断章
薄暗い一室に、一人の少女の姿があった。
その少女はまだ年端もいかない容貌でありながら、醸し出す雰囲気は外見を裏切るほど落ち着きと鋭さを持っている。傍らにはその少女を守護するかのように直立不動する男の姿もあった。
少女は眼前に置かれた水晶を凝視している。水晶は彼女の頭より大きく、混じりけのない純粋な透明色をしている。その内部には淡い光で世界地図が描かれており、そのところどころに一際強い光が灯っている。
不意に、またひとつ新たな光が灯った。東洋の果てにある弓状列島──日本である。
ほぉ、と少女が落ち着きのある声で感嘆を漏らした。
「魔女と縁浅い東洋の地に瞳が瞬くなど、これは興味深い」
少女は傍らの男に話しかけている。しかし男はそれに応えることなく黙したままだが、少女は気にも留めずに話を続ける。
「規模としてはさして大きくない『魔禍』じゃが、看過する訳にはいかぬな。ヴェオルフ、この地に駐留する魔術師と従者に調査を依頼せよ」
「御意」
男はたった一言そう答え、少女を残し部屋を出た。
一人残った少女は目を眇め、水晶──魔宝具・パンドラの瞳を凝視する。
「あの異端者の存在を感じるのぉ。どんな厄をこの地に降らせるつもりじゃ……」
少女の呟きは薄暗い虚空の闇へ消える。彼女が見据えるパンドラの瞳は、ただ煌々と光を点し続けるのみだ。
「それほどまでに、この力が魅力か……?」
自らの掌を見つめる。その瞳は憂いを帯びているようにも、諦観を纏っているようにも映った。