが乾き始めた頃、わたくしはようやく落ち着いた。
「…なるほど。あなたが長に代わってリリィディアを守護していたのか」
神竜様が、呆れたような声を出した。
あなたと呼びかけた? …神竜様は、モノケロース号のことを知っている?
その時、モノケロース号が光を帯びた。その眩しさに目を閉じる。
ぶるる、と再び鼻先で宥められて目を開けると、そこには真っ白な白馬が立っていた。
「…角があるわ」
『一角獣だからな』
うわっ?! モノケロース号が喋った。でも、そうねそうなのね。
「…モノケロースという名前は、間違ってなかったのね」
光翼の神竜様が降臨されただけでも驚くべき事なのに、公爵家で飼われている葦毛の馬が一角獣だったなんて。
週に一度とは言わないけれど、月に三回は勝手に乗り回していた自分に眩暈がしそうだ。
『もう10歳をとうに過ぎているのに。どこのどんな馬よりモノケロースは素晴らしい馬ですよ』
厩番たちがこぞって褒めたたえるのも当然だ。一角獣様、精霊さまだったのだから。
「一角獣様とは存じませんで失礼いたしました。もう鞍をつけたりしません…といいますか、騎乗自体しない方がよろしいでしょうか」
モノケロース号との遠乗りは心躍る唯一の時間だったけれど、仕方がない。
公爵家には他にも馬はいる。不敬なことはしない方がいいだろう。
『乗っておくれ、リリィディア。私がお前の近くへ寄ることができる一番の方法だ』
何故だろう。何故、一角獣様のような尊い御方が、私に騎乗させてまで傍にいてくれようとするのだろうか。そういえば先ほど神竜様は『守護』という言葉を使われていた。
「…なぜ、わたくしの傍にいてくれるのですか?」
『……』
黙ってしまった一角獣様に、どう言葉を続ければいいのか判らない。困っていると、神竜様が答えをくれた。
「この一角獣も、先代の長が番を探しに行こうとするのを哂って邪魔した一員だからだよ」
ばっと一角獣様のお顔を振り仰ぐ。
私よりずっと高い位置にあるそれは、気まずげに視線を逸らした。
『…一角獣は、純潔の乙女の味方なのだ』
……。
「つまり、胎に仔のいる長の番は守護対象に入らなかったんですね?」
『………すまない』
はぁ、と大きなため息が漏れていく。
「そう怒るな。実際には一角獣の長は喧嘩までは参加していない。ただ慌てる長に向けて揶揄う声を上げ、番を探す邪魔をしたニンフや小鬼どもを止めなかっただけだ」
「…それなのに、わたくしを代わりに守護して下さっているのですね?」
『乙女の味方だからな』
ぶるる、と答えるその顔は、さきほどより少しだけ自信に溢れていた。
『リリィディア、お前の母を救いに行く邪魔をして悪かったと思っている。代わりにもならないだろうが、お前が私に守れるその日まで、もしくはお前が竜に戻れる日まで、私にできる限りのことをしよう』
一角獣様はそう厳かに宣言すると葦毛のモノケロース号に戻った。
「…守れるその日?」
竜に戻った時はともかく、それ以外でも期間限定なのが気に掛かる。
「一角獣は純潔の乙女の味方だからだ。リリィディアが番を見つけて仔を成すべく行為を行えば、この方にはお前に近づくことすらできなくなる」
貴族の嫁取りも同じことですけれど、なんだか嫌な基準ですわね。
大好きだったモノケロース号に跨ることの、その好きが少しだけ減ってしまった気がした。
「リリィディア。お前に掛けられた楔、封印を解かない限り、私は…私以外であろうとも竜はお前に触ることができないようだ。連れて帰ることはできない」
緊張したまま頷いた。先ほどの火花が頭に浮かぶ。強引に事を起こしたらもっと大きな火花を生むことになるだろう。
「そうして…これはまだ確証はないが、お前はこの国の王太子と生まれた時から婚約を結んでいると言ったな? それが怪しいと考えている」
竜に人の形を取らせる為の封印を施す方法として、婚姻を結ぶというのは納得できる気がするし判り易い気がした。
「国が施した術だろう。お前の父を名乗っている男も絡んでいると思う。つまり、お前からその婚約を破棄したいと申し出ても叶うことはないだろう」
ひと言も聞き漏らさないよう、緊張して神竜様のお言葉に耳を傾ける。
あまりにも現実離れをしていることの連続で、頭の奥が痺れてきていた。けれど、文字に残すのは不安が残る。全部記憶と心に刻まなければ。
「お前に科せられた封印を解く方法を私も探そう。必ず助ける。待っていて欲しい」
そう告げると、麗しい佳人は光の中へと消えていき、再び光翼の神竜様がお姿を現した。
ばさり。大きな美しい羽を広げる音がする。
「…先代の長の名がオーガスト・クレーバーンだというのは言ったな? クレーバーンとは、虹色の輝きを持つ鱗を戴いた竜にのみ与えられる名だ。リリィディアに名乗らせながら自らは名乗らず失礼した。我が名はアルフレッド・クレーバーン。虹色に輝く翼を持つ者として、番を喪って床に伏しているオーガスト様に代わり竜の一族を治めている」
「アルフレッド・クレーバーンさま」
お名前を教えて戴けたことに心が震えた。
例え、二度とお会いすることが叶わなくとも、わたくしは死ぬまでこの名を忘れる事はないでしょう。
「必ず助けにくる」
ばさり、ばさり。
大きな翼が羽搏く度に、その大きな身体が空高く舞い上がっていく。
ばさり、ばさり、ばさり。
「必ずだ」
遠く小さくなっていくその姿に誓う。
「はい。お待ちしております、光翼の神竜アルフレッド・クレーバーン様」
陽が傾き始めている。そろそろ屋敷に帰らなくてはいけない。
そう思いはするものの、わたくしはなかなかその足を踏み出せないでいた。
結局、影が少し伸びてきてモノケロース号に催促されるまで、その場で佇んでいた。




