【第8話】 兵器級プルトニウム
これまでは主にウラン235の核分裂反応について述べてきたが、もう一つの代表的な核分裂性物質であるプルトニウム239についても説明しなければならないだろう。
プルトニウム239は原子炉内でウラン235が連鎖核分裂反応を起こした際の副産物として生成される。
プルトニウムは自然界にも存在するが極めて微量であるため、ウラン濃縮のような方法でプルトニウムを生成するのは非現実的と言える。
そのため原子炉を使って人工的に生成するのが、プルトニウムを入手する唯一の方法になる。
原子炉内でのプルトニウム生成過程は以下のようなものだ。
まずウラン235が核分裂する事により放出された中性子をウラン238の原子核が吸収すると、ウラン239に変化する。
ところがウラン239は半減期が極めて短い同位体であるため、すぐにベータ崩壊を起こして、ネプツニウム239に変化する。
そしてネプツニウム239の半減期も2日程度であるため、数日以内には再びベータ崩壊を起こし、プルトニウム239に変化する。
プルトニウム239の半減期は約2万4千年もあるので、短期間では他の元素に変化する事は無く、プルトニウムのまま核燃料内に蓄積される。
原子炉の核燃料は使用を続ける事によりウラン235が消費され、ウラン濃度が下がっていく。
そればかりではなく、核燃料にはストロンチウム90やセシウム137といった核分裂生成物が蓄積されるため、次第に核分裂反応が起きにくくなる。
そうなると原子炉の安定稼働に支障をきたすため、核燃料に含まれるウラン235を完全に使い切る前に、核燃料を交換する必要がある。
軽水炉の場合、元々3%~5%あった核燃料のウラン濃度が1%程度まで低下したところで交換する事が多い。
例えばウラン濃度3%の核燃料の場合、1tの核燃料に含まれるウラン235は1tの3%である30kgであり、残りの970kgがウラン238という事になる。
これがウラン濃度1%の使用済み核燃料になると、ウラン235が30kgから10kgまで減少し、ウラン238は970kgから950kgに減少する。
その代わり10kgのプルトニウムと30kgの核分裂生成物が生成される。
ウラン濃縮は、遠心分離法を使う事で濃縮の効率が大幅に向上するが、それでも多量の時間と電力を必要とする事に変わりはない。
ウラニウムで原子爆弾を製造するためには、ウラン濃度を80%以上にする必要があるため、ウラン濃縮に大変な手間と金がかかる事になる。
しかしプルトニウムであれば使用済み核燃料を再処理する事により、比較的簡単に取り出す事が出来るため、実際に原子爆弾の原料として使われるのは、一部の例外を除いてプルトニウム239である。
ただし核燃料を再処理する事により取り出されたプルトニウムは、純粋なプルトニウム239ではない。
プルトニウム239以外の同位体が一定の割合で含まれている。
これらのプルトニウム同位体の中で、特に問題になるのがプルトニウム240の存在だ。
プルトニウム240は極めて核分裂を起こしやすい核種である。
そのため、何らの外的刺激が無くても核分裂反応を起こす場合がある。
これは「自発核分裂」と呼ばれており、プルトニウム240の存在は、原子爆弾の爆発には有害に働く。
プルトニウム240が高い割合で含まれているプルトニウム239の場合、これを実際に原子爆弾の原料として使用すると、プルトニウムの中心部が設計よりも早く連鎖核分裂を起こしてしまうため、プルトニウム全体が完全に連鎖核分裂を起こす前に爆散してしまう。
これが「不完全核爆発」あるいは「過早爆発」と呼ばれる現象である。
プルトニウム型原子爆弾で完全な形の核爆発を起こすためには、プルトニウム240の含有率が非常に重要になる。
プルトニウム240の含有率が10%を超えると、不完全核爆発を起こす可能性が高くなるため、原子爆弾の原料としては不向きである。
原子爆弾の原料として使うためにはプルトニウム239の含有率を90%以上に高める必要があるが、その中でも特にプルトニウム239の含有率が93%を超えるものを「兵器級プルトニウム」と呼んでいる。
一般的な軽水炉で生成されるプルトニウムの場合、少なくとも20%以上のプルトニウム240が含まれており、これは「原子炉級プルトニウム」と呼ばれている。
プルトニウム239とプルトニウム240を分離し、プルトニウム239のみを取り出す有効な方法は現在も見つかっていないため、原子炉級プルトニウムを兵器級プルトニウムにする事は出来ない。
しかし軽水炉ではなく、黒鉛炉で生成されるプルトニウムであれば、兵器級プルトニウムの製造が可能だ。
黒鉛炉とは、原子炉内で放出される高速中性子を減速させる材料として、軽水ではなく黒鉛を使用する原子炉の事である。
黒鉛炉は軽水炉に比べて2つの大きな特徴を持っている。
まずは今述べた、兵器級プルトニウムが生成可能である事。
もう1つは、核燃料のウラン濃度が低くても、原子炉が稼動出来る事。
黒鉛は中性子の減速材として十分な能力を持ちながら、黒鉛自体は中性子をあまり吸収しないため、例え核燃料のウラン濃度が低くても原子炉内で連鎖核分裂の持続に必要となる十分な量の中性子を供給する事が出来る。
それはつまり黒鉛炉であればウラン濃縮を行わずに、そのまま核燃料として使用しても、安定稼働が可能な事を意味している。
一方、黒鉛炉の最大の問題は、その経済性にある。
軽水炉より発電コストが高いのだ。
そのため発電目的の商用原子炉としては、コストの安い軽水炉が採用される場合が圧倒的に多い。
このように世界全体では少数派である黒鉛炉だが、ロシアや北朝鮮ではメジャーな存在だ。
1986年4月26日に爆発事故を起こした、旧ソビエト連邦のチェルノブイリ原子力発電所も黒鉛炉である。
旧ソビエト連邦では、兵器級プルトニウムの製造だけが目的ではなく発電目的としても黒鉛炉が使用されたが、北朝鮮の場合は、発電目的と言うより兵器級プルトニウムの製造が主目的と思われる。
核燃料は長期間使用する程、プルトニウム240の含有率が高くなってしまうため、兵器級プルトニウムを製造する目的で黒鉛炉を使用する場合、原子炉を数ヶ月稼働させたら、すぐに核燃料を原子炉から取り出して、再処理工程に回してしまう。
このように原子力発電を行っている国は、原子爆弾の原料となり得るプルトニウムを自動的に入手する事になるため、国際原子力機関による監視・査察が行われている。
ただし監視や査察を受ける義務があるのは、国際原子力機関加盟国のみであるため、1994年に国際原子力機関を脱退した北朝鮮は対象にならない。
『第9話 放射線と電磁波』は4月10日(金)20時に公開予定です。