道しるべ
市橋は水沢を追いかけていくと路地へと入って行った。此処らに古木の実家があるのだというのだ。商店が連なっている。近づくにつれ騒がしい声が聞こえた。
「お前知ってるか?古木古書店っていうのを。」
「知ってますよ。テレビで取り上げれているのを何回か見てますからね。」
「その古木古書店が古木の実家だよ。親父さんが出版社にいて編集の仕事をしていてヘッドハンティングされるのを恐れて校閲しろって言われたからやめて始めたんだ。他の出版社との交流はもともとあったから今もフリーの編集者だ。」
歩きながら聞いていた。古民家に近い建物が見えてきた。市橋はなぜか緊張してきた。理由なき緊張なので解消するすべは持ち合わせていない。水沢はずかずかと入って行ってしまった。店より少し距離を置いて水沢を待った。それに気づいたのか彼は振り返った。
「なんでそんなとこで立ち止まってるんだ。こっちへ来いよ。」
言われるがままに行った。水沢は市橋が近づくにつれて笑顔になっていった。
「絵里さん、古木の班の新入りの市橋だ。それより光ちゃんは?」
「いるよ。呼ぼうか。」
「頼む。」
まるで自分の実家のように扱っている。絵里は廊下を少し駆け足気味で行った。少し待つだけで足音が重なっている。光は慌てている様子はない。落ち込んでいるようにも見えない。
「どうかしたの?」
「いいや、特別な意味はないよ。ただ古木は何をするために此処に来たのかと思ってね。」
落ち度もないため、事情を聴きに来たのだというだけだ。
「あぁ、それならね。1回目は炎火を読みに来て、あの事があった日は、巻き込まれるかもしれないから様子を見に来たって言っていたわ。皆川さんのところに行ってきたからターゲットにされるのは確かだからって。」
「どうしてターゲットにされるんですか?」
「単純だよ。1冊しかないと思っていたものが何冊もあったら驚くだろう。それを奪いたいというのが性分ってものかな。あいつは気づいたから市橋を巻き込むことはあってはならないと思ったから帰るように言ったんだ。あいつはそんなもの。」
2人で話をしている間に光はその本を取りに行ったのだろうか。姿はなかった。立っていることを苦に感じることはなかった。それは制服警官の時の貯金が生きているのだと思った。
「詩郎が光ちゃんと結婚するときかな。いった言葉があるのよ。俺と彼女は不釣り合いだって。もっといい男はそこらへんにいるのに・・・ってね。」
告げ口をするかのように絵里は言った。誰かに聞いてほしかったのだろう。