アドリブの用事
豪邸へと抜け出した車は都会のうるさいノイズのするところまで戻って来た。名のしれられたコンビニの駐車場へと止めた。古木はけだるそうに背もたれを倒した。
「どうして此処で止まっているんです?聞いた話を手帳に書き留めなかったのはなぜです?」
「書き込むようなことかよ。俺はあの人の考えていることが理解している。あの人が本名を使わない理由も全て聞いている人間なんだ。」
ぼやきを息を吐くように言う。市橋は落胆と歓喜を繰り返している。水沢に頼まれたサインはキチンと本にされている。炎の館。世間からほめたたえられた品だ。
「あいつ、俺の考えていることをボードから読み取りやがって・・・。全く、何処まで勝手な奴だ。」
「本の題名でわかるものなんですか?」
「市橋は知らないだろうな。『炎の館』は斎藤いや皆川が駄作と称していた『炎火』を変えて売り出したものなんだよ。俺の親父が惚れこんで訂正をかけて書かせなおしたものだ。」
駄作が話題作へと移り変わったのだろう。彼は何事もなかったという風に言っているが、作家にとっては運命を変える瞬間なのだ。それを知っているのか知らないのだろうか。
「駄作というのは個人的な主観でしかないということですか。」
「結局、俺たちがすることは何も変わらない。ホシを上げて俺はどうするかな?」
彼の語尾は頼りないほどに小さかった。市橋が声をかける前に車から降りて店内へといった。市橋はもやもやに対する答えを持ち合わせていないことに四苦八苦している。店内に入ったかと思うとすぐに出てきた。ビニール袋をぶら下げていた。窓をトントンとたたいた。
「飲め。お前が悩む話じゃないよ。それに格闘したところで何か生まれる話じゃない。」
威圧的な声に驚いてしまった。普段ならすることはない。彼は何かを思いついたのか膝をたたいた。
「お前はこのまま警視庁に帰れ。俺は用事ができた。それが済んだら戻るから小寺や渡辺、水沢に伝えておけよ。心配するんだ。余計なことだ。」
飲み干した缶を言い終わった後に古木は見つめた。2本の空になった缶を店内にあるゴミ箱へと捨てに行った。
「そういうことだから。頼むわ。」
覇気のない歩き方をしていた。何時もは何処かに覇気が感じられたというのに疑問を脱ぎ去るだけの能力を取り揃えていないのだ。遠ざかるときに手を空に向けていた。儀式のようにも映る。何に対してのものなのだろうか。近くにいる3人が気にする理由は何処なのだろうか。制服警官の時の後悔だろうか。