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エピローグ

「あっ。竜胆君と三嶋さん」

 水無月は病室に入ってきた司と愛音の姿を認め、顔を綻ばせた。

 私立病院の一室である。水無月は真っ白な患者用の衣類を着ており、ベッドにて上体を起こしている。個室ではないため、周囲にも同じような人たちが何人か居る。

「久しぶりだな。具合はどうだい?」

「はい。大分良くなりました。すぐにでも学校にいけそうな気分です」

「いや、あんまり無理はしないでくれよ」

「いえいえ、私も早く竜胆君と教室で勉強したいですから」

「……ん? なんだって?」

「な、なんでもないです」

 水無月は恥じ入るように顔を赤らめ、顔を伏せてしまう。

『眠り病』の唐突な消失から数週間が経っていた。それまで昏睡状態にあった患者たちは、まるでタイミングを合わせたかのように次々と目覚め、今では退院していく患者が何人も居る。世間も次第に『眠り病』のことを忘れ始めており、風化していくのは時間の問題だろう。

 ただ病院関係者だけは、原因が分からなかったのが心残りなのか、今でも調査を続けてるという。

「水無月さん。これ、僕が作ったんだ。良かったら食べてくれ」

 司はそっぽを向いてしまった水無月へ包みを見せた。彼女が包みを見ているのを確認すると、紐を解いて中身を見せた。

「これ、クッキーですか?」

「甘いのは嫌いか?」

「そ、そんなことないですっ! 大好きっです!」

 突然大声を出したので、周囲の患者も何事かとこちらへ目をやる。再び水無月は顔を伏せる。

「……えっと、皆さんも食べますか?」

 なにやら妙に恥ずかしい空気になってしまったので、打開策として病室内の患者にもクッキーを振舞うことにした。

「おやいいのか? 悪いねぇ」

 初老の男性が始めに手を取り、かじる。他の患者はそれを見守るように見つめる。

「……甘くてサクサクでおいしいねぇ。これホントにお前さん作ったのかい?」

「はい。料理は得意なんで」

「若いのに感心だねぇ。ほら皆さん、おいしいから食べてごらん」

 男性の勧めに安心したのか、他の患者もクッキーを口へ運ぶ。口々に賞賛の言葉が零れ、司は嬉しい気分になった。

「り、竜胆君これおいひぃですっ!」

「ありがとう。でも落ち着いて食べてくれ。喉に詰まらせるなよ」

「だいじょうふれ……ゴフゴフッ」

「……言わんこっちゃない」

 司は病室に備え付けられている急須からお茶を注ぎ、水無月へ渡す。貪るように彼女はお茶を喉へ流し、ほっと息を着いた。

「た、助かりました……」

「だから言ったじゃないか」

「すいません。つい、嬉しかったもんですから」

「あんなので良かったら、いくらでも作って持ってきてやるよ」

「えっ……。それは私だけに、ですか?」

 ドギマギしながらそう訊くと、

「……? いや、クラスの皆にだよ」

「そ、そうですよねー。はははっ」

 ぽてっ、と枕に額を付けて沈黙した。司は焦る。

「ど、どうしたんだ水無月さん。気分が悪くなったのか!?」

「なんでもないですぅ……。ちょっとそっとしといてください」

 こもった声が聞こえてきた。

「いや。悪いけど……、どうしても謝りたいって奴がいるんだ」

「……誰ですか?」

「ほらっ、愛音」

 それまでずっと無言だった愛音が、司に背を押され前に歩み出る。

 久しぶりに見た彼女は、なぜか表情が曇っていた、水無月は自分が、彼女から謝られるようなことがあっただろうかと脳内検索をかけるが、一向に該当するものがヒットしない。

「……その、水無月さん」

「はい」

「……………………ごめんなさい」

 深々と、愛音が頭を下げた。口調も真剣そのもので、ふざけてやっているようには見えない。

「み、三嶋さん。そんな、いいですから」

 悪いことをされた覚えがないのに謝られるのは、ひどく心地が悪い。水無月は慌てる。

「止めてくださいよ、三嶋さん。それに、私何かされたんですか?」

「………………言えない、けど。でも私、水無月さんにひどいことしちゃったから、ごめんなさい」

 顔を上げないまま、愛音は言う。啜り上げるような声まで聞こえる。泣いているのだろう。

 水無月は司へ目を向けた。だが彼も真剣な目をしていた。

 とにかく聞いてやってくれ。そう言っているような気がする。

「三嶋さん、顔を上げてください」

「……で、でも」

「許します、許しますから! そんな、泣かないでください!」

「…………」

 無言のまま、愛音が顔を上げた。顔は泣き腫らしたためにぐちゃぐちゃになっている。事情は分からないが、まるで自分が悪いことをしてしまった気分である。

「理由は、教えてくれないんですね?」

 これも無言で、愛音が頷く。

「じゃあ、それでもいいです。私、何にも気にしてないですから」

 水無月は愛音は笑みを向けた。それを見て、愛音は更に涙を零す。

「だ、だから泣かないでくださいって!」

 二人の女子が慰め合うのを、司は微笑ましい表情で見やった。




「気は楽になったか?」

「うん、少しだけ……」

 水無月の病室を退室した愛音は、司へ心情を吐露していた。

「水無月さん、困った顔してたね……」

「だろうな。事情が分かんないのに謝られたって困るだろう、普通」

「私、何やってたのかな……」

「自分の心の整理を付けたかったんだろ? 水無月さんなら心配はいらないと思う。あの人は気にしないだろうから」

 今回の『眠り病』を発端とした魔禍マギは、収束した。

 異端者グノーシスにして事件の黒幕だったイドゥン・アークダイル(『朝槻玲』は偽名だった)は異界へと転送され、現世から姿を消した。

 実質、首謀者が消えたことで事件は立ち消えとなとなったが、魔禍に関与した竜胆司と三嶋愛音の二人は、現在魔女会議に重要参考人として査問を受けている最中だ。

 とはいえ、今のところ通知も何も来ていない。愛音には司への『還魂の法』行使という嫌疑がある以上、只事では済まされないとは思われる。

 だが、二人の表情は晴れやかだった。

 愛音から事情を聞いた司は、自身に起きた凄惨な過去を呑み込んだ上でこの身体と共存していく道を選び、愛音も犯した罪に怯えていたものが司によって許されたことで安堵感に満ちていた。

(これでいいよな、ツカサ)

 返事が戻らないことを知っていつつも、司は今は自分の中に眠るきょうだい──ツカサへ呟いた。

「……ところで、司」

「なんだ愛音」

 ふと、愛音の足が止まった。司は振り返る。

「……どうした愛音。表情が固いぞ」

 彼女の顔は笑顔が張り付いていた。だが、目は笑っていない。

「さっきの会話で、随分水無月さんと親密だったみたいよね。ちょっと私、事情が知りたいなー」

 口調も平穏そのものだが、ところどころが若干震えている。何による震えなのか、それが分からないほど司も鈍感ではない。

 そう、怒りだ。だがなんで怒っているか、それが分からない。分からないが、それを尋ねるのは火に油を注ぐどころかガソリンをぶっかけるような行為に等しいと思った司は、引きつった顔で答える。

「し、知らん」

「へぇー。知らないんだぁ……。それっておかしいよね」

「おかしくない。知らんもんは知らんのだ」

「へへへー。そっかそっかー」

「…………あぁ。ごめん愛音、僕用事思い出したから先行くわ」

 そそくさと退散しようとするも、それを見逃してくれるほど愛音はぬるい相手ではなかった。

「待ちなさいっ!」

「こ、断るっ!」

 待てと言われて待つ馬鹿などいるはずもなく、司もそうではない。病院の中だというのに、司は駆け出した。

「こらっ、走るな! 身体に障るでしょ!」

「走らないと、愛音に、なに、されるか、分からな、い、だろ!」

「何もしないわよ! ホント、何もしないわよーっ!」

 入院患者や訪問客の迷惑も顧みず、二人は言葉の応酬を掛け合いながら病院内を駆け回った。




「……ったく、アイツらはバカップルかよ。観察なってやってられっか」

 件の二人を遠くから見ていたシグムドは、呆れた口調でぼやいた。

 傍らにはエイルもいる。だが彼女は昼間だというのに船を漕ぎ出しており、首がカクンカクンと前後に揺れている。

「……はぁ。さっさとアイツらと縁切って、別の任務に着きたいぜ。何が悲しくてこんなこと……」

 今回の魔禍の報告書を提出した二人に下された任務は、司と愛音への正式な判決が出るまでの保護観察であった。

 エイルとシグムドは引き続き町に滞在し、ホテルを拠点に二人を監視していた。

 とはいえ、あの魔禍以来二人は魔法を一切使っていない。ごくごく普通な、高校生活を満喫している。保護観察の必要性をいまいち感じないが、判決が出るまで完全放置というわけにもいかないのだろう。シグムドはそう思うことで納得した。

「……んむぅ。……シグムド、今何時ですか?」

「11時半ごろ」

「…………そろそろお昼ですね。……また彼のところでお世話になりましょう」

 エイルとシグムドは時たま、竜胆家に乗り込んでは食事をたかっている。司は隔意なしに料理を振舞ってくれるが、愛音は警戒心丸出しの厳しい顔で睨んでくることが多い。

 一時協力した仲とはいえ、そう簡単に気持ちの整理もつくものではないだろう。愛音は魔女会議に所属していた母を任務で亡くしているのだ。恨むな、というほうが難しいかもしれない。

「あー……。今あの二人取り込み中みたいなんだが」

 エイルは寝ぼけ眼でシグムドが指差す方角へ目をやる。そこには周囲からの迷惑光線を無視して、病院内鬼ごっこを繰り広げている司と愛音の姿があった。

「…………楽しそうですね」

「ったく、見てるだけで腹いっぱいになるぜ」

「……私はおなかが空いてます。……あの二人を止めてご飯にしましょう」

「それ、俺がやるんだろ?」

「……はい。シグムドは私の従者サーヴァントですよね?」

 眠そうな瞳で上目遣いをされれば、親バカな彼は逆らうことなどない。かくして、シグムドはやれやれと首を振りつつ、

「わぁーったよ。どっちみち、こんだけ騒がれっと迷惑だろうしな」

 シグムドは肩をすくめながら、エイルを伴って二人へ駆け出した。





 はじめまして、フミツキマサヒトです。

「小説家になろう!」ではお初にお目にかかると思います。今後もここで活動させてもらうかどうかは分かりませんが、とりあえず、以後お見知りおきを。


 さて、この作品は私が運営しているWebサイト「Aqua Rainbow」に掲載されていた小説『サバトの魔術師』と全く同じ内容です(文字数調整のため、意図的に一部分のみ改訂した箇所はあります)。……一応他のサイトで掲載されていた作品も掲載可能、と規約にあったので違反にはなっていないと思うのですが、大丈夫ですよね?(←小心者)

 一応、小説らしきものを手掛けた経験はそこそこありますが、他人から批評・評価された経験はほぼ皆無なので、自分のレベルというものについては自身もうまく把握できていません。もしかしたら目を覆わんばかりの惨劇なのかもしれません。

 なので、この小説を読んでくださった皆さん、忌憚のない意見をお寄せください(批評じゃなくて、感想でも全然オゥケィです)。今後の作品作りの指針となるべくよう、珍重させていただきます。

 

 今後の身の振り方なのですが、今回の作品掲載はこの「小説家になろう!」の体験入学みたいなもんだと私は思っているので、継続的に掲載していくのか、それともやっぱり自分のサイトだけで掲載していくのかは未定です。もう少し、じっくり考えていくつもりです。

 一応私、この作品以外もそれなりに数を手掛けておりますので、もし興味がありましたら是非私のWebサイト「Aqua Rainbow」へお越しください。クオリティーの保障はありませんが(マテッ)、読者の皆さんの暇つぶしになれば幸いと考えています。


 それでは、次の機会がありましたら。フミツキマサヒトでした。

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