口をたどる
笠原は古木を連れ出して行った。捜査一課には沈黙をもっているわけではない。何も知れぬくせに偉そうに言っている人間がいないのだ。もっぱら本当のことを言ったら違うのに否定もしないのだろうし。市橋はコーヒーを作り飲んだ。苦味も甘味を感じるほど良いものであった。粉はたぶん、誰かが安いものではなくいいものを買ったのだろう。
「うまいか。コーヒー。」
「はい。水沢さんが買ったんですか?」
「あぁ、みんな疲れているだろう。楽しみってのがコーヒーだったりするわけだ。それに貢献することを惜しむようなことをするなって古木から教えられたから。楽しみを取ったら自堕落になったりするし、ストレスを導くようなことになったら最後だってな。古木の言っていることは間違いないからな。」
彼の言い方は誇らしげに言っているようだ。長年の付き合いを嫌う人もいるが、むしろ気にして近くにいようとしているのである。警察学校からの腐れ縁という言葉ではかすれたものになるのだろう。だから誰もむやみに言ったりしないのだ。
「俺もあいつに会って人生が変わったんだ。あっていなかったらもっと間違いを犯してしまっていたのかもな。そう思うと俺はよかったと思っているんだ。小寺と渡辺は思っているのはわかっているんだ。市橋はどう思っているんだ?」
水沢は移動しながら市橋へと近づいてきた。聞きたかったのだろう。だが、行動を共にするために聞けなかったのが正しい。市橋は回転いすをくるくると回しながらしている。
「俺はよかったですよ。制服警官で終わらせようとしていた人間に別の道を作ってくれたんですから。部下思いの人ですしね。俺の同期の奴が刑事になりたがっていたんです。けど、そいつは事件に巻き込まれてしまってやめさせる目的で入れたようでした。恵まれているなと感じているのだろうと心底思うばかりです。」
「そうか。いるからな。自分の地位のためなら人の人生を狂わせる奴。とりあえずさ、天下り先を提示すればいいと思っている輩だよ。罪を人に擦り付けるのはいけないことだよ。」
水沢は知っているのだろう。捜査一課には多様な人がいるだろうとは思っているが、変人のほうがよほどいいのだ。地位より大切なものを知っているから。
「お前がそう言ってくれてよかったよ。」
「小寺さん。」
「班長をののしった奴もいたからな。そいつはすぐに昇格して去って行って上の指示でやめたそうだよ。痛い目に遭ったとしか言えないよ。」




