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一匹倒したからと言って安心は出来ません。
第二第三の怖いのが出て来るかも知れませんからね
僕はその場ですぐに伏せ、辺りの様子を伺いました。
夕暮れの紅い光の中、崩れかけた白い街並みは、それはもう幻想的な美しさに満ちています。
しかし、この時間と言うのは実はとても視界が効きにくい時間でも有ります。
昔から ”逢魔ヶ時” ”かわたれ時” というこの時間を指す言葉が有りますね。
”逢魔ヶ時” とは読んでそのまま、魔物に遭遇しやすい時間の事。
”かわたれ時” とは、 ”彼は誰?時” という意味で、対象が視認しにくく、見慣れた物でも違った印象を受けやすくなる時間の事です。
陽の光のコントラストの加減や、ひょっとしたら一仕事終えて帰る時の疲れ加減等もあるかも知れませんが、この時間は要注意、と昔の人は言ってくれています。
僕も注意しましょう。
ひとしきり周囲を見回してみると、居るは居るは・・・
あちらこちらに触手羅刹が居ます。
湖上に張り巡らされいる回廊の上、かつては釣り鐘が掛かっていたであろう鐘楼の朽ちて崩れた扉の前、外壁の内側すぐの建物の窓の中・・・
怖い!
幸い今の戦闘や、僕に気が付いている個体は居なさそうですが、安心は出来ません。
帰ろっかな・・・
て、思ってもこの時間ではもう動けないからここに来たんですけどね。
とにかく身を隠せる場所を速やかに探しましょう。
この外壁は長屋造りになっており、白いスレート屋根の下は単なる壁ではなく、立派な建物のようです。
屋根の上を姿勢を低くして静かに移動し、見張塔らしき塔の、大きな掃き出し窓があるバルコニーに取りついてよじ登ります。なんだか忍者か泥棒にでもなった気分ですね。やってることは大して違わないんで、そのまんまと言えばそのまんまなんですけど・・・
そして辿り着いたのが、先刻述べたこの小部屋です。
痕跡を残さないように極力盾に乗って移動したのですが、扉を開けるのはさすがに騎乗したままでは無理でしたので、仕方なく降りて扉を開けました。
入り口の扉は石製で重く、何もかもが大きく限界近くまで力を込めてようやく軋む音を立てながらも開く事が出来ました。
中から怖いのが飛び出して来る可能性も有りましたが、構造的にこの部屋は角部屋、階上階下へ続くスロープは別に有り、隣は扉が開きっぱなしのもぬけの空、加えて扉を開け閉めした跡が無い事から可能性自体は低いと踏んでました。
小部屋と言っても充分大きいのですが、多分兵舎か何かでしょうか、それも割と位の高いヒトの個室っぽいですね。
最初見た時ボクシングのリングか何かかと思った大きな石製の台は、どうやらベッドのようですね。
他の木製の家具類は全て朽ち果て、内装も蔓延った蔦類の侵食を受けてボロボロです。
内部は20m×30mくらい、天井高は5mくらいはあるでしょう。
運良くこの部屋は他の部屋や廊下のように屋根や床も抜けておらず、多少壁材が剥がれているくらいで比較的気密性を保っています。
窓は城砦の外側に向かっては無く、仮に外側を北とすると、東側に出窓タイプの窓が有りました。
勿論ガラス等は嵌っておらず、窓枠ごと抜け落ちて空洞になっていますが、タープとアラームを張り巡らせば問題無い大きさです。
窓の外は2m程ですぐ隣の建物の壁。どうしてこんな変な構造をしているのか不思議ですが、何か理由があったのでしょうね。
僕のアパートも北向きで日当たりは良くなかったですけど、でも北には六甲山が見えましたからね!近所にはパンダの居る動物園だって有りましたもん!それぐらい平気でした。
とにかく今日はもうどこにもうろつかず、ここで体力の回復を図り、夜明けを待ちましょう。
正直体力はともかく、精神的に限界です。
魔石キャンピングコンロで小さくお湯を沸かし、薄くお茶を淹れます。
ホントは濃い目のお茶が飲みたかったのですが、濃く淹れると香りも立ちますからね。触手羅刹やその他の怖いのが、何に反応するのか判っていませんからあまり匂いの立つ物や音、振動、光等気を付けましょう。
ですので、今日の夕食は干し肉と干し芋を齧るだけにしておきます。侘しい・・・ネイのご飯が食べたいです!