栄光、挫折、時々運命
水沢は先に病室に向かった。遠藤博信の作品が好きであったのでペンネームに使ったほどなのだ。神崎博信としていたが、光と結婚してからすぐにペンネームを変えた。光詩と書いてこうじとしてた。病室につくと一止と誠治が笑顔で迎えてくれた。
「古木はいるか?」
「いるよ。明日から学校へ行く約束をしたんだ。心配をかけすぎてもいけないからね。」
一止は誇らしげに言って誠治も真似するかのように腰に手を当てていた。幼い分可愛さがにじみ出ていた。
「一、誰か来ているのか?」
大声ではないが廊下には聞こえるくらいの声が響いた。声の主は動くつもりはないのだろう。傷が深くなかったこともあったからだ。
「水沢だよ。」
「そうか。気が済んだら入れてやれ。むしろ、遊んでもらえ。俺じゃあ今、無理だ。」
「だってさ。俺は今すぐじゃなくていいよ。用があるのなら済ませてもらったほうがいいから。」
誠治も付け加えるかのように言った。バタバタという音をたてながら走って来た市橋を2人を眺めた。注意することはない。市橋が来たので水沢も病室へと入った。
「用事か。っていうかあれだな。」
「正解、原本を頼んでもって来たんだ。お前のほう下手な専門家より詳しいのは知っている。」
「両方出せ。もともと2つとも被害者が違うんだ。」
分厚い炎火の原本と少し薄い炎の館の原本を狭い机に置いた。一気に空気が変わった気がした。
「炎火は被害者は国会議員だ。炎の館の被害者は芸能人。どちらも共通しているのは嫌われ者。事件の起こし方はほぼ変わらない。そんなとこだ。」
「嫌われ者ですか・・・。」
「無責任で卑怯で愚かなを加えるだろうな。」
古木の隣のテレビは音量が小さくてもニュースを聞いていた。子供を虐待して殺したという事件や新幹線で起きた無差別殺人事件だ。金持ちの不審な死についてもあったのだ。
「世知辛い世の中だな。」
「あっ、市橋。面白いものもってきてるじゃないのか。」
「どうしてわかるんですか?鞄の中に隠しておいたのに・・・。」
「匂いがしたんだ。たぶん、遠藤博信の『栄光と挫折』だろ。はずれのない作品だから。」
スポーツ選手の栄光と挫折を繰り返す中で起きてしまう事件をインストラクターが解決するというある意味異色の作品であった。知り合いの刑事が協力的でなかったことも理由に含まれるのだから笑える。
「ドラマ化したからな。光も読んでいるんだ。出会いの作品にこんなところで再び会えるなんて運命だぜ。」




